『司馬遼太郎短編全集』1
2009/07/30(Thu)
司馬遼太郎・著 『司馬遼太郎短編全集』1 1950~57 を読む。

 2  「「国宝」学者死す」

この短編集2作目は、1作目の「わが生涯は夜光貝の光と共に」同様、昭和25年、司馬遼太郎が27歳、大阪新聞記者をしていて、筆者名が福田定一のときの作品だ。
 この時期の、彼の愛すべき人間像ともいうべきものを描いているような気がする。
 
 武平という人は大の魚好き。そして豆腐があればいいという人。
臆病者で運動神経が鈍い。
M大学で魚の研究をしているが、学歴が無いためまったく出世できず食うや食わずの生活であるが、一生懸命研究をしてその研究内容たるや「国宝」級であった。
終戦になって、ますます食うや食わずのため研究もままならない。
戦時中の見つけた白波堆を調査して、県の新漁場を開拓しようと計画をたて実施するが船が難破して助けられる前日死んでしまうという話。
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『司馬遼太郎短編全集』1
2009/07/27(Mon)
 司馬遼太郎・著 『司馬遼太郎短編全集』1 1950~57 を読む。

1  「わが生涯は夜光貝の光と共に」

螺鈿の職人の蒼洋という人の話。
画家で月撨の弟子であった蒼洋は、寺町の四条を下ったところの古道具屋で見た漆の経箱のふたの美しさに目を留める。
古道具屋の主人に「それは、光琳作の螺鈿というものだ。今じゃそんなものをやれる人はいなくなったが、と教えられ、私はどうという理屈なしに一生の方向をはっきりと決めたのです。」と、師匠のもとをさり螺鈿の研究に没頭する。
 大正天皇即位のさい、彼は見出されて古式に則った「高御蔵」の制作にあたった。できばえの秀麗さのため昭和天皇のときにも用いられた。

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『最後の将軍』
2009/07/26(Sun)
司馬遼太郎・著 『最後の将軍』 を読む。

最後の将軍慶喜は、御三家のひとつである水戸家に14男として生まれる。
水戸家は藩の尾張・紀州より石高も少なく中納言。
しかし、参勤交代の義務が無く、江戸藩邸に常住する特権が与えられていた。
そのことが江戸市民をして副将軍と言わしめた。 
 
父親は豪胆で名の通った斎昭、母親は将軍家慶の正室の妹である有栖川宮家の王女美貌と聡明で定評のある登美宮吉子。

11歳のとき御三卿のひとつ一橋家に養子に入る。

司馬遼太郎はこの頃の慶喜の気性を

 ≪慶喜はいわば百才を持って生まれたが、唯一つ、男として欠落している資質があった。それは、物事に野望を感じられぬということであった。慶喜自身、世子や将軍になりたいと思ったことが一瞬も無い。≫

また彼の思いを

 ≪慶喜は、思った。朝野の憂国者たちは、慶喜を世子に立て、将軍名代という資格の元に日本の総指揮者たらしめようとしている。が、慶喜自身は望まない。早熟なこの男は、この点で人の老成期のような韜晦逃避の心がある。≫

慶応2年7月20日、将軍家茂が死んだが、次期将軍が決まっていないためその死は極秘にされていた。次期将軍を決めるにあたって、幕臣は彼を説き伏せるのに困難を極めた。
やっと、

 ≪「将軍職は継がぬが、徳川宗家は継ぐ。」・・・徳川宗家は私的な存在である。例え徳川幕府が滅びようとも、家系は別であり、先祖の祭祀をするために継がねばならぬ。これは私的な事項に属する。将軍職は公的なものである。切りはなして考えたい、というひどく分析性に富んだ論理を駆使していた。≫

徳川宗家が、宗家の跡目だけを継ぐということが、朝廷への事務手続きに過去なかったことなので、幕臣も当惑したが、慶喜はまるで百年も役人家業を務めていたかのようにものに慣れた調子でそのやり方を教えた、という。

慶喜はこの年の12月5日、十五代将軍になった。
征夷大将軍、正二位、現大納言兼右近衛大将源氏の氏の氏の長者、両院の別当。
家茂が死んでから150余日、この将軍空位期に幕府の運命は尽きようとしていた。
この20数日あと、佐幕派の孝明帝が病死した。

慶応3年10月15日大政奉還の意思が朝廷から許容された。
12月9日王政復古の大号令が渙発される。
慶応3年12月12日からの都落ち
明治元年2月12日、江戸城を出て上野寛永寺大慈で謹慎。
4月11日、勝海舟をして江戸城を明け渡しめ、官軍が入場する朝、謹慎地の水戸へむかうべく江戸をたつ。
明治2年9月謹慎を解かれ、その前後徳川の新封地静岡に移る。
時に33歳。
その後、趣味の世界に生きる。
大弓、鉄砲猟、放鷹、宝生流の謡曲・写真・油絵(とくに絵は好きで、画材まで自分で作ったりした)新聞を読んだり、維新の頃の本を読んだり、刺繍をしたりした。
明治35年、徳川宗家家達とは別に一家を立てるべく内勅があり、華族に列せられ、公爵を授けられる。

 ≪明治43年、無政府主義者幸徳秋水がその同士11人とともに天皇暗殺を謀議した疑いで逮捕されたとき、慶喜は天皇とその制度もいずれは自分や徳川家とおなじうんめいになるものとおもい、子女を呼び、
「これからの世に生きるには、女といえども手に職をつけたほうがいい」
と、訓戒した。慶喜が自分の子女を訓戒したのは、あとにもさきにもこのときがただ一度きりであった。≫

 大正2年11月21日午前4時10分息を引き取る。


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『きょうから日記を書いてみよう』1
2009/07/23(Thu)
 向後千春・著 『きょうから日記を書いてみよう』 を読む。

20日・海の日 区民図書館から本をお返しくださいと催促の電話があった。
「すみません。ところで今日は図書館、開いているんですか?」
とさっそく大雨警報が出てドシャ降りの中を図書館へ、なんと駐車場がいっぱい、やっと奥のほうを見つけて駐車し、図書館へ駆け込むと、すごい人、こんなに図書館に人がおおいのは初めて、でも、さすがと図書館だけあって静か。
 この人たちは、北海道の山で遭難がなければみんな雨をおして山に登っていますよみたいな人かもしれない。
 仕方なく、人があまりいない子どものコーナーに行ってみる。
 『きょうから日記を書いてみよう』 という本が3巻ある。
 最近志村さんのブログで自分の過去の日記を読んでの記事が続いていたことから、日本人では、子どものときから日記をかくことを義務付けた家庭があったのではないかと思い始め、日記についていろいろ思いをめぐらしていたときだったので、3巻のうち1巻を借りてきた。
 子供向けのことばづかいで、おおきく、二色刷りで、わかりやすく書いてある。

 日本の古典から、『土佐日記』・『かげろう日記』・『和泉式部日記』・『紫式部日記』・『更級日記』、そして、世界一有名な少女『アンネの日記』について、説明されている。それぞれに「おまけのはなし」もついていてたのしい。
 
『紫式部日記』に、

 ≪私はこの先どうなるのだろうと心ぼそくなるばかりだ≫

 この文章が一番私にでも書けそうかなと思うと、ちょっと紫式部気取りではあるが情けないきもする。
 そして初めて知ったことは、、気持ちを天候や、自然の現象から書いていくところが日記の日付の次に天気を入れる習慣になったというということ。外国ではほとんどないということだ。
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『愛・軽井沢』
2009/07/22(Wed)
清水一行著 『愛・軽井沢。』 を読む。

 久しぶりに一挙に読み進む本に出会った。

 3連休が幸いした。

 何箇所か「えっ!」と思う漢字・言葉に出会う。印刷ミスか私の知らない表現なのかわからない。

 気ままな独身男性が、世界の華とうたわれる日没の美しいスペインのアルハンブラにただ夕日を見るために行くというというところから話は始まる。読み終えてみると純粋で真面目な恋愛小説であった。

 32歳の男と20歳の女性、青春の男女間のもろもろが終わろうという年齢の男性と、今からそのもろもろが始まろうという20歳の女性の、恋愛感情の折り合いをどうつけていくのかということについて考えさせられる。
 純粋な恋愛。純粋な愛というと宗教にいう愛と比較する文学が私たちの青年期にはよくあったと思うがそれの現代版というか、回教とキリスト教が二人の間の愛についての基調になる。
 回教が、持ち出すのは、戒律の自己犠牲と、戒律の報酬というテーマである。この概念について考えたことが無かっただけに、そうか、人間には自己犠牲を何らかの形で強いられると必ず報酬を求める心が芽生えるということか。

 ≪だが、現代の日本人、たとえば秋川には、信ずべきコーランも無ければ、行動を縛り上げる戒律も無い。ただあるのは、自由社会という名のぬるま湯的な状況であり、その中にどっぷり首まで浸かりきった、現実の姿でしかなかった。≫

 また、キリスト教が持ち出す愛を信じるということ。
 それによって、ふたりの愛には

 ≪結里に対してだけは、どんな局面でも遼子のときのような感情にはならない自己規制の歯止めが、まったく苦痛ではないということだった。≫

 というような形の愛がなりたつ。

 よって、久しぶりに出会う純愛小説。


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『異境』(6)
2009/07/21(Tue)
  三浦朱門著 『異境』の続きを読む。

  「引退」
 やはり、シンガポールで長年仕事をしてきた人の話である。

 シンガポール建国の翌年から勤務しその国家の成長に大きく関与する仕事をしてきた。
 東京勤務に戻って、 まさに引退になる頃、大学に勤務する息子が、シンガポールの教授と交換教授として一年と少しをシンガポールで過ごすことになる。
 息子の嫁と長男が一緒に行くということで、その生活をサポートするために嫁が一緒に来てくれという。早めに退職していくことにするが、会社のほうで出張扱いにしてくれる。
 長年支店長として、シンガポールの人たちとはレベルの違う生活をしていたが、この度は、一般庶民として過ごすことで別の見方が出来ている。

この『異境』最後の作品。
この『異郷』の中には6つの作品が収められてあり、ほとんど似たような話である。
しかし、読み進むに連れて異郷で仕事をしながら暮らすということの感じが少しずつ伝わってくる。
働ける年代が、すっぽり外国での生活ということになると、日本でに日常の変化に共感しないまま老後を送ることになる。
そこで、暮らした国で老後を送るか日本で老後を送るかということまで考えてしまうようにもなる。
家族の問題、性の問題、文化の問題、いろいろな問題が、リアルに迫ってくるようだ。

 三浦朱門のあとがきに、シンガポールなど東南アジアに戦中いろいろな思いをしていることがつづられている。迷惑をかけたこの国々の人に対する思いと、そこで命を失った友人たちへの思いである。

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『異境』(5)
2009/07/20(Mon)
 三浦朱門著 『異境』の続きを読む。

 「異境」

 丈夫はシンガポールで20数年仕事をしていたが、帰国し本社の参事役という新しく出来た役職になる。
 上の役がつかえているためできた役職である。

 実質東南アジアの国々の全体を横糸式に見る仕事である。
 仕事のいきさつ上、上司の言いつけで、上司と一緒に、現地確認のためにもう一度、現地にいるとき関係を持った部下の奥さんに案内をしてもらうことになる。

 これら『異境』の作品群は仕事の内容の記述が多い。その間隙を縫って、必ず道ならぬ女性との関係が出てくる。
 そのことが、あまりにもリアルに同感できる。


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『異境』(4)
2009/07/19(Sun)
 三浦朱門著 『異境』の続きを読む。

 「我が家」

 文也はシンガポールで20年、製薬会社の社員として働いた。

 いろんな国がそれぞれに近代化していく時代、20年の間には、任地国の国力も変わってくる。
 消費者に商品を啓蒙する時代から、その国内の同じレベルに達した製薬会社と競争する時代まで。
 任地国が、輸入に関して、あるいは国内での生産のための外資をどこまで法規制で許していくのかなど、発展状態によって、さまざまな課題がある。

 振り返って彼は思う。

 ≪ビルの壁面に一字あたり、十坪ほどあるかと思われる大きな文字で鑽石大厦というビルの名を書いてある。そのことを言うと、今では背広の上衣で太鼓腹を包んでいるユーは、
「わしは、昔と同じで字が読めないからな、あれだけ大きく書かないと、どれがわしのビルかわからんのだよ」と、いかにも大事業家らしく、腹をゆすって笑う。文也は彼を見ていると、自分のシンガポールにおける20年が、果たして何であったかはよくわからないながら、ユーという、一人の成金を作ったことだけはたしかだ、と思うのだった。≫

 そして、現地に体がなじめず、日本で家族を守って留守をしている妻に言う。

 ≪「病みほうけて帰るは我が家か」≫
と。

異国で、その国の経済発展とともに歩んだ20年。
帰国後、そこを離れて送る老後が、生まれた国とはいえ違う空間であることの虚しさが伝わってくる。

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『異境』(3)
2009/07/18(Sat)
 三浦朱門著 『異境』の続きを読む。

  「カンナ」

 北ボルネオ島で勤務していた周司が東京に帰る日のことから話が始まる。
 そして、東京に帰ることに不平を唱える現地の愛人とのいきさつ。
 帰国した東京での会議で、周司はうまくいっていない現地事業の報告をしなくてはならず、そのためおそらく日本に戻されるであろうとの暗い気持ちを抱えている。
 ところが、現地に連れて来ていた妻の良子が、(召使に囲まれた生活の中で欲望に歯止めのきかなくなりそうな様子に危険を感じて息子の学齢に達することを理由に日本に返していた)周司の上司との間に関係が出来ていたので現地事業の不調にもかかわらず現地に帰してくれる。
めでたしめでたしの話。

 これらの話は、ひところ前の自分にとっては本当に「異郷の人たちの話」と聞き流すところであるが、最近身近な人の中に夫が異郷で何年も仕事をしているというはなしをよく聞くので、そういった人たちの人生にもこのように、現地に溶け込んで仕事をすることのいろんな思いを考えないではいられない気がする。
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『異境』(2)
2009/07/15(Wed)
 三浦朱門著 『異境』 の続きを読む。

 「午後の死」

 戸田はふと、何年か先の自分にも、上野のように自殺するときがくるのではないかという気がした。子どもと妻のために自分は日本を捨てた。それなのに、子どもが母親、というより英語文化にしか親近感を見出さなくなれば、戸田は孤独になる。

 空港で知り合った男に
「しかし、明日、私のことが新聞に出るはずです。半分、英語、半分マラヤ語の新聞ですが。その記事を切り抜いて、女房に送ってやってほしいのです。」と頼まれるが、その午後 そのその男が自殺を図る。

 異境で知り合い結婚したことで、愛し合っていても、お互いが心から安らげないのではないのかと、自分から身を引こうとする男達の話。
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『異境』
2009/07/14(Tue)
 三浦朱門著 『異境』 を読む。

 「ジャングルの微笑」
 
 仏教遺跡で有名なアンコールワットの旅行会社で、日本人観光客相手の案内役をしている河合菊子は、アメリカの大学に留学している大学教師を夫に持ちながら、やはり日本人観光客相手の案内役をしている別の旅行会社に勤務してい吉野良一と同棲している。
 カンボジヤの情勢が不穏になり、プノンペンに引き上げるというときになって同棲相手の彼は旅行会社を辞職しテレビ会社に通訳兼運転手として残ると言い出す。
 一人日本に帰った菊子は、郵便ポストからアメリカの夫に新しく女性ができたので離婚してほしいという手紙を見出す。男にはもうコリゴリと、アンコールワット遺跡のジャングルの中にある石仏のようなむなしい微笑を浮かべるという話。

 異境にいたことが無いので異境でのむなしさというものの実感は無いがこんなものかしらと思った。

 
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『安政5年の大脱走』(2)
2009/07/12(Sun)
五十嵐貴久著 『安政5年の大脱走』 の続きを読む。

 第二章「桜庭敬吾の岳」以降

 安政5年、36歳になった井伊直弼は、彦根藩主となりさらに幕府の大老となり大変な権勢を誇っている。
 その直弼が、江戸城から藩邸に帰る途中美蝶にそっくりの美しい娘を見かける。
早速その女性の身元を調べさせる。
直弼がかって若い日に見初めた美蝶の娘で南津和野藩の美雪という姫様であり、嫁していないことを知り南津和野藩に側室として迎えたいと申し出る。

 しかし、聞き入れられなかったため家臣と謀り、南津和野藩藩士51人と彼女に幕府に対して裏切りを働こうとしているという罪で脱出不可能な絖神岳山頂に幽閉してしまう。
 そこから、南津和野藩藩士51人と彼女の大脱走が始まる。
 伏線として、美雪がそれまでにも結婚を断り続けた思いの中に家臣の桜庭敬吾を慕っていたということが最後のほうにわかるというくだり、才気あふれる女性でありながらこのつつしみの中にさらなる南津和野藩の品格が伺えるところもにくい。 

 歴史小説と思いきや実在の人物を駆使したフィクションもの。
 時代小説的な感じでひきこまれて読んだ。
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『安政5年の大脱走』(1)
2009/07/10(Fri)
 五十嵐貴久著 『安政5年の大脱走』 を読む。

 第一章 「井伊直弼の恋」

 井伊直弼20歳 彦根藩の14男の鉄之介は養子の口も無く、200石扶ち、父親も亡くなり藩主である長兄に気に入られていない鉄之介は不遇の身の上である。
 その、鉄之介が藩邸にいるとき、京都一色家よりの客人である美しい美蝶に恋心を抱きその気持ちを家老の木俣清左衛門に伝えてもらう。
 木俣清左衛門からは身分の違いを心得るようひどく叱られ恋は破れる。
 
 ここでは後、幕府で強大な権力を持つ政治家、井伊直弼の不遇時代の悲哀を語る。

 藩主の息子とはいえ、長男と14男の違い。身分制度の中での恋の悲哀である。
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『この日、この空、この私』
2009/07/09(Thu)
 城山三郎著 『この日、この空、この私』 を読む。

城山三郎の作品は大変爽やかで、いっぺんに作中人物のファンになってしまう。
 何冊か読んでいくうち、実在する人物の中にこれほど素敵なヒーローをどうやって見つけ出すのだろうと感心してしまう。
 そしてこんな人たちのいる世の中、自分もがんばろうとなんだか元気が出てくる。

 そんな想いが作家にまで及んで城山三郎もそんな人ではなかろうかと勝手に想像してしまう。

 さてと、この書、『この日、この空、この私』に出てくる城山三郎はどうであろうか。
 
 彼は、ここでは私たちと同じ、ああでもないこうでもない、といろいろ思いををめぐらし自分について、そしてまわりの人について内省している。
 自分の心の中を逍遥している。
 それだけにいい格好も無ければ素のままといった感じで、まじめそのもの。
 
 そのため、この書は、エッセイといっても日記のようなものになっている。

 たとえばこんな記述である。

 ≪書類の山を整理していたら、還暦のとき書いたメモが出てきた。還暦を過ぎてどう生きるのか心得というか、思いつきを書きなぐったもので、・・・
 ㈠ 年齢に逆らわず、無理をしない
 ㈡ いやなことはせず、楽しいことをする
 ㈢ 眠いときには寝、醒めたら起きる(昼夜を問わず)好きなものだけ食べる。但し午後8時まで
 ㈣ 義理、面子、思惑をすてる。つまり、省事で通す
 ㈤ 友人をつくり、敵をふやさない
さて、それから十年以上経ってどういうことになったのか。・・・・・・・≫


 私も整理をしていて古いメモを見出すことがある。
 一番多いいのが、本の読書記録である。
 その記録の中には、わからない言葉について辞書を引いて書き写したりしているものもある。ああこの言葉はこの本の中で知ったのだったとか懐かしい。

 そんな、読書記録をブログにと思い立って2年になろうとしている。
 当然メモの書き方はかなり違う。
 とりあえず、こうして散逸していないことが改めてありがたい。
 ブログに書くようになって、読書の方法も少し変わった。なぜか、5・6巻ものの長編をを読まなくなった。一人の作家を読み続けるということをほとんどしなくなった。初版本を読まなくなった。

 こいうふうに、このエッセイを読んでいると、すぐにわが身に置き換えてわが身の内省が始まってくる。

 つらい人生をなんとか自分を奮い立たせて、全うさせようと思っているだけに又違った意味での元気をもらうことができる。

 
 ※ なかに、遠藤周作のことがうらやましい人として語られている。
 ずっと若いころ曽野綾子や北杜夫などとまとめて読んでいたころがあったが、今読むとぜんぜん違った感想を持つのではないかとも思える。
 そして、城山三郎の著書の中にも読んでない本が沢山あることもわかり、これらの本もゆっくり読んでみたいと思う。

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『奇妙な味の物語』(8)
2009/07/08(Wed)
『奇妙な味の物語』(8)

五木寛之著 『奇妙な味の物語』 続きを読む。

「老車の墓場」
 
 世の中は車が多すぎて、廃車にするのに相当の費用がかかるという設定で話がすすむ。
学生時代から十数年間乗っている車を買い替えたいのだが、廃車にするのに購入するのと同じくらいのお金がかかるので購入できないでいる。
 持ち主の、その悩みを感じている車が自分で東京湾に向かって自殺をするという話。
 これも映画『ラブパック』の続きのような感じのする話。

「幸運な青年達」

 サラリーマンでは到底外車など変えない。
 そこで、青年は、ハイウエイを行く外車のパトロールカーのドライバーにあこがれる。
 青年の夢がかない、ハイウエイを行く外車のパトロールカーの警官になる。
 あるひ、「あいつら、親の金で何百万円もするアメ車なんか乗りまわしやがって。」と振り切って逃げる車とぶつかり合い、両車とも空中にはじけとび炎に包まれて大破するという話。

 「優しい女」

 両親の夜の現場を一度見ただけという堅気な女性と新婚旅行に行ったときのはなし。
 女性は男のシンボルについて父親の趣味によって、間違ったイメージを持っていたため、男性のそれがひどく貧弱と同情をかうが、気にしないことにしようと思ってくれる女性の話。

 
これで、この書は終わりだけれど、日常生活の中で「ある様子」を見て、ふと起こりもしないようなことを想像してしまって冗談にして言うようなことを真剣そうに物語っているところが、誰にもかけそうで、筆の力というものを感じる。

 著者の想像と創造に脱帽といったところ。
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『奇妙な味の物語』(7)
2009/07/07(Tue)

五木寛之著 『奇妙な味の物語』 続きを読む。

「ああ、お母さんー」
 
 コンピューター主義者である彼は、現在の東都大学で、もっと若い哲学的思想的な文明批評家の主任教授であった。  
 コンピューターの指示に従った生活をするが、あるときコンピューターの指示が母親の支持であったことを知るという話。

「片頬で笑う男」

 日本男児はめったにしゃべらないし笑わない。日に三言「メシ・ネル・ヤル」そして一年に一回片頬にかすかな笑みを浮かべる。
 ソ連旅行に招待され、日本男児として立派な立ち居振る舞いをして諸外国の人たちに尊敬されるが、バスの中で尿意をもよおした。その経験から、国威にこだわるのはよそうと考える話。

 
 
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『奇妙な味の物語』(6)
2009/07/06(Mon)
 五木寛之著 『奇妙な味の物語』 続きを読む。

「白いワニの帝国」
 
 6歳の男の子が登場する話。
この坊やは夜になると永六輔のTBSラジオのパック・イン・ミュージックという番組を聴く。
その放送の中で「白いワニの帝国」話が出てくる。
ペットを飼うことに飽きたニューヨークの子ども達がデパートで売っている南米産のわにの卵を買い自動制御装置付の保温器で卵をかえすという遊びが流行する。そのかえった卵をトイレの水洗に流しのち下水道でこのワニたちが日にも当たらず白いまま巨大化して増殖して白いワニの帝国が出来上がったということであった。
 これを聞いた6歳の坊やがニューヨーク一の深夜放送で一番人気のあるディスク・ジョッキーにこの帝国を撲滅させる意見を書いた手紙を送るという話。

「少年の大志」

 少年は精神病院に入院している。そこの患者に外科医の先生がいる。その先生は、いつもよれよれの白衣を着ているが、よなよな他の患者に医学を教えている。体の構造についての講義がいよいよ終了し、看護師の体にメスを入れて治療をする。
 少年も、病院にいても社会復帰したときのためにがんばろうと決意するという話。
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『奇妙な味の物語』(5)
2009/07/05(Sun)
五木寛之著 『奇妙な味の物語』 続きを読む。

「カーセックスの怪」

 路上に車が増えて渋滞になり動かない。
 車で行くより自転車のほうが早くなる。
 何とかしなくてはと車の製造を止めるよう規制をかけるが一向に減らない。
 どうしてだろうと思っていたら車が生殖行動をして増えていることがわかったという話。
 

「おさびしい王様」
 
 会社経営の合理化を声高に言うテレビ局の代表取締役社長。
 あらゆる部門を合理化し委託請負制にしてしまう。
 役員までも合理化して社長一人の会社になる。
 合理化に成功して企業合理化の功績をたたえるメダルを授与されたがそれを喜び合う社員が一人もいなくて58階の社長室から飛び降り自殺をするという話。
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『奇妙な味の物語』(4)
2009/07/04(Sat)
五木寛之著 『奇妙な味の物語』 つづきを読む。

1988年出版。


 「サムライ・ホテル」

 怪しげな宿屋に女と泊まったときの話。
 そこの主人が接待にわが身を削って客に奉仕するという話だが奇妙を通り越して気味が悪い。

 「無理心中恨返本」
 
 流行作家の本を出版するためにその作家を訪ねた零細出版社の編集者は、最初一万五千冊くらい出版しようと思っていたが作家に押し切られ五万部出版する。
零細出版社の編集者は、その流行作家に赤坂の料亭でご馳走して酒も飲ませ土産も持たせる。
いいかげんよっぱらったころ、四万九千五百冊の在庫を高く積み上げた倉庫に案内して崩れ落ちてきた在庫の本で押し倒されて自分もろとも死んでしまうという話。
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『奇妙な味の物語』(3)
2009/07/03(Fri)
 五木寛之著 『奇妙な味の物語』 続きを読む。

1988年出版。

  「スーパー・チルドレン」


 12歳の男の子慎一を皮切りに、下は5歳の女の子留美の5人の子ども達が、慎一のお姉さんが子どもをおろすためのお金を、女優とニュース・ショーの知性派キャスターとのスクープ写真を撮り大手出版社の写真雑誌編集部に売りつけて稼ぐという話。
 子どもの自由な時間をお金になることに使うと結構こんなこともできるという発想か。

 「赤い桜の森」
 
 カメラマンが、セスナ機の上空から見た真っ赤な花の群落に興味を持ちその山奥の村にカメラを携えて出かける。
 戦時中特殊な実験場をつくるのに200人の朝鮮人労務者が連れてこられたが、敗戦になって計画が中止になり下士官と兵は彼らを皆殺しにして穴に生めその上に桜を植えたそれが24年たった今赤い桜の花を咲かせるのだということがわかった。村人はその時の下士官と兵隊たちが村に残っていた人たちで、真相を知ったカメラマンもそこで殺されるという話。
 
 私の実家の近くの山奥にあるという、朝鮮人労務者が強制的に連れてこられてできたというダムの話を思い出した。
 逃亡を企てた朝鮮人労務者がおおく人柱にされたと聞いている。
 そこにはいまどんな色の花が咲いているだろうか。
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『奇妙な味の物語』(2)
2009/07/02(Thu)
五木寛之著 『奇妙な味の物語』 つづきを読む。

1988年出版。


 「ストレインジ・フルーツ」

 こよなく愛する心臓病の男と同居している女性が猫を飼っているが、その男猫が大嫌い。
 特につめを研ぐ音が大嫌いでそのつめを研ぐための箱を捨ててしまう。女性の留守中、入浴後バスタオルで体をくるんだとき発作に襲われ男は死に、バスタオルにくるまれた死体で猫が得意満面つめを研いでいるところに女性が帰宅するという話。
 ペットによる痛ましい事故を描きたかったわけではなかろう。

 「ホエン・ユー・アー・スマイリング」

 新入りの少年を好きになれないレストランの主任。ふとしたことから、以前自分が少年の父親に教えを乞うた時に左手の手のひらを熱くやけた鉄板に押し付けられたことを思い出し、少年の手を煮えたぎった油の中に入れるという話。
 気味の悪い話。 
 
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『奇妙な味の物語』 (1)
2009/07/01(Wed)
五木寛之著 『奇妙な味の物語』 を読む。

1988年出版。

 17の短編集からなる。 
 これまで読んだことのある著書のイメージとはちょっと違う。

 五木寛之のものは随筆やエッセイしか読んだことがなく小説・物語といったようなものは読んだことがないからかもしれない。

 「ファースト・ラン」
 9歳の男の子と8歳の女の子が、他人のボルシェの鍵を盗んで、兄に眠り薬を飲ませて、夜中に家を抜け出し、初めてのドライブをするという話。
 びっくりするような話ではあるが、考えてみれば、どうしてこれくらいのいたずらをする子がいないのだろうと思える話。

 「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー」
 
 車のセールスマンに新しい車を勧められ、買い換えることにした矢先、理由もなく対向車線に飛び出して、巨大なトレーラーに激突。
 車を愛しすぎ、車に愛されすぎた美しい夫人の話。
 まるで、映画「ラブパック」の続編を読んでいるような話。
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