「神の子どもたちはみな踊る」
2008/09/15(Mon)
村上春樹著 「神の子どもたちはみな踊る」 を読む。

 「神の子」というのは出版社に勤める25歳の男性のことです。
 彼は、母親とふたりだけという家庭で、母親から貴方は「神の子ども」だといわれて育ちました。
そして、彼の母親と同じ信仰を持つ田端さんも貴方は「神の子ども」ですと教えるのです。
 そのために彼はじぶんを「神の子ども」だと思い、小さいときから母に手を引かれて、神様の布教をし、戒律を守りながら大きくなります。
  しかし、へまばかりやる子ども時代、野球をしてフライがうまく捕れないので上手になりますようにと神様にお願いしますが、ただそれだけのことなのに神様は石のごとくその願いを叶えてくれません。
田端さんにそうを話すと、田端さんは「神を試してはいけない」と戒めます。
 後、その田端さんは、尿道ガンで長い間苦しみぬいて亡くなるのですが、彼には田端さんはその死の苦しみの中でも一度も神を試さなかったのだろうかと不思議に思えてきます。
 そして、やはり神は石のように冷たいとますます感じるようになります。
 しかし、その田端さんが死の直前に「貴方のお母さんへの邪念を抱き情欲を抑えられなかった」ことを彼に告白してわびてきました。
 実は、彼もお母さんへの邪念を抑えるために悪戦苦闘していることを思い、救われたような気持ちになります。自分達は石ではないのだからと、枕元で田端さんを握った手からその心が通じることを念じる。
そして、石のように冷たい神を、大きな震災を起こす神とも重ね合わせて・・・・。
 この作品では、こんな神戸の震災を引き起こす神、地表の底にあるまた石や岩などの鉱石の営みや風のそよぎの中に身を躍らせて生きていく人間の姿をえがいているのでしょうか。


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「アイロンのある風景」
2008/09/14(Sun)


村上春樹著 「アイロンのある風景」 を読む。


 ≪高校3年生の5月に、順子はこの茨城の町にやってきた。父親の印鑑と貯金通帳を持ち出して30万円おろしボストンバックに詰められるだけの着替えを詰め込み家出した。所沢からでたらめに電車を乗り継いで、茨城県の海岸の小さな町についた。≫
そして、コンビニで働くようになったと言う若い女性と、5年位前から近くに家を借りて一人暮らしをして絵を描いている40台半ばの男性三宅さんとが知り合い、流木が集まると焚き火を炊くその男性と焚き火をやりながら、人生の深い部分で語り合うという話である。

話しているうち、三宅さんは先に震災のあった神戸の東灘区に奥さんと子ども2人がいるという。震災での消息も尋ねないで暮らしているらしい三宅さんの、心象を描いたものが「アイロンのある風景」という絵である。

この前読んだ「UFOが釧路に降りる」同様神戸地震にまつわる話になっている。

「焚き火」という原始的な行為をとおして、人間が本来のものを呼び戻そうとするかのような気持ちをそれとなく描いている。
読んでいる私も炎を見つめているようで、原始的な気分になれる。





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