『ラビ・バトラの大予言』
2009/01/29(Thu)
ラボ・バトラ著 ペマ・ギャルボ 藤原直哉訳『ラビ・バトラの大予言』を読む。

 お勧めもあって期待を大きくして読む。

 1995年の作品である。以後の世界の動向を大予言している。
 1995年の著作から、2009年の今日すでに14年が過ぎようとしている。
 予言がどれだけあたっているかが測れる部分もある。
 そして、14年前には予想もしていなかったことが時間の差はあれ、大予言の通りになっているのにびっくりする。(わかる人にはわかっていたのかも知れないが・・・)

 著者はこの著書の数年前にも大予言をして、本に著そうとしたがあまりにも内容が奇想天外であるため、出版を引き受けてくれるところがまったくなく、しかたなく自費出版したということである。
 しかし、1990年代に共産主義は崩壊し、2000年~2010年までに資本主義が崩壊するという内容であったということであるがすでに共産主義は崩壊した、資本主義もこの本の筋書き通りに変化していることを思えば崩壊の一途を辿っているといえるのかもしれない。

 著者は経済学者である。経済の難しいことはよく分からないがそういうものなのかと読みながら納得する。特に武力者・知力者・富者が順番に周期的に政権を握っていくとする歴史認識には一目置くことが出来る。たとえば、徳川家康が武力で政権を握る。知者が武士道などといって政権を継承する。体制が落ち着くと富者が現れて格差社会が到来し武力で其れをひっくり返すといったようなことかと想像する。
 今まさに資本が資本を生みマスコミを手中にし世論まで操作することが出来る。しかし、民衆は感覚的にあまりにも格差が激しいと分かっているのでこの体制が長くは続かないというのである。

 そして、著書の半分くらいは来るべき次世代のありようについて語られている。読者を不安に陥れるのではなく、前世代の反動として生まれた共産主義や資本主義と違って、輝かしい21世紀の到来を予想している。

 2・3冊前に読んだ堺屋太一の本では、核兵器はあの冷戦時代のあいだ大きな戦争が起こらず平和がつづいたことを思えば安いものであったと述べていたが、ラボ・バトラの提唱する体制ではもっと安いコストで世界平和が保たれると思える。

 そして、以外にも今後インドが世界のリーダーシップをとる国になるかもしれないと思うところは、その理由も含めて私と同一の予想であった。
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『お伽草紙』
2009/01/24(Sat)

太宰治の『お伽草紙』を読む。

  前書き
  
  瘤取り
  
  浦島さん

  カチカチ山

  舌切り雀

 それとなく開いて「浦島さん」から最後まで読んで、「前書き」「瘤取り」と読んだ。
 この読み順は読み終わってこの方がよかったのか悪かったのか考えさせられた。
 これらは、一つ一つの話が別々にあるように一見思えるが、実は「前書き」でさえ全体の読み物のひとつとなっている。
 学生の頃、「あとがきを先に書いて、前書きを最後に書くと楽だよ。」と教えてくださった先生がおられた。「なるほどな」と思って、読むときも時々「あとがき」を読んで中身を読んで、最後に「はじめに」を読むこともあったりして、そんなこととはまるで違うこの書き方はチョット以外で面白いと思えた。

太宰治その人の評論や作品の評論は別にして、この作品は本当におもしろい。
面白いと同時に、太宰治の肌に触れているような感じのする作品である。
作家というものは、遠くにいて私たちに示唆を与えてくれたり、研究発表をされていたり、どこからこんな話が沸いてくるのだろうと思わされたりするのだが、この作品はじかに太宰治の心根が伝わってくるような気がする。しかも「浦島さん」などはとても上品に思えるのは私だけなのかしら。
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『チョコレート語訳みだれ髪』
2009/01/21(Wed)
俵万智の 『チョコレート語訳みだれ髪』を読む。

 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢う人みなうつくしき

 やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

 この二つの歌だけが知っているし、意味が了解できる。

しかし、俵万智も「あとがき 晶子の匂い」のなかで、最初読んでほとんど意味が分からなかったといっているのでまずは安心。
なんだか、この気持ちを歌いたいというその気持ちさえあればすぐにでも歌が作れそうな気がするのがいとをかし。
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『白洲次郎の青春』
2009/01/20(Tue)
白洲信哉著 『白洲次郎の青春』を読む。

「MEN’S EX」(世界文化社)に掲載されたものを加筆訂正し、新たな写真を加えて再構成したものとあり、2004年、2005年、2006年にかかれたもの。装丁が美しく青春を送ったイギリスの写真も多く、白洲次郎を十分に堪能できる。

白洲次郎に関する本は2冊くらい読んでいると思うが、それらの本を読んで知りえた白洲次郎があればこその楽しい読み物であった。
 
 また、このお孫さんだという白洲信哉氏の文の楽しさもあり、手にするやあっという間に引き込まれて読んでしまった。

   目次

  まえがき、のようなもの

  白洲次郎の卒業旅行

  英国探訪



 「白洲次郎の卒業旅行」は、白洲次郎が1925年の暮れから1926年1月まで、12泊13日でジブラルタルまで愛車のベントレーを運転して親友のロビンと卒業旅行をしたアルバムを元に、夏場やはりベントレーでできるだけ同じコースを同じホテルに宿泊しながら、白洲次郎の青春に近づこうとするものだ。アルバムの写真と80年後のこのたびの取材旅行で写した写真とを並べて掲載されていて見ごたえがある。
 白洲次郎がベントレーという車を購入した経緯について
 ≪祖父が購入したのは、1924年5月24日。ペントレーのディーラーであり、この年のル・マン24時間耐久レースに同じ3リッターモデルで優勝したジョン・ダフという花形レーサーから直接買った。≫
 とある。この頃の道路事情は今とは格段の差で、又車の状況もミッション以前と言っていいのか体力と技術を要しエンジンが自分の心臓のように思えなければ運転できなかったのではないかと思える。また、真冬にオープンカーであり、ほんとに、青春の真っ只中で無ければなせる技ではない。
 この章の終わりに厳冬の欧州大陸を駆け抜けた「’24年式W,O,ベントレー3Lスピードモデル」と、80年前の祖父の足跡を辿ったベントレー「’05年式ベントレーコンチネンタルフライングスパー」の写真がある。
 祖父について、いろいろなことを思い浮かべながらの紀行文はほんとにいい。

 英国探訪は、前記の旅行の1年前のものである。
 白洲次郎のイギリスでの17歳から26歳までの9年間、白洲商店が倒産して帰国を余儀なくされるまでの留学生活にかかわる足跡を追ったものである。
 ウィスキー、ケンブリッヂ大学、そのほか身に着けるスーツ、帽子、ハンカチ、靴、シャツネクタイなどを調達していた、王室ご用達の超一流のオーダーメイドの老舗について書かれてある。

 白洲次郎がこよなく愛したウィスキーについては、その聖地と呼ぶにふさわしいというアイルランドのすぐ北側にあるアイラ等を訪ねたり、スコットランドのスペイサイドを訪ねたりしている。
 
 白洲信哉という人は、母方の祖父が小林秀雄である。
 最後に、その小林秀雄の『無常という事』という本の抜粋を載せている。

 ≪・・・・生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな。≫

 亡くなっておおかた十三回忌にもなろうとするとき、やっと、白洲次郎の人となりが分かってくるということだ。
 
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『古代史をゆるがす 真実への7つの鍵』
2009/01/19(Mon)
古田武彦著 『古代史をゆるがす 真実への7つの鍵』 第一の鍵 足摺に古代巨岩文明があったを読む。

 1993年、『「邪馬台国」はなかった』を書いてから22年くらい後、高知県土佐清水市の足摺岬の足摺パシフィックホテルでの講演を再現したもの。
 
 BC12000 ~ BC 4000 縄文早期
 BC 4000 ~ BC 3000 縄文前期
 BC 3000 ~ BC 2000 縄文中期
 BC 2000 ~ BC 1000 縄文後期
 BC 1000 ~ BC  300 縄文晩期
 BC  300 ~ AD  300 弥生(各説若干異同あり)

 ひとことに、縄文弥生というけれど、ざっと縄文は11700年間、弥生は600年間ということをよく認識しておかなくてはいけない。なぜかというと、長い縄文期に色々な技術が発達したことを認識しなくてはいけないからだ。
 上記の表を改めてよく認識させることによって古田武彦氏は足摺の古代巨岩文明を聞き手に浮かび上がらせてくれる。
 また、巨岩遺跡についての検証は後に譲って、あらたに足摺岬の巨岩遺跡を見に行ったことで、『「邪馬台国」はなかった』に発表したこれまでの研究成果にますます確信を持っていく経緯が語られている。
 この講演と、『「邪馬台国」はなかった』を書いた22年の間にはそのほかの方面でもいろいろな発見があったことについても明らかにしてくれる。
 そのひとつ、エクアドルのバルディビア遺跡から、日本の縄文土器そくりの土器が出てきた。また、ブラジルやエクアドル、ペルーにかけて3500年前日本で言うと縄文後期のモンゴロイドの糞石の中から日本に多いい寄生虫が発見された。その寄生虫は22℃以下では死んでしまうものなので、ベーリング海峡を渡ることは出来ず黒潮に乗って船でやってきたということになるのである。
 いよいよ、縄文時代海洋民族である倭人は楠で作った船に乗って縄文式土器の甕に水を汲んでアンデス山脈のふもとのほうまで航海した様子を思い浮かべることが出来る。

 
 
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『小川洋子対話集』
2009/01/18(Sun)
小川洋子著 『小川洋子対話集』を読む。

目次

田辺聖子*言葉は滅びない

岸本佐知子*妄想と言葉

李 昂(り・こう)+藤井省三*言葉の海

ジャクリーヌ・ファン・マールセン*アンネ・フランクと言葉

レベッカ・ブラウン+柴田元幸*言葉を紡いで

佐野元春*言葉をさがして

江夏豊*伝説の背番号「28」と言葉

清水哲男*数学、野球、そして言葉

五木寛之*生きる言葉

田辺聖子、佐野元春、江夏豊、五木寛之しか対談相手の名前を知らない。佐野元春は名前を知っているだけ。
岸本佐知子、藤井省三、柴田元幸は翻訳の仕事もしている人のようである。

 軽いおしゃべりの本と気軽にお借りしてきたが、結構重いものもある。

 「小説家はどのようにして小説を生むのかな?」という素朴な疑問から作家のエッセイや対談集を手にすることが多いいが、こちらがもともと小説家ではないので、語ってくれてはいるのかもしれないのだけどなかなか実感的に知ることが出来ないのがほとんど。
 しかし、この作品では、一瞬その部分に触れるとことが出来たような気がした。「レベッカ・ブラウン+柴田元幸*言葉を紡いで」のなかでブラウンの質問に答えて語っているところ
 
 ≪ブラウン_・・・そんなふうに、動物をよくお使いになるのか、そして、動物に何か意味を持たせようとなさっているのでしょうか。(チョット文章がおかしいのは訳し方によるのか)
  小川___これは私の弱点でもあるんですが、物語の世界を日常生活から数ミリ離陸させるために、動物を持ってくると非常にうまくいちゃうんですよね。言葉を発しない生き物を持ってきますと、その役割を果たしてくれるんですね。≫

 そして、もっと具体的に小説に動物を登場させることの効果について会話が続いていくのだが、このことは、非常に含蓄のある言葉として感じた。
 本を読むということが、もともと日常生活から数ミリ離陸することであるのだ。
他の人のブログで、本を読むことは、猫をなでるようなものだといった人がいると知ったがそのときは意味がまったく分からなかった。この一文を読んで、すっと胸に落ちた。この一文はこのところわからないと思っていたいろんなことに回答を与えてくれたようなきがした。

 「李 昂+藤井省三*言葉の海」 これは、東京大学で行われた東大中文・現代台湾文学シンポジュウムでの対談に、加筆のうえ編集したものという。
 事前にお互い「海」というテーマで短編を競作して対談に臨むという趣向になっていたのだそうだ。この二つの作品を読まないでこの対談を読むのだが、この二つの作品に、国の事情の違いと10歳の年齢差が明確に出ているということらしい。
 最後に、
 ≪李___私が書く小説と小川さんの小説がどうしてこんなに違うのか、ようやく分かりました。現在でもなお、台湾はひとつの国家かどうかという問題を私たちは抱えています。たとえば文化的な面でも、台湾をどういうふうに認識するかというのはいまだに大きな問題です。これは政治的な問題なので慎重に言いますけれども、台湾独自の文化というものが成立することを否定して、台湾の文化も中国の文化の一部に過ぎないというふうに考える人もおります。
 私は小説の中で、国家や社会と個人、男と女といった、さまざまな不平等の問題を取り上げております。でも特にそういう問題に関心が深いというのではなくて、切迫した現実の問題として存在しているからです。・・・・・・・・・≫とある。
 
 小川洋子の作品が、日常生活から数ミリ離陸させようとしているのに対して、李 昂女史は切迫した現実の問題を見つめて世に問うているのだろう。そういった作風の違いもあるように思う。

 作風の違いといえば江夏豊との対話に出てくる『博士の愛した数式』についてだがこの作品の数学的な知識は藤原○○という数学者に学んだと語っているが、この藤原○○氏は前読んだ『流れる星は生きている』の著者藤原ていの息子で小説の中でずーっとでてくる人だ。藤原ていも切迫した自分の過去について書いている。

 
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『風と炎と』今世界の風は
2009/01/12(Mon)
堺屋太一著 『風と炎と』 今世界の風は を読む。

 ひさしぶりに堺屋太一を読む。
 内容が重厚なだけに部分によっては、読み返し読み返し読む。

 この本は産経新聞に連載したものが1992年4月に発行されている。1992年を今と置いて読むべき書である。
 1991年の三つの出来事が、歴史的に記憶されるとしたスタンスが一点。
 20世紀を総括してもいいのではないかというスタンスが一点。

 まず、歴史的に記憶される1991年の出来事として、ソビエト連邦の共産党と連邦の瓦解。それに湾岸戦争。そして、日本でのバブルの経済の破綻をあげている。

 レーニンは民族文化にも宗教や歴史にもとらわれず、万国共通の科学的社会主義による国家を建設するという理想の元に社会主義革命を起こした。
 「ソビエト社会主義共和国連邦」という国名に民族の名前も地域の名前も入れず、社会主義の思想の拡大と共に次々と全世界の国々がソビエト連邦の構成者共和国として参加してくることを理想としていた。70年間のながきにわたりこの実験はおこなわれ、多くの犠牲者と貧困を残して瓦解した。
 ひとつの体制が倒れる理由として、堺屋太一は治安維持力の喪失と、体制を支える文化への不信をあげている。そして経済的な理由で、倒れた体制は世界中にないと述べている。堺屋太一のこの主張は彼の著作のどの作品でも一貫している。そして、このソビエト連邦が倒れたのは、治安維持力の喪失ではなく、体制を支える文化への不信であると述べる。
 ソビエト連邦瓦解跡、共産党と社会主義の墓場となったロシアを訪ねて、体制を支えていた文化の実態、そしてそれへの不信のもたらした行き場のない空虚を取材している。
 2009年の今日この部分に触れると、いまの日本の自民党への国民の思いもこのようなものではなかろうかと自民党の終焉を予想してしまいそうである。

 また、ベルリンにも赴き、「ベルリンの壁」の崩壊について、東ドイツはソ連軍に占領されたために、二十世紀に起きた三つの大戦争(第一次世界大戦と第二次世界大戦と冷戦)にすべて敗戦したと述べる。
 この、「ベルリンの壁」が崩壊したとき西ドイツが東ドイツを吸収したのかと思っていたが、じつは、東ドイツを形成していた四つの州をひとつずつ吸収したというのには驚いた。この、西ドイツの考え方が、ECの統合へと繋がるというのだ。ヨーロッパでは、国境が薄れ国家の主権はECに「上納」されるばかりでなく、地域文化に「分収」されてもいるというのだ。
 この状況についても、いまの国境で分断されているもともとあったそれぞれの地域文化について、丁寧な解説とECの統合によって生じる国家の概念の変質についても語られている。
 ここでは、日本が戦前考えていた大東亜共栄圏について再び考えさせられる。

 20世紀の総括ということではもろもろのことを取り上げている。気になるのは人口爆発についてである。二十世紀のはじめには16億5000万だったが、今世紀の終わりには62億にも達するという(実際にはどうであったのか?)豊かな国では少子化の不安があるが、全体ではそんなことは問題ではないといった気がする。アメリカでの白人の少子化が進み黒人の人口爆発が共存している様子に接すると今年オバマ氏が大統領に選ばれたのも当然のことと思われる。

 世界の中の日本について、世界資源について、またいま生き残っている自由経済民主主義についての問題点などさまざまな事柄に触れていて何度読んでも考えさせられる。
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『樋口一葉』
2009/01/04(Sun)
関礼子著 『樋口一葉』 を読む。

 うっとり。

 今では忘れてしまったが『たけくらべ』や『十三夜』などの冒頭を覚えていた頃、作品をとおして、その美しい文体にうっとりしていたが、今この書を読み終えて、またまたうっとり。

 当時、紫清(紫式部・清少納言)以来の女流作家という人もいたというが、ほんとうにうっとりする。

 24歳の若さで亡くなったことが本当に悔やまれる。
 
 「樋口一葉のことは樋口一葉に聞け」ということを念頭において書いたと著者は言う。樋口一葉の日記が多く紹介されている。また、樋口一葉宛の手紙も多く紹介されている。それをわかりやすく訳して、さらに状況の解説も丁寧。
 樋口一葉の評論を少しばかり読んだこともあるが、こんなに美しい解説書は初めて。
 樋口一葉を丁寧に語ることによって、樋口一葉が生きた明治の東京の様子が、また、文壇の様子がよくわかるという手法。
 
 ※ 171ページの本郷菊坂の一葉旧居跡の写真は、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の関連写真集にあった写真と同じもののような気がする。正岡子規や秋山真之が寄宿していた松山の藩邸のあった場所の写真として掲載されていた?。もしかして同じ頃住んでいた時があったかもしれない。
 
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『教科書の文学を読みなおす』
2009/01/03(Sat)
島内景二著 『教科書の文学を読みなおす』を読む。

第一章 人間はいつも恋をしてきた 『それから』
     
     文学者は、みんな恋愛小説家だった
     苦しい恋から逃れる方法
     昔には帰れない
     人生が二度あれば
     赤い炎に包まれて
     結婚は幸福をもたらすか
     燃え上がる恋・余聞
    
第二章 若者は、なぜ旅にでるのか? 『坊ちゃん』
 
     人生は旅である
     坊ちゃんは、意外と知識人
     乱暴者で、親から愛されない子
     イナゴの試練
     敵対者から親友へ
     旅をしてみてわかること
     愛する人と暮らす家

第三章 悲しみは、時空をこえる 『舞姫』

     文学は変わらない
     人間の心も変わらない
     国境を越えて引き裂かれる母と子
     母親からの手紙
     別れの予感に泣く母子
     エリスは、夕顔の再来
     豊太郎は、浦島太郎?
     
第四章 人生は、「仮の宿り」である 『草枕』

     人生は自分のためにある?
     自分ひとりのためにある草庵
     『方丈記』を英訳した大学生の孤独
     行く川の流れは絶えずして
     『草枕』という名作
     波を漂う那美
     「憐れ」という感情の発見
     憐れと、pity
   
第五章 自分の幸福は、他人の不幸? 『山椒大夫』
   
     くるくる変わる幸福と不幸
     鬼が島は、なぜあるのか
     イジメ問題の根っこ
     どうして全員が幸福になれないのか
     『山椒大夫』の親子
     形見の品にパワーがある理由
     人間が神仏の心に近づく時
     イジメの連鎖を断ち切る
     愛情のバトン・リレー
     人間の幸福とは何か

 著者の島内景二氏は、教科書で出会った文学作品を読み返し、時代やジャンルをこえて、テーマごとに読むことの楽しさについて述べようとしている。
 この書は、子ども向けのものではないが、かれは、読者のターゲットを完全に子どもに当てている。
 私も子どもの気持ちになって読んで、ほんとにたくさんのことを教えられた。
 本を読み終えて、このブログを書き込む前にNHKの「知るを楽しむ」という番組で瀬戸内寂聴さんが『源氏物語』を解説している番組を見た。途中から見たのが悔しかったが、家族で見たので夫や息子の意見も聞けてよかった。意外と我が家の男性たちが、登場人物の心のひだに触れているのにびっくりした。恋物語の中の女性像としてこれほど教養が要求された物語もないのではないかという点に最近気づいたわたしを奇異の目でみる家族にちょっとびっくり。
 
 自分を考えるにあたって、読んでいて、はっとした部分では第四章のなかの『草枕』の引用部分
 
 ≪色々に考えた末、仕舞に漸くこれだと気が付いた。多くある情緒のうちで、憐れという字のあるのを忘れていた。憐れは神の知らぬ情で、しかも神に尤も近き人間の情である。御那美さんの表情のうちにはこの憐れの念が少しも現れておらぬ。
 那美という女性は、「悟りと迷いが一軒の家に喧嘩をしながらも同居している」ような、「心に統一のない」女性である。だから、彼女を絵に描けない。もしも、彼女に「憐れ」という感情が湧けば、迷いが失せ、彼女の心の中の家は安定するだろう。≫

人間は、みんなこんなものだろうと思っていたが、「彼女を絵に描けない」と似たようなことを若い頃何人かの男性にいわれたことがある。夫に聞いてみると、「何年一所に暮らしていてもそうだ」という。この書では、漱石がそういった女性に救いの手をしっかり差し伸べている部分についてしっかり述べている。
 「はい」しっかり読んで人生を救われたいと思います。
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『福沢諭吉』
2009/01/02(Fri)
 子どもむけの伝記 浜野卓也著『福沢諭吉』を読む。

 この背表紙を見たとき、とっさに手に取り借りた。福沢諭吉は「天は人の上に人を作らず、人の下にも人を作らず」という言葉で知られているが、その言葉の出展が実は秋田県の和田本にあったというような情報にふれたので、そのことについて、触れられているのではないかとの興味があったためだ。
 残念ながら、この本ではそのことには触れられていない。

 子供向けの伝記というものは、読後感にすがすがしさが残る。
 そのことを差し引いてもやはり福沢諭吉という人にはみながお札にしてありがたがるだけの徳のある人なんだと改めて認識した。
 また、あの時期のそうそうたる歴史的人物が次から次へと出てくる中に榎本武揚のはなしがある。彼のことについても五稜郭に立てこもって最後まで幕府軍として戦ったひとというだけしか知らなかった。その後、婦人同士が親戚だったことから福沢諭吉などの助命嘆願で一命を得て、幕臣として以外にも新しい政府のなかで働いたという。その、榎本武揚について、いろいろと知ったことが楽しかった。幕臣がその滅び行く幕府への忠誠と国を思う国家への忠誠のはざまの中で苦悶する姿がここにもこういう形であったということだ。
 

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