『トリックスターから空へ』
2008/02/27(Wed)
太田光の『トリックスターから空へ』を読む

爆笑問題の太田光である。
NHKで爆笑問題が大学の著名な先生などを訪ねて話をするという番組がある。
時々見て太田光の感性にびっくりさせられることがある。
彼の著作の本があるのなら読んでみたいと思っていたところ図書館で見つけた。

2004年1月より「TVブロス」という雑誌?に連載されたものだそうだ。
昨晩もNHKの爆笑問題の番組を見たばかりだってので、新しい作品から読んでみたいという気持ちになり最後のエッセイから最初へ向かって読んだ。

時の話題をもとに、経済問題・政治の問題・外交問題どんな分野のことがらもしっかり書けていてぶれていない。
常に本質的なところに目を向けている。
文章も分かりやすくて落ちもいい。

≪歴史教科書について、内政干渉だという人がいる。私はその考え方に同意しない。かって日本人として戦場に行かされたアジアの人々がいる。皇民として生きることを無理矢理強要され、自分の国の言葉を奪われ、名前を奪われて戦場に行かされた人々がいる。その人々にとって日本の歴史は自分達の歴史であることに間違いはない。今は日本人ではなくなったからといって、それを簡単に外国の問題として考えられるだろうか。自分の都合の良い時だけ、お前達は日本人であるとして、都合が悪くなると、外国人が干渉するなというのは、あまりにも身勝手ではないか。≫

といった感じだ。

その他、改憲問題にしてもライブドア問題にしても、村上ファンドの問題にしても、まったく当たり前のことを堂々と述べている。
現代の教養の書・思想書ともいえる。。
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『女は野となれ山となれ』
2008/02/26(Tue)
敷村良子著『女は野となれ山となれ』

私の図書バッグには、3箇所から手当たり次第に借りてきた本が常に15・6冊あるが、なんとなくこの本は、題名や表紙の絵の感じから後回しになっていた。

手に取ると、「愛媛komachi」に連載されていたエッセイだという。
この雑誌を私は知らないが、ローカルな感じ。
でも松山は2度ゆっくり訪ねたことがあり心に残る街。
また、愛媛の松山といえば文学の香り高い街だ。私はローカル故の懐かしさを求めた。

読んでみると、作者は松山に生まれ育ったが現在は新潟に在住しているという。
また、このエッセイを連載している間に夫に同行してのアメリカ暮らしと、ヨーロッパ旅行がある。

ローカルが持つ人懐っこさや泥臭さ乃横に他国のローカルが親しく繋がっている感じに思える著者の感性がこの本の持つ味わいである。

この人の感じ方には共感が持てて最後になるほど楽しく読めた。
共感は出来るものの、そのように生きていくには才能が必要なのだなとも感じる。

いまどきの若い人たちのほとばしるような才能に触れた気がして元気が出る。

※「「冬ソナ」的ロマンス欠乏症」は、大笑いをして読んだ。
 日本男性の共通項のような著者の夫に大笑いをした。
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『おじいちゃんの書き置き』21世紀を生きる君たちへ
2008/02/23(Sat)
志村建世の『おじいちゃんの書き置き』を読む。

この記事を書きながら気がついたのだが偶然にもこのサブタイトルの「21世紀を生きる君たちへ」は司馬遼太郎が教科書向けに書いた作品(名作)と同じタイトルだった。

この作品はいちばん下の6歳の孫を読者に想定して、その孫が成長してきちんとものが考えられるようになってから読んでくれればよいという気持ちで書き綴ったことを明らかにしている。

著者は昭和8年生まれで私より16歳年上だ。
日華事変の時にはもう物心ついていて多感な子供ではありながらも生活者として戦中戦後の経験をされている。

11章まであるが、1章から4章まではそんな自分史であったり、明治からの日本史であったりする。
生きた歴史を垣間見ることが出来て、大変興味深く読めた。
仕事についての後悔などは特に男性はなかなか人には語らないが、そこは、孫達に何かの役に立ちたいという思いからか素直に語られていて、人は本当はそんな話が聞きたいのだということに気づかされる。
何に迷い、何に振り回され、何に喜びを感じたのか、何を大事にして生きてきたのかということが率直に語られていて、私達も実は高齢者の人たちや、父や母や祖父母達から(全てこの世にはもう居ないが)こんな話が聞きたかったのだと強く感じた。

5章から終わりまでについては、作者のものの考え方や、感じ方について項目を挙げて2ページづつ書かれてあるのだが、何かに憤慨したとか、納得できないとか、無上の喜びを感じたとかいった記述ではないので教科書的で読み物としてはなぜか興味が薄れてななめ読みになってしまった。

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『日本霊異記』
2008/02/20(Wed)
水上勉の『日本霊異記』を読む。

これは、岩波少年文庫に水上勉が子供向けにやさしく読み安いように書いたものである。
平安時代の初めに奈良の薬師寺の景戒というお坊さんが庶民に向けて書いた仏教説話集。
『日本霊異記』には116個の色々な話が載っているということだ。
話には内容が重複したものが多いので、出来るだけ異なった内容の話を選んで41個の話だけが乗せてある。
それでも読んでいると似た話がいくつもあって似た話は似ている話で並べてある。
そしていろんな地方の話として出てくる。
親孝行をしないとこんなに大変怖い目にあうよという話が数個。
仏様を大切にしないと怖い目にあうよという話が数個。
仏様を大切にしていたのでこんな風に幸せになったよという話が数個。などなど
最所は、ふむふむと話としてゆかいに読んでいるがだんだんに分かりました今度から改めますからお許しくださいという気持ちになってくる。

『日本霊異記』とはこんな内容の話である。
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『野ブタ。をプロデュース』
2008/02/19(Tue)
白岩玄の『野ブタ。をプロデュース』を読む。

21歳の青年の書いた本だ。
変わった題名の本なので借りてきたものの、最所は「ふん、若者の本なんだ、読み始めるんじゃなかった。」などと思わないではなかった。
しかし、読み進んでいくとだんだん面白い。
そして読み終わってみると結構ショックを受ける。

10ヶ月くらい前、いじめていた子がいじめられるようになって登校拒否になっている例に出会った。
また、親によくくっついて買い物に行っていた子が先輩に出会っているのに気づかなかったために後で先輩にひどいことを言われるので家から出なくなったというような例も聞いた。
ほとんどこの本に出てくる話と同じである。
こんな矢先であっただけにショックは大きかった。

学校現場でのいじめが社会問題になって久しいが、実際にはいじめられている子に気づいた教師は、いじめられている子がそうならないように学級経営をプロデュースしなければならないはずだ。
ということに気づかされる。

しかし、ちょっとしたことで、学校を転向しなければならなくなったのはどうしてだろうと深いふちに落とし込まれる。

作品としては、最後の最後まで力を抜いていない所が若さかもしれないと感じられる良い作品だ。
テレビドラマ化されたようだが原作とドラマはずいぶん違っているという。
是非原作を読むことをオススメしたい。
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『元気』
2008/02/18(Mon)
五木寛之の『元気』を読む。

読み終わったあとしばらく放心してしまった。
本の前に私一人が置きっ放しになってしまったという感じである。

生活者として、働く者として、大好きな本を読み漁る者として、日々心の中にわだかまってくるものがある。そんなものが一挙に自分の心の中から抜けていったような感じだ。

たとえば、昨日読み終わった俵万智の『短歌の旅』の中で、宮沢賢治を訪ねる旅の章があった。
わたしもブログに宮沢賢治についてはちんぷんかんぷんと書いた。
私が宮沢賢治に出会ったのは小学5年生の頃で作品は『夜鷹の星』であった。
しばらくして、ある寒い朝あぜ道のようなところを歩いていて大きく息を吸ったとたん私は羽虫のようなものをいっしょに飲み込んでしまった。
むせて、涙がでた。
その瞬間『夜鷹の星』に出てくる夜鷹の涙を思い出した。
飲み込んだ私もどうにもならず不愉快であったし、飲み込まれて死んでしまった羽虫はもっと気の毒であった。
また、大学の授業で宮沢賢治の自由詩の授業があった。
宮沢賢治の詩も理解できなければ先生の話も理解できなかった。
この大学の国文の卒業生であり当時教務課に勤務していた女性といっしょに食事をしたときこの話をしたら「あの先生は頭が良すぎて神経を病んでいらっしゃるのですよ。」との事。
「はあ」といった感じで納得せざるを得ない。
なぜか、私と宮沢賢治の関係はこうなのだ。

五木寛之は岐阜の多治見市にある永保寺での奇妙な体験(座禅をしていて感じた)をしたことについて詳細に記述し、最後に
≪宮沢賢治の物語に流れているのは、いつもそのような感覚への謙虚さだったような気がする。彼は真宗の家に生まれて、真宗をすてた人だが、彼の転向の背後には、大事なものまで迷信の枠に押し込もうとする古い真宗の思想から自由になろうとする願望があったのではあるまいか。≫
と何の脈略もなくいきなり宮沢賢治が4行ほど出てくるのだ。
でも、五木寛之の体験とこの解説で、宮沢賢治がいきなりすっきり見えてきたのだ。

また、最近わだかまっているもののひとつに朝鮮半島の「恨」がある。隣国の人のこだわりが共有できなければいい関係も出来てゆかない気がするからだ。
しかし、少年時代を朝鮮半島で過ごした五木寛之は、「恨」について、
≪戦前、韓国にいたころに、こういう話を聴いたことがあります。
古い時代のことですが、昔気質の韓国のおっかさんが、子供にむかって、ときにこんなふうに言うことがあったのだそうです。
あなたたちもやがて大人になっていく。
物心ついて子供ではなくなっていくだろう。
そうすると、いままで子供のころには知らなかった不思議な体験をすることになるんだよ、と。たとえば、これという直接の理由もないのに、あるいははっきりした原因もないのに、ふっと心が翳って、えもいわれぬ欝の状態になっていき、なんともいえない無気力感におそわれることがあるものんだ、と。・・・・・・≫
そのような気分を中国に見れば「悒」(ゆう)という言葉が近い。
また、ブラジルでは「サウダージ」といい、ロシアでは「トスカ」という。
日本においては「暗愁」(この言葉についての考察は大変興味ある内容だ)ということばをあてている。
もちろん、こんなことで「恨」という言葉や気持ちをひとくくりにする気はない。
しかし、この説明を読んでいるとまたまた子供の頃のことを思い出す。
たとえば
 秋の田の刈穂のいほのとまをあらみ我が衣では露にぬれつつ
という天皇の歌を
 秋の田で刈り干す稲はみな不作女房や子供にゃ何を食わそう
と、母は私に教えた。
その立場と、教養で、皆違うことをおもっているのだ。
ちょうどこんなことを考えているときそばのテレビのタカジンの「なんでもいって委員会」で崔監督も在日韓国人50万人には50万とうりの「恨」があると話している。


本のテーマである「元気」ということをすっかり忘れてた。
五木寛之は、自分を体重も増えず虚弱体質だといっている。
遺伝的にも家族に早死にする人ばかりなので自分も長くは生きられないだろうと思って人生を歩んでいるそうだ。

私も高校生のとき修学旅行の検診で胃潰瘍が発覚し40日の入院をさせられ大好きなスポーツにはドクターストップがかかった。
退院してしばらくして自分の病気がまったく治っていないことに気づいた。
病気は性格が直らない限り治ることは無いのだと当時実感した。
以来、今思えば人の60パーセント位の力で生きていかなければ生きていけないと思った気がする。そして何も考えないことにした。以来馬鹿になってしまった。

でもまだ立派な馬鹿になりきれずにいた21歳のとき県病院に40日やはり胃潰瘍で入院した。そして退院してしばらくしてやはり治っていないことを自覚し立派な馬鹿になる修養をした。

こんな、恥ずかしいことを言うつもりではなかったが、放心ついでにこんなことになってしまった。


元気の元はこのように放心することだと書いてあったのかもしれない。

 ※ 奈良の「石舞台」の前の茶店で食べた「蘇」についての記述大変興味があった。五木寛之の言う仏教の「蘇」は瀬戸内寂聴が何かに書いていた「スジャータ」をも連想させる。




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『短歌の旅』
2008/02/17(Sun)
俵万智の『短歌の旅』を読む。

十篇の旅エッセイがある。

「橘曙覧との出会い」

目次の中でこの章を見い出したので一番先に読んだ。
福井県の様子はよく知らないのだが、家督を弟に譲って文学と学問に生きるという自由気ままな生涯を送ったという橘曙覧は福井の人だ。
俵万智も中学・高校を福井で過ごしたという。
福井で過ごした時のことや、そこでの偶然目にした橘曙覧のこと。
この福井への旅は、そのような作者の事情もあって、橘曙覧と、それを評価した正岡子規に、また貧しさといえば山上憶良にまで話が及ぶ。
橘曙覧の『志濃夫廼舎歌集(しのぶのや歌集)』を読んだ正岡子規は『歌よみに与ふる書』に橘曙覧の
  たのしみは銭なくなりてわびおるに人の来たりて銭くれし時
  たのしみは物をかかせて善き価惜しみげもなく人のくれし時

という2首を評して
≪曙覧は欺かざるなり。彼は銭を糞の如しとは言はず、あどけなくも彼は銭を貰いし時のうれしさを歌い出せり。なほ正直にも彼は銭を多く貰いし時の、思ひがけなきうれしさをも白状せり。」≫と言っているという。
『志濃夫廼舎歌集(しのぶのや歌集)』・『歌よみに与ふる書』・『万葉集』と読み込んだ俵万智が十分に短歌のたびを堪能させてくれる。
ついでに、私達の高校生時代にも「たのしみは重き財布の手触りよ・・・・・」などと友達とふざけあっていた頃を懐かしく思い出す。

「「五足の靴」を訪ねて」

これも、明治40年に与謝野鉄幹・北原白秋・木下杢太郎・吉井勇・平野万里5人が訪れた天草の旅をこの時の紀行文「五足の靴」というタイトルで東京二六新聞に連載されたものなどを手がかりに訪ねている。
数ヶ月前私は島原の乱を描いた小説を読んだばかり。
島の事情には少しばかり詳しい。懐かしく読む。
ここでは、地元の高校生の短歌評もしていて、短歌を歌うことの楽しさや意味も伝えている。

「宮沢賢治の世界」

も、宮沢賢治の作品は分かりにくいといいながらもその世界に向き合おうとしている俵万智の姿から、ほんの少しではあるがちんぷんかんぷんの私達と宮沢賢治の世界の橋渡しをしてくれる。


この三章は、読書の楽しみを十分に味あわせてくれる。

後のものも素晴らしいのではあるが、それぞれイベントに招待されて訪ねるといった様子で、こちらまであくせくさせられる。
やはり講演のための「あめりか紀行」では、
≪私は、どこに行ってもさほど変わりばえのしない話しかできなくて、その後ろめたさから、講演は今年1989年いっぱいでやめることにした。≫と言い切っている。

なるほど短歌を作ったり、エッセイを書くためだけの旅行記だと、たまらなく素晴らしい。

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『うちのパパが言うことには』
2008/02/15(Fri)
重松清の『うちのパパが言うことには』を読む。

重松清という人の本は初めて。
重松氏、エッセイ集の著作は2冊目だという。
出版年数が2005年で新しいということで選んだ本である。

新聞・雑誌から依頼を受けてのエッセイを年不順にまとめてある。
家族の話のなかで長女の娘さんが中学生だったのが読み進んでいくと小学生になったりしてて驚いてしまうのはこういう事情からであることが、最後の「あとがき」でわかる。

最後のほうは本当に短いエッセイである。320ページの本だからのんびり読んでいると
最初何が書かれてあったか忘れてしまうほど穏やかなエッセイだ。

「男の人とも井戸端会議がしてみたいわ」という人にはオススメである。
井戸端会議といって馬鹿にしているわけではない。
私は30歳で近くの大学の短期大学部の国文科に入学し色々な先生にお世話になったが、隣の年上の奥さんより偉いなという人には出会えなかった。
勿論となりの奥さん(相当な読書家でもあった)に教わったようなことを学びに行ったわけではないが、人生の達人といおうか、周りの人たちに感じさせる喜びといおうか、10年前になくなったのだが「いま、生前の彼女が予想していたような世の中になっているし・・・・」と考えると生きていればこれからの10年後も予想してくれるのではないかと思ったりもする。

※ なかに「寄り道のすすめ」と「「ただいま!」の幸せ」という話があり、ともに学童保育のことが書かれてある。
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『楽しいナショナリズム』
2008/02/12(Tue)
島田雅彦の『楽しいナショナリズム』

初出「サンデー毎日」連載(2002年5月~2003年4月)

面白くてあっという間に読んだ。

ナショナリズムといえば戦前の帝国主義などを思い起こしだれしも良い印象は持っていないだろう。
だからといって自分の心の中の愛国心というものをまったく一掃するということも出来ない。
平たく言えば愛国心という言葉の印象はこんなことだが、愛国心ということを考えることを通して、「日本」と「日本を取り巻く国々」について考える機会となる。

ここでは「日本」はさまざまな分野で語られるのだが、良い部分も悪い部分も含めて読み終わって日本という国が好きになっているのが不思議だ。
司馬遼太郎を読んで好きになるのとはずいぶん色合いが違う。
日本が、あるいは日本人が、戦後処理の責任を果たしたり謝ったりなすべきことをすることによってどれだけ幸せになれるかといったことを率直に語ってくれる。
また、天皇も「平和の象徴」という位置づけになれば日本人として大いに誇れるではないかと思ったりする。
なかなか赤裸々な表現が多いいので最初は少しカルチャーショックを受けるけれど、それなりに納得できるのである。
70年代に多く読んでいた表現のように思うが、以後40年近い年数によってこういった論議も内容がかなり円熟してきたように思える。
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『人権読本』
2008/02/10(Sun)
鎌田慧編著『人権読本』を読む。

この本は岩波ジュニア新書の一冊である。

テーマ別に執筆者がある。
 全テーマ
   「子ども」
   「高齢者福祉」
   「家庭内暴力」
   「障害者」
   「女性労働」
   「過労死・過労自殺」
   「コミニティ・ユニオン」
   「沖縄の米軍基地」
   「外国人差別」
   「戦後補償」
   「部落差別」
   「ハンセン病」
   「事件報道」
   「死刑制度」
   「陪審員」

このテーマの中で、「コミニティ・ユニオン」・「陪審員」について感想を書きたい。

「コミニティ・ユニオン」について。
これは、自分が知らないことであったので興味深く読んだ。
ここ十年くらい前から立ち上がった労働組合のことだそうだ。
社会の変遷につれ、雇用形態にも大きな変化が生じた。
これまでの労働組合が、労働条件の改善にほとんど役に立たなくなったということによる立ち上げである。
しかし、この組織の大きな問題が資金の不足であるという。
当然そうだろう。
既存の労働組合が給料の天引きから資金が確実に調達できることから、組合資金が豊富で組合幹部が、労働者の痛みに鈍感になり、雇用者と癒着までしている状況も少なくない。
労働組合組織そのものがもう機能しなくなった原因もそこにあると感じるときもある。
それだけに、この「コミニティ・ユニオン」の立ち上げには大きな期待が掛かると共に、その資金については考えさせられる懸案である。

「陪審員」
陪審員制度が発足したら、また陪審員に指名されたら、国民の義務としてそれを逃れることが出来ない。
ということになればどういうことになるのか。
具体的にシュミレーション出来る資料が此処に記されている。
陪審員制度がいかに民主的な制度であるか。
そして今までの制度の不備について考察してある。

それなりに理解は出来るのであるが、私自身陪審員になることは大変怖いという印象を持つ。
それは、理屈ではない部分でである。
私は、医師や看護婦といった職業の人を大変尊敬しているが、たとえば自分が足を切断しないと命が危ういという状況の患者に対して足を切断する勇気があるかというと私には全然無い。
看護婦さんだって同じくいろんな場面に立ち会わされるだろう。
だから尊敬するのではあるが、自分には出来ない。
では、誤診や誤審に対して寛大になれるかといったらそんなことはまったく無い。
そういったことを深く考えていると、私の場合自分がいかに自分勝手な人間であるかというところに行き着く。
民主主義を標榜しながらその能力には程遠いことにきづく。
横山秀夫の『半落ち』の中に、アルツハイマーの女性が夫による委託自死をする。そのお姉さんが法廷で「私はケイコに何もしてやれなかった。○○さん(義弟)に押し付けてしまいました。」といって嗚咽する部分を思い出す。
苦渋の決断とそれに伴う行為を他人に押し付けてしまう苦しさである。
自己矛盾を思い知らされた一文である。

そのほかのテーマの記述については、『不幸論』という中島義道の新書について宮崎哲弥が書いている一文を思い出す。
≪「幸福になりたい!」などというセリフを聞くや、それを吐いた人間の根性を叩きなおしてやりたくなる。「幸福追求権」などというふやけた権利条項(第十三条)をもつ憲法は一刻も早く改正すべきだ。≫
この『人権読本』とは、次元のまったく違う話ではあるが、ジュニア向けのこういった記述を踏まえたうえで、個々のテーマにしたがって、改めて人権について考える。





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『韓国の若者を知りたい』
2008/02/07(Thu)
水野俊平著『韓国の若者を知りたい』を読む。

私は、いつも仕事の帰り、区民文化センターでの習い事のある火曜日に、併設されている図書館で閉館までのちょっとの時間に本をお借りしている。
あせって、手当たりしだいに借りているのである。
だけど、今日は休みにわざわざ図書館に出かけて本を借りた。

そして先に読んだ金大中の本を読んでもう少し現代の韓国について知りたいとの思いからこの『韓国の若者を知りたい』を借りてきた。
読み終わると、2003年5月の出版で、新しい資料は2000年頃のものであり、ここでは若者達はお互い仲良くしたいと思っている間柄であることが確認できる。
そのためのアドバイスとして、付き合っていく上で起こる感情のすれ違いの主なるものについて、アンケートなどの事例を挙げて分かりやすく説明している。

お互い相手を思いやる気持ちが大切で、思いやるためにはお互いのことを良く知る、その知っておくべき実情について、また自分たちについて知っていただくために自国についても説明できるようによく勉強をしておくべき事柄についてしっかり書かれてある。

しかし、金大中を読んだあとだけに、「あとがき」の
≪また、この本に書いた韓国人の考え方や行動方式は、調査などによって得た結果を、ある程度公式化・単純化したものです。したがって、この本で書いたものと違う考え方や行動をする韓国人も多いと思われます。この本の記述が、韓国人の思考や行動を絶対的に規定するようなものではないという点に留意してください。さらに、韓国は非常に社会的変化の激しい国であり、近い将来、この本の内容に合致しない現象が起こってくる可能性もあります。≫
と書かれている部分に釘付けになる。

国民の言動が、国家の為政者の動向に大きく左右されているということには昔と変わりないし、そこには、また、韓国のおかれている地理的な要素や南北の問題を抱えて苦しむ国情を理解する必要がある。

韓国がどういった道を歩めば、韓国の人たちが幸せになれるのか。
韓国に悲しい歴史を作ってしまった隣国の日本人として責任の一端はおおいにあるので考えさせられる。

読み終わって気がついたことだが、この本の著者は、韓国の人々に今一番知られている人気者の日本人として一度テレビで見たことのある人ではないかと思い当たる。
テレビでは韓国の大学で参観日に『冬のソナタ』のぺ・ヨンジュンが日本を訪ねてきたときに日本の中高年の主婦たちが空港やホテルに大勢押しかけている映像を見せているといったシーンであった。
おそらく2003年頃のことではなかったかと思う。

さっそくネットで調べてみるとやはりその方だった。
しかし、彼の身の上に大変なことが起こっていた。

「韓国を追われた一人の日本人のこと」として2006年3月18日付けの産経新聞に載った記事が掲載されている。
その記事によると、彼の出版している本の内容が「親韓の裏で反韓をやっている裏切り者」として、10年勤めていた全南大学も追われ、コレを潮時に故郷の北海道 にもどり北海商科大教授になっているということであった。
「なんとも、なんとも」な事態であった。

またここに、彼の韓国人の奥さんとその子供達3人の悲劇が始まっていた。

この『韓国の若者を知りたい』を読む限りでは、水野俊平氏は韓国に深い愛情を持っておられると確信するのだが。
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『いくたびか死線を越えて』
2008/02/06(Wed)
金大中著『いくたびか死線を越えて』を読む。

金大中本人が書いた本人の大統領就任までの自叙伝のようなものである。
金大中は1998年2月に大統領に就任するが、この本はその年の4月に出版されている。

金大中には大変興味はあるが、本人の書いたものはどうかという危惧もなくはない。

≪あるとき、この丘(彼の生まれた荷衣島の丘)から遥か彼方に、日本の軍艦が数隻浮かんでいるのを見たことがある。
大きい船といってもせいぜい10数トンに過ぎない漁船だけをみてきた私にとって、その軍艦はとてつもなく大きく驚くばかりであった。
「ああ、日本って大した国だな!」
日露戦争たけなわの頃、荷衣島の向かい側の玉島に日本の連合艦隊司令長官東郷平八郎元帥が軍艦に乗って現れたと、大人達から聞いていたためかもしれない。
同時に憂鬱にもなった。
「どうして自分達の国にはあんな軍艦がないんだろう。」
それは私の羨みだったし悲しみでもあった。≫

この文章に出会ったとき朝鮮半島の不幸な歴史に日本も大きくかかわっていることは否めない。
金大中自身が書いた本であれなんであれ読んでみることとする。

読み終わって、私は日本の統治時代の終焉くらいまでの記述や、つい最近の『冬のソナタ』から始まって一連の韓流ブームの本は読みまくり、黛まどかの『サランへヨ』などの軽い最近の韓国の旅行記なども読んだ記憶はあるが、その間の50年くらいがしっかり抜けていたことに気づかされる。

韓国のその50年くらいは北朝鮮となんら変わらない状況の連続であったのかもしれないと思い知らされる。

高句麗・新羅・百済・任那から引き継いでいる「恨」。
本当につい最近までいや今だってそうなのかもしれない。
NHKの「ハングル講座」でもこの「恨」についての予備知識なしに韓国文化は理解できないような内容の解説によくいきあたる。
金大中は本の中で、自分の苦難に追いやられた状況について、帝国日本でもここまでは酷くなかったと記している部分もある。

韓国のこの50年の民主化の困難を思うとき、何かの本に書かれてあったことを思い出す。
民主主義、デモクラシーを実現するためには国民にモラルがなくてはいけない。
国民がモラルを持つためには教育が大切である。
モラルをはぐくむための教育には膨大な金が掛かる。
お金をかけないでデモクラシーは難題である。
独裁は金が掛からないと。

金大中がアメリカの大学の学長と議論をしたことについて書かれてある。
「こんなにアメリカの大学で民主化について学んだ留学生達が、国に帰ると、どうして国では独裁者の側に立つのであるか」といったことについてであっる。そのあたりでも民主化の困難さがよく分かる。

また、金大中は、ドイツを何度も訪ねて民族併合の研究をしている。
いま大きく韓国は南北併合という難題を抱えている。

南北の距離は日本よりももっともっと近いのに。

「恨」はいつまでつづくのであろうか。

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『ある詐欺師の風景』
2008/02/02(Sat)
村松友視の『ある詐欺師の風景』を読む。

チョイ悪ばあさんを目指して『ある詐欺師の風景』といった本を選んでみた。

所をかえて9個の話がある。
寅さんの『男はつらいよ』といった感じかな。
詐欺というのは、この場合「結婚詐欺」のこと。
『男はつらいよ』も寅さんが働いているところはほとんど無くてといったところだが、この『ある詐欺師の風景』も、実際詐欺を働くいきさつについての記述は無く、まさしくそれ以外の「詐欺師の風景といったものかな」というようなものが描かれている。
ついでにその地方の歴史や言い伝えになっている観光の目玉なども出てきて、旅行記のような雰囲気もある。
そしていよいよ最後その手口など具体的な話になったかなと思って気を入れて読んでいると、どんでん返しとして自分が結婚詐欺にあうというトホホな話。
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