『21世紀を生きる君たちへ』
2008/03/28(Fri)
小山内美江子著『21世紀を生きる君たちへ』を読む。

岩波ジュニア新書84。 1984年出版。2006年第30刷。

版を重ねよく読まれている。

著者は脚本家。『金八先生』や『翔ぶがごとく』など多くの作品がある。

この本は著者がテレビドラマの脚本を書くために取材で何度かシンガポールを訪ねたことが書いてある。

ドラマは、シンガポールと日本の歴史的関係を掘り下げてみていこうとする内容の企画であるらしい。
テレビ番組がどのように企画されていくのかを見ていく視点から読んでも大変興味ある内容だが、著者はこの旅行を通して日本を取り巻く国々から見て「愛すべき日本の姿」「反省すべき日本の姿」についてのべ、女性らしい筆遣いで、ちょっとした気のつかい方についても述べている。

また、世界の人たちに対して「被爆国日本だから訴えられること」「非核三原則を約束しているから言えること」「憲法9条を持っていて守っているから言えること」についても言及している。

この本が出版されてから20数年が過ぎた。
世界の状況もずいぶん変わった。
そしてあろうことか今憲法改正論も浮上している。憲法改正論を唱えている人には若い人よりは中高年以上の人が多いいようにも見えるのだが。
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『漱石を書く』
2008/03/25(Tue)
島田雅彦著『漱石を書く』を読む。

『漱石を書く』いかにも斬新な題名だ。

こんなに難しい本に出会ったことがあるかしらと思えるほどの著書だ。
語彙の少ない私は辞書と首っ丈の部分もある。読んでも読んでも分からない。
しかしところどころにびっくりするような分析がされていると感じられるところがあるのでそれにつられて
読み終えた。
分かりやすく語ってくださればと思うのだが、それでは意を尽くせないのだろうか。

島田雅彦氏の表現や説明は私にとってはあまり分からないので内容と感想を私なりに綴ってみる。

漱石の生きた明治時代の日本語というものがまず現代とは距離がある。
漱石の作品を読むにあたってはさほどそのことは気にならないのだが、当時の日本語の中から漱石がどのようにしてこんな日本語を使って表現していったのかの説明になるとその比較対象として本居宣長にまでさかのぼる。本居宣長の日本語といえば『日本書紀』の中国語からどのように日本語を作って行ったかにまでさかのぼる。
それは、中国語のひとつの言葉からイメージされたもの、その情緒に見合った音をあてて相当の日本語を作っていくというようなところまで。
要するに、漱石は情緒的な日本語の中に理論的な日本語へのベクトルを加えていったということだろうか。
当時、西周などによって、「権利」とか「自由」とかそういった西洋の思想・概念などを現す言葉が大量に日本語訳されていった。
漱石は、漢語と日本語と英語、その三つ巴の概念・言葉・既製の文学を分析し要約しあの膨大な『文学論』を書いた。
しかし、漱石自身『文学論』に掲げる小説を作ることに成功したかというと矛盾がある。


また、島田雅彦氏は小説を「起承転結」という言葉で表現しているところが随所に見られる。小説を「起承転結」というひとつの言葉で表現することによって、その内容が、完結したかどうかの物差しにしている。
この物差しは分かりやすい。
職業作家になってからの作品はこの物差しに当てると宙吊りになっているという。その解説は注意深くなされているので理解できた。

本を閉じてしばし考えてみる。
漱石の作品自体はこの何十年か読んでいない。研究書ばかりを読んでいる。
この漱石の『文学論』や、その他の小説などが思い出せないような状況でこの本を理解するには無理がある。
そんな状況ではあるが、その漱石の宙吊りの状況こそが漱石がある種の読者に好んで読まれた所以ではないかと思える。
世の中は、あるいは人生はすべて宙吊り状態だ。

それにしても、私には漱石自身のつくった物差しで世の中を測ってきた長い年月がある。

たとえば、「文芸も教育もロマン主義と自然主義の間をふれる。どちらも振れすぎると元に戻ろうとする力も大きい」 ある講演で漱石が述べた言葉である。国会中継などを聞いているときは、この物差しを当てている自分が居る。
また、知に働けば角が立つから始まる一連のカントも言うところの「知・情・意」の分析。問題が起きたとき、理屈で考えたらどうか、または、法に当てたらどうか。情の部分ではどうか。意地として許せるかといったように常に三つの視点から考えていくという漱石的思考をする。
仕事場ではこの物差しが働く。
そして、『門』のなかで「○○は、門をくぐる人ではなかった、門の前にたたずんで夕日が沈むのをじっと待つ人だった」といったような表現があったと思う。自分の宗教とか信仰とかそういったことを考えるときこれでいいんだと妙に納得するのである。

それが私の中で働きかけてくる漱石だ。
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『刺繍する女』
2008/03/20(Thu)
小川洋子の『刺繍する女』を読む。

短編の小品が10作。
最初の「刺繍する女」では、主人公が男性なので少し驚き。
彼女の作品に男性を主人公にしたものがあったっけ。
読んでいると半分くらいのの作品が、男性が主人公。

いろんな話をよく思いついては書くもんだと感心して読んでいると、最後の「第三火曜日の発作」という作品の中で喘息の療養をしているわたしが、
≪たいていは、本を読んで過ごしていた。特に伝記や文学全集の後ろに載っている、年表を見るのが好きだった。年表の中では人は、実にやすやすと落第したり、失恋したり、病気になったり、旅行をしたり、結婚したりした。母親の死も、子どもの死も、そして本人の死も、みんな一行で書いてあった。例えば・・・・・・そこに出てくるさまざまな死に方について、想像をめぐらしてみる。・・・・≫
と述べている部分がある。
あるいは、そのようにして生まれる作品もあるのかしらとも思う。

しかし、人間関係の間に流れる状況の描写などについてうまいなーと感心することしばしばだ。

9作目の「トランジット」にそれを見れば、小川洋子がアンネ・フランクに強い関心を寄せていることは何かのエッセイなどで知っていたが、主人公のわたしが、隠れ家から収容所への経験をしたフランス人の祖父の思い出話を辿って、フランスの隠れ家だった家を訪ねて行く。
そして、祖父をかくまってくれた人のお孫さんに出会ウことが出来る。
訊ねてみるとお孫さんも当時の話をよく聞いているようす。
祖父母からは、隠れさせてもらっていたが最後には密告されたと思っている話を聞いていたが、このお孫さんは祖父母は命を助け感謝されていると聞かされているという。
それぞれ自分の祖父母から聞いていた話の微妙な「ずれ」の設定とその描写がたくみなのに驚く。

「物・事・人」のことを知ろうとするとき、「人」が無くなって、セピア色に染まりながら残っている「物」を通して「事」を知ろうとしても真実の事柄は真反対になっていたりする。
何一つ見えてこないということを感じさせる。
ただお互いが人生を左右するようななんらかの深いかかわりを持ったということだけが真実だということを見事に描いてみせる。
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『あやかしの声』
2008/03/19(Wed)
阿刀田高の『あやかしの声』を読む。

阿刀田高のものは始めて読んだ。
知り合いの方が時々読んでおられたのでどんな作家なのか興味はあった。
11の短編作品である。
夢か現か幻かといったはなしがほとんど。
最後の作品が『あやかしの声』という作品であった。

『明恵夢記』ではないが、作者の意識の流れが、現実から来るものなのか夢から来るものなのか幻から来るものなのか危ぶみながらなぞられ綴られていく。
読んでいると、私まで眠たくなって読んでいたのか、読んだ内容に近い私の夢なのか分からなくなってくる。とちゅう何度も眠ってほとんど前に進まない。
本を読みながらこれほど眠ったことも珍しい気がする。

最後の『あやかしの声』の話は、自分の奥さんが、長い間図書館に勤めていて、閲覧係から、点検専門の係りに配置換えになり、幻聴を聴くようになった。
たまたま仕事でエジプトのアレクサンドリアに行くことになった自分に、そこは図書館の発祥の地で、パピルスの巻物が50万巻もあったというからその遺跡も見てきて欲しいと頼まれる。
その遺跡らしきところに行ったとき仕事の会場で見知った人から、「本にも人格がある」と遺跡の一部分の石をそーと引き抜いてそこに耳を当て読まれることの無かった多くの本の言葉にならないぶつぶつぶつという愚痴をきかされる。
そして「奥さんはその仕事を止めなければ死んでしまいますよ。」と忠告を受ける。
翌日、一人でもう一度聴いてみようと確かめに行くのだが、昨日引き抜いた石が何処だったかさっぱり分からない「あれはなんだったのか」と不思議に思う。
とりあえず奥さんのことが気になり、今時分だと勤務時間だと考え、図書館にいる奥さんに電話をかける。「あなた、怖い」という図書館の所蔵室からの言葉を最後に電話が切れその放り出された電話機から言葉にならないぶつぶつぶつという音が聞こえてくるという話だ。

図書館の本もさることながら、我が家のほとんど上がってゆかない二階の本棚の本。どうしようかと考えていた矢先こんな本を読んでしまった。

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『女と刀』
2008/03/16(Sun)
中村きい子著 『女と刀』 を読む。

1954年初版の文庫本。
家人の推薦で読んだ。

≪私が生まれたのは、鹿児島県の霧島の連山に囲まれた「黒葛原」という、そのころ50戸にも満たぬささやかな里で、ちょうど西南の役があってより5年目のことでもあった。
この里は、現在でも余所者はただ一人としてはいってこず、むかしながらの下級士族の出身だけで、きっちり固まっているが、私の生家、権領司は、この里の「有士」といわれた名頭の役をしてきたのである。≫
の出だしではじまる。

明治。大正・昭和と江戸時代の身分制度による身分に「血筋を守ることで」しがみつこうとする考え方が地方全体にある中で、二度も血筋を守るためという結婚を強いられついに70歳になって「一振りの刀の重さほどもない男よ」といって離婚をする実在した女性の話である。
その気概といい、行動力といい頭が下がる。

この話をどのように感じ取るかは微妙だ。
まず、現代の私達にどのようにしても分からないということに尽きるような気がする。

発表当時は2人の監督によって映画化かドラマ化かされたようである。

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『スプートニクの恋人』
2008/03/12(Wed)
村上春樹の『スプートニクの恋人』を読む。

小説家を目指しているすみれ。
そのすみれが恋に落ちた相手は同性の韓国籍のミュウ。
それ以後すみれは小説がかけなくなった。
以前、小説家を目指して次から次へ文章を書いてはそれを読んでもらっていた男友達に女の人に恋に落ち小説がかけなくなった話も聞いてもらう。
その男友達である僕によってこの小説は語られている。
彼は、男性にはまったく性欲を感じないというすみれにどうしょうもない恋心と性欲を感じている。
すみれが愛したミュウは、14年前のショックな出来事以来まったく性に対して拒否反応を持つようになったという秘密を持っている。
小説全体は
≪すみれはそれ以来ミュウのことを心の中で、「スプートニクの恋人」と呼ぶようになった。すみれはその言葉の響きを愛した。それは彼女にライカ犬を思い出させた。宇宙の闇を音もなく横切っている人工衛星。小さな窓からのぞいている犬の一対の艶やかな黒い瞳。その無辺の宇宙的孤独の中に、犬はいったいなにを見ていたのだろう。≫
のトーンで繰り広げられていく。

僕がすみれの書いた文章に感想を述べる場面がある。
昔の中国の都市にはりめぐらされた城壁のところどころにある大きな立派な門になぞらえて話している。
その門には街の魂のようなものが宿ると信じられていた。
その門は「古戦場からかき集められたたくさんの古い骨を塗りこめた壁に数頭の犬の首を短刀で切った新しい血を塗って」作られている。
小説もそのようなものではないかと話す部分については、村上春樹はそのようにして自分の作品に魂を宿しているのかなと興味をそそられた。
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『京都別格な寺』
2008/03/10(Mon)
宮元健次の『京都別格な寺』を読む。

この書は、第一章より感激する。
第一章の1が「広隆寺」である。
広隆寺は、私の大好きな仏像のひとつ「弥勒菩薩半跏思惟像」を安置しているし、何よりも大好きな「秦河勝」ゆかりのお寺である。
ここでは、秦氏がもたらしたという「自然暦」についての記述にはじめてであう。
木嶋神社の三柱鳥居について
≪三柱鳥居を、構成する三つの鳥居のうちの二つは、それぞれ夏至の日の出没の方位を示し、後もうひとつの鳥居も真南を向くことに注目したい。まず夏至の日の日の出の方向を向く鳥居の軸線を延長すると、比叡山山頂である標高848メートルの四明岳に達する。比叡山は、平安京の総鎮守である延暦寺の建てられた山である。
この軸線を180度反対方向へ延長すれば三柱鳥居の柱の一つを通過して、秦氏の氏神である松尾大社、そしてその背後の松尾山山頂に達することが分かる。・・・・≫
要するに三柱鳥居の指し示す方向の延長線上に
≪秦氏の遺構ばかりが自然暦を形成することから、偶然でなく意図的にこの地に鎮座されたと見られる。≫と考察をしている。

京都の町にあるさまざまなお寺や遺構を鳥瞰図で見てゆくことによって、実はこういった方角についての考え方から京都の建造物などが成り立っているという説明の最所である。

また、3の「清水寺」についての記述では、坂上田村麻呂が東北を平定してその首長であるアルタイをその母親のために祭ったという話は有名であるが、その東北遠征そのものが東北への鬼門封じであることはここの記述ではじめて知った。
もともと、征夷大将軍という職そのものが鬼門封じであるとも書かれている。
鬼門封じということで、多くの戦いによる犠牲者の霊を鎮めるためのお寺も多く建造されているという。よく考えてみると敵の霊を慰めるというのは不思議な気がする。
これが、古来からの日本人の罪悪感の現し方なのだろうか。
そういえば菅原道真を祭った天満宮などもそうである。

どの章も一々感激する。書き記していこうとするときりがない。

そんな中で、もうひとつだけ書くと小堀遠州のことだ。
千利休や古田織部についての本は何冊か出合ったことがあるが小堀遠州についてこれほど詳細に書かれているものにはじめてであう。
また、利休の茶碗や古田織部の茶碗などと遠州好みの茶碗を美術の本などで見かけることはあるが、作庭や茶室の建築物についてのことは知らないことだったので大変興味深く読んだ。
実は小堀遠州がかかわったのではないかといわれている庭や、茶室が京都には大変多くあるということだ。
それらが、西洋のバテレンなどから西欧美術の基礎を学び、多く取り入れているということが丁寧に説明されている。
以前『利休の妻たち』という本の中で利休の考案した「にじり口」がキリスト教の「狭き門」という言葉からヒントを得ていたものであったり、その他の一連の作法も色々ヒントを得ているという話であったが、小堀遠州も西洋の文化に出会うことによってあたらしいやり方を生み出していった。
美術図鑑などで見かけた遠州好みといわれた茶碗の優美な姿を思い出す。

とりあえず、方向についての説明や、庭の様子など図入りの説明で分かりやすい良書だ。

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『こころの天気図』
2008/03/08(Sat)
五木寛之の『こころの天気図』を読む。

短い短い文章を集めた本である。
1ページ半くらいの文章が、目次7ページにわたるほどある。

肩から力がスーッと抜ける書だ。
ご大層な五木寛之ではなく、隣のおじさんのぼやきを聞いている感じがする。
今日は肩がこっているんだなとか、今日は仕事に身が入らないんだなとか、なんだかんだいいながら今日は良く食べているじゃん、といった感じ。

五木寛之自身、紙面が少ないので、何を話したとしても、誤解を招きそうなので、読んだ本への思いがないではないが、紙面の長さから行ったらこの本との出会いくらいにしておこうとか、旅行の話も、その歴史の重みとか、人々の暮らし向きとか、いっぱいあるけど、そこの店先の話くらいにしておこうといった具合である。
紙面に限りがある文章というものは、深みにかける気がするのだが、これだけ沢山の文章を読んでいると、書く内容が制限されるぶん違った味が出てくるんだなと気づかされる。
もしかして、文章は短いほうが体温を伝えられるのかもしれないとさえ感じる。
しかし、ここが短い文章なりのツボを心得ている五木寛之の筆の力かもしれない。

倉田百三の『出家とその弟子』を読んだ話がある。
読んでも読んでもこの世の中には世評を風靡した本でもまだ読んでなかったものが沢山あるというところから話が始まる。
私などは当然日々感じていることであるが五木寛之でもそうなのかと胸をなでおろす。
その一冊に『出家とその弟子』をあげ、昔の本で入手できるかしらなどと危惧していたけれど、実は初版以来、版に版を重ねしっかり大勢の人に読み継がれていることにびっくりするくだりがある。
これも私などはいつも体験することだ。
図書館で本を借りて「目からうろこ」の思いをして、あらためて本をよくよく見ると、本の痛み具合などからすでに多くの人に読まれた痕跡が察せられる。
こんな小さな街でも、私が今「目からうろこ」の思いをして読んだ本をすでに多くの人が読み知っていて、この街では常識になっていたのかもしれないとショック受ける。
世間様恐れ入りましたである。

少し気分がいいことには、私は『出家とその弟子』は高校生の頃読んだ。
アンドレジイドの『狭き門』なども読んでいて、信仰者の悩みというものは、世の東西を問わず同じものかなと思ったことを覚えている。
五木寛之はしかし、二度おいしいというコマーシャルがあるように、おそらく、現在の読者は若者達よりも、むしろ改めて自分の人生や死を考え始める中年以降の人々ではあるまいかと述べている。

えっ!中高年には中高年の味わいがあるんですって。とは思うが・・・・今はなぜか読む気がしない。
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『またまた・マザー・グース』
2008/03/07(Fri)
和田誠・訳『またまた・マザー・グース』を読む

 TWINKLE,TWINKLE,littie star

TWINKLE,TWINKLE,littie star,
How I wonder whatyou are!
Up above the worid so high,
Like a diamond in tha sky.

小さい星よ キラキラキラ
あなたはいったい何かしら
あんなに高い空にいて
ダイヤのように輝いて

これは近頃私が、少しことばの遅い孫と一緒に歌っている唄だ。
これもマザー・グースの歌だったんだと知る。

マザーグースはどうやらイギリスでもアメリカでも、地方地方で好き勝手に歌われいろんな形に変わっていたりするのかもしれない。
日本でもいろんな人が翻訳しているらしい。
この本の前には北原白秋の翻訳ものを読んだ。
元唄も色々だから少しずつニュアンスも違っているのかもしれない。
和田誠氏の「ながいながいあとがき」によると、英・米の映画などもこのマザー・グースを知っていて観るとずいぶん理解が違ってくるものがあるらしい。
それだけ作品のあちこちにマザー・グースの作品がかかわりを持っているということだ。
小さい子どもの頃に肌身についた歌だから自然に会話の中に織り込まれていたりするらしい。

この本の挿絵は18世紀・19世紀のイギリス、アメリカの木版画をコラージュの手法を用いて使ってあるということだ。
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『マザー・グース』
2008/03/06(Thu)
北原白秋訳『マザー・グース』を読む。

実は初めてマザー・グースを読んだ。

A4版で分厚い本だが、私達が小学生だった頃図書館にあった本のような少し厚みのある古い紙質である。
1976年11月に出版されている。
A4版であるために絵はどのページにも描かれている。
マザー・グースという人は、大正10年に北原白秋が今から200年ばかり前に当時イギリスの植民地であった北アメリカに生まれたと書き記している。
その人がちっちゃな孫息子に聞かせた唄で、色々節をつけて唄っていたが忘れやすいので書きとめていきそれがだんだん増えていったというのである。
そのおばあさんの養子が印刷屋さんをやっていて、多くの子ども達を楽しませるために印刷をして配ったのが始まりだというのである。
童謡であったり、囃したてて唄ううたであったり、3行くらいのものから始まって非常に長いものまでいろいろある。
意味のあるもの、ないもの、子ども達やそこに生活している人たちの聴きなれたうたのその繰り返しが聞えてきそうな感じだ。
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『旅路』村でいちばんの首吊りの木
2008/03/05(Wed)
辻真先の『旅路』村でいちばんの首吊りの木を読む。

私としては、久しぶりのミステリー作品。
3つの作品が載っている。
「村でいちばんの首吊りの木」
「街でいちばんの幸福な家族」
「島でいちばんの鳴き砂の浜」
あとがきは、「大人でいちばんの子ども」
という構成。

「村でいちばんの首吊りの木」は、飛騨の可良寿(からす)の里にある欅の木のことである。
暮らしが立ち行かない寒村で、生活苦のために昔から首吊りをする人も多かった。
くわえて近くに医療機関がない。
そのために病気で死んでしまった夫への無念から2人の息子を医者にしようと母子家庭でありながら生活を切り詰めて医学部へ進学するように子ども達を街へ住まわせ予備校に通わせる。
その息子を訪ねていった母親が、息子が恋人と心中をしているのを発見する。
受験を控えているもう一人の息子にそんなことが分かると勉強に影響すると考えて息子の遺体をひだの山奥につれて帰って雪の降る前の晩に山中においておくという話である。
それから間をおかず可良寿(からす)の里は、全員が村を離れることになる。最後に首を吊ったのはこの母親であるという話。
母親と次男の息子とがやり取りした手紙ですべて語られるミステリィーである。

最所の話が一番読み応えがある。

この著者辻真先という人について

『鉄腕アトム』『DR、スランプ』『ジャングル大帝』『サイボーグ009』『デビルマン』『サザエさん』などのアニメやドラマを多く手がける。

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