「UFOが釧路に降りる」
2008/08/29(Fri)
村上春樹の 「UFOが釧路に降りる」 を読む。

 神戸淡路大震災の後のこと。
 その報道を何もせずに朝から晩までじーっと見ていた主婦が五日後に置手紙をして家を出て行く話である。
 手紙にはもう二度とここに戻ってくるつもりはない。
問題はあなたが私に何も与えてくれないことです。
もっとはっきり言えばあなたの仲に私に与えるべきものが何ひとつないことです。
あなたは優しくて親切でハンサムだけれど、あなたとの生活は、空気のかたまりと一緒に暮らしているみたいでした。
でもそれはあなた一人の責任ではありません。
あなたを好きになる女性はたくさんいると思います。
電話もかけてこないでください。
 どうしてこういうことになったのかまったく理解できない夫がある日同僚から休暇に小さな箱に入った荷物を釧路に届けるように頼まれる。
その箱を受け取りに来た女性2人に出会って3人で温泉ホテルに行く。
一人の女性は箱を受け取って先に帰っていき、後の一人と別れた奥さんの話しをする。
 要するに、自分には中身がないと言うことかと話す。中身とは一体なんだろうかと考えている話をすると、あの小さな箱にはいっていたものがあなたの中身ではないですか?とからかわれる。
と言う話である。

ほんとに一体自分の中身とは一体何なのだろうか。
最近、本も読まずに人様のブログを読んでいることが多くなった。
書かれてあることが、その人の中身ではないかと思えるのだが、さて・・・・・。
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『時間の砂』
2008/08/28(Thu)
シドニィ・シェルダン 著 訳 天馬龍行 の 『時間の砂』上下2巻を読む

 スペインの反政府組織のバスク人と政府が激しい抗争を繰り返していた市民戦争を題材にしたフィクション小説である。
 時代は1976年に設定されている。
 バスク独立運動の地下組織ETAの英雄、ハイメ・ミロを追跡する政府側の特殊工作隊GOEのラモン・アコーカ大佐が、ハイメが隠れていると睨んでアビラのシステシアン派尼僧院を襲うところから話が始まる。
尼僧院に伝わる金の十字架を持って脱出するように、言いつけられた4人の修道女は、刑務所の仲間を助けて逃げているハイメ・ミロの一行と出会い逃亡生活を送ることになる。
 四人の修道女とテロリスト6人は三つのグループに分かれてスペインを縦断する。
先が読みたくてワクワクする小説に久しぶりに出会った。
 読んでいて映画を見ているような気持ちになる。
一気に読み上げて、今はただ呆然としている。
 
 ただ、何処の国にもいろんな悲しくつらい歴史があるんだなーの思いである。
それに歴史と言ってもついこの間の話である。
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『象工場のハッピーエンド』
2008/08/21(Thu)
村上春樹の 『象工場のハッピーエンド』 を読む。

村上春樹の本には贅沢なものが時々ある。
本のようでもあり、画集のようでもある。

13個のほんとに短い作品。そして安西水丸という人の絵。

アメリカで書かれた作品。アメリカの匂い。哀愁。

最後の作品には、オーテスィ・ファーガソン/訳村上春樹の『サヴォイでストンプ』 というなんだかわけの分からない(英語音痴だから)題名の作品がある。よくはわからないが、これが黒人スラム街なのかという雰囲気は伝わってくる。

総て雰囲気だけでを読む作品のような気がする。
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『花信』
2008/08/20(Wed)
國弘三恵著 『花信』 を読む。

 調べてみたかった事柄について書かれている本に出会ったという感じを持った一冊である。
 
 日本人のルーツというか、日本の神話として語られている部分の歴史である。

 日本が国としての体裁をなしていく過程で、朝鮮半島からの渡来人である曽我氏、秦氏、が語られてくる。
 こういった人々はどのようにして日本で勢力を持つようになったのか。この当時渡来人とされているが、一体いつごろ渡来したのだろうか。在住民との文明・文化の差はどんな様子であったのか。そして、それまでの長い歴史の間にも渡来してきた人々がいたのではないか。いたとしたら、どんな事情で海を渡ってきたのだろうか。また、日本の地から朝鮮半島・大陸に渡った人はいなかったのだろうか。
 そのあたりの歴史を物語るものが神話であるだけに、実際の様子も夢幻のように懐かしく色々と連想したくなるのだが、その資料がどこにあるのかもわからないで長い間韓流ドラマなど懐かしんでみていた。

 この書はまさにそのテーマに充分に答えてくれている。
朝鮮半島の歴史を解明していきながら、それぞれの時代の王朝の分家の行く末、滅亡した王朝の行く末、それらを辿ってゆくことを通して、日本の地での様子を明らかにしようとしている。

 朝鮮半島との関係については、戦前の36年間というつらい歴史がある。
その前後に来日した朝鮮半島の人々の日本でのつらい立場は緩和されながらも今に尾を引いている。こういった人々が、民族の誇りを取り戻すために始まった研究の成果である。
 こういった研究の成果がそれなりに私たち読者の胸にスーッと入ってくるのは、広く愛読された司馬遼太郎の『街道をゆく』のなかのあちこちに、朝鮮半島からの渡来人の痕跡がなぞられているからであろう。日本人のおおくが、この『街道を行く』を読みながら、自分の先祖も、縄文時代、あるいは弥生時代、または奈良時代、平安時代、それ以降のいつかの時代に半島からわたってきたのかもしれないなと感じだしただろう。

 そのように感じるとき、朝鮮半島も日本の国土も同郷のような気がしてくる。
 そう思うと、今の朝鮮半島の南北分断は悲しい。そして北朝鮮の人々の苦しみを思うと我がことのようにつらいのは、日韓の歴史が自分の読書暦の中で解明されていくのと平行している。
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工夫
2008/08/11(Mon)
 夫が、「古い我が家」を補修している。
古いだけにさわりだすときりがない。

時々「おーい。ちょっとゴメン」と言われては手伝いを言いつけられる。
屋根の上だと携帯から呼び出しがある。

屋根の上は屋根の上、外構(庭)は外構、建て付けは建て付け、床張替えは床張替えと言った具合にきりをつけてもらいたいと思うのが、片付けなど手伝わされている者の身である。

建材や工具の買い物もいろんな店を毎日少しずつでなく店ごとにいっぺんに済ませて欲しいものである。

あちこちを同時にやっていくので、まったく片付かない。
いい加減イライラしてくる。

しかし、観察していて気がついた。

長い間ほうっておいたとはいえ、もともとが建築屋であったために、一旦やりだすと我が家の補修だけに徹底を極める。

建物の工法は、普遍的に変わらない部分と、時代や手がけた人によってまったく違う部分とがある。
他に問題があったために仕方なく工法を変えざるを得なかった部分もある。

壁に亀裂(クランク)が入っているのは基礎のどこかが下がっているからだと考える。
そこで大型のジャッキを準備して家を支えておいて基礎が何ミリ下がっているかを計測し基礎をつきかためるか基礎との間にコンクリートをつめて誤差を解消していく。一晩置いてどれくらい沈んだか計測してまた対応する。
建て増しをした業者が手抜きでボルトがしまっていないところもきっちり閉めついでに床下換気もきれいにやりかえるといった具合だ。

新築ではないので、最初から計画を立ててやれないのだ。
具合の悪いところを、取り外して、初めて問題が分かり其の解決方法を状況に応じて考えていかなければならないのだ。そのために、工具屋にも毎日足を運んでどんなものがあるか確かめるのだ。
また、工具の無いものや高価なものは、自分で作っている。
その出来たものを見てびっくり。本当に感心する。
大きな建造物ばかり建ててきた人なので、小さな民家のことは分からないのかと思っていたが、同じだと言う。
工具を現場にあわせて現場で工夫して作れるかどうかが勝負だよ。
と、嬉しそうに話す。


自分でも、仕事場で普遍的なもの、時代や状況によって工夫しなければいけないことがキッチリ出来ているだろうか。
夫の手伝いをしながら仕事をするということについて、私の場合職種上結果が目に見えない仕事だけに、いい加減にしているのではないかとわが身のことが深く考えさせられる。

いつか夫から、「あんたは営利会社に勤めたことがないから、仕事の厳しさが分からないのだろうよ。」といわれたことも思い出す。



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『わがそでの記』
2008/08/08(Fri)
高山樗牛の『わがそでの記』を読む。

 今日は倉庫同然にしている空き家に、長く本箱にねかせてある本を運んだ。
 第二便を明日の朝運ぶことにしてその準備をしていてこの本を見つけた。
私の実家で見つけてもって帰ったものだった。
そうだ、其の頃A級戦犯に関する本を読んでいた。
たぶん占領軍が死刑囚になった人に、死刑執行まで死刑囚の宗教に合わせて誰か宗教家をつけることにして坊さんの募集をしたが応募が無くて、その役を当時東大の教授であった姉崎氏が引き受け、そのことに関する記事を新聞に連載していた件のところでなぜか当時の私はひどく感動して姉崎氏のほかのものも読んでみたいと思っていたところ偶然実家でこの本を見つけて持ち帰ったのだ。

標題の一文はこの姉崎正治編『文は人なり』の書物の中の一篇である。

明治44年12月31日発行となっている。この本は大正6年50版発行のものだ。

古い本だからもう誰も読みはしないだろうと分からない熟語には線を引くなどして辞書で引いた意味を書き付けている。マメに読んだあとが見受けられるがほとんど覚えていない。誤植を訂正しているところもあって思わず吹き出したりもした。


この書は姉崎正治が、高山樗牛の小文を集めて、分類して彼なりの考えで編集したものである。
姉崎氏の序編を読んでいてちょっと『わがそでの記』を読んでみようと言う気になったのである。

読んでいると60歳前の私には青臭くて・・・・というおもいだ。
だが、誰もが、青春のころには思い悩み書き記す一文でもある。
高山樗牛は夏目漱石などと国費留学することになっていてその洋行のための祝賀会から病気に倒れ短い生涯を終えたのである。いまの私にとって漱石ですら早い死であったと思うのに樗牛は30歳台で世を去っているのだ。

今一度
 ≪世をうきものとはたが言いそめし。想へば袖ふたつには包みかねしわがこころ、たうてや年をへし長きねざめの友となりぬ。
 はつ夏の月いと哀れなる夜半、われともなしに起き出でて、簾のつま引き上ぐれば、落つるは露か雨か。秋ならぬ風に桐ひとは散りぬ。
 里にては今はねなましものを、うとましの身の程や。・・・・・・・・≫
の一文に家事の合間の憩いを求めむ。

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暑い日々
2008/08/05(Tue)
毎日暑い日々が続いている。
そんななか、5月28日、義母が亡くなって日常が一変した。
大概何か起こっても日常に殆ど影響しない生活だったしこれからもそうだろうと思っていた。

しかし、夫がどうしたことか「仏壇」と「墓」と「戸籍」と亡くなった「親族のアルバム」と古い「2軒の持ち家」と「自分の体」の点検を始めたのだ。しかもそれぞれを同時進行で・・・。

まあ、はじめてみるとどれもこれも意外や意外の連続である。
そのたびに七日七日の法要に義姉夫婦、2人の義弟夫婦への報告。

「仏壇」についてはあと一つ注文しているものができてくればおわり。

「お墓」はすでに出来上がって有難いことに家業を継いだ末の義弟が費用を済ませてくれていた。
あと、その末の弟の墓所のことで問題があるのを解決していかなければいけないが相手があることなので気長にやるしかない。

「戸籍」については良く晴れた夜に遠くの星を取ってくるようなことなので私も良く晴れた日に夫のそばに立って見上げていようとおもう。

「親族のアルバム」では、地域の歴史探検隊が大喜びしそうな状況や背景の写真は少し大きく作り直したりして寄贈した。
我が家に大きくして保存したいものだけがまだできずにいる。

「2軒の持ち家」は、住んでいない家のほうは庭木を全部処分した。『お登勢』や『北の零年』を思い起こすような作業を2人でやった。電源を切っているので電気鋸を使うときはお隣から引かせてもらった。以前10年ばかり住んでいた家なのだが仲の良かった隣の奥さんが癌にかかり様変わりされていて抱き合って再開を喜んだ。義母を引き取って借家だった夫の実家のガラクタと我が家のガラクタ、子ども達の家のガラクタとガラクタ屋敷だったが半分くらいのガラクタを処分した。ノートパソコンでない何台かのパソコンの処分、キャドや、図面台、大型スキャナーなどをセットにしたので有料のゴミも大量に無料で処分できた。
住んでいる家の方はもう、毎日が工事中の様相で直さないところはないくらいにトンテンカンと修理につぐ修理だ。今日は床下換気扇のスイッチと屋根上の太陽温水器とサンルームの押入れの床の張り替えだそうだ。毎日寝床で何をどのように直すか考えてはメモして金具屋に買い物に行ってやっている。

「自分の体」の方は、前立腺が肥大しているので癌の疑いもあると言うことで検査入院をした。7日に結果が分かるそうだ。例え癌であったにしても早期中の早期なので大丈夫ということだ。

どうでもいいから体を休ませたほうが・・・と言うのだが、何かに取り付かれたように頑張っているので私も本など読んでいられない。

しかし、夫の後ろに座ってお経とひろさちやの『仏教は死者のものではない』は繰り返しよく読んでいる、読む度に自分に立ち返ることが出来る。

またいろいろな本が読めるようになることを楽しみに暮らしている。




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