『松陰逸話』
2010/11/22(Mon)
香川政一著 『松陰逸話』 を読む。

先日、我が家の本棚を整理していて「ここにあったんだ!」とよけておいた本。
この本は、昭和10年初版、昭和32年発行第7版。84ページしかないうすっぺらいB4半分の大きさの本。
古くて、古さゆえの匂いもバッチリ、白かっただろう用紙も茶色く変色しインキの色も薄くなって所によっては読みにくい。
 以前読んだはずなのにほとんど覚えていない。
 松陰の潔癖さと現在で言うところの社会教育的要素の学習方法のみが印象として脳裏にあるような気がする。
 このたび再読して、松陰が手紙に書いた印象的な部分を抜粋してみる

 ≪満州を收めて魯に逼り、朝鮮を來して清を窺ひ、南州を取りて印度を襲はん、≫
 ≪和親して二虜(露、米)を制し間に乗じて国を富まし兵を強くし、蝦夷を墾して、満州を奪ひ、朝鮮を來して、南地を併せ、然る後に米を拉ぎ、歐を折く、事成らざるなし≫

この書を読んでいると、読みがわからないことが多く、また校正間違いなのか、むかしはこのような用法があったのか、わからないながら勝手に類推して読むことあり、正確に読めていないのではないかと不安にかられることがおおかった。

そんな中、長州人が彼の考え方を後のちどのように節度を持って国政に反映させたかに思いをはせた。

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「対機説法(たいきせっぽう)」について
2010/11/11(Thu)
「対機説法」を『広辞苑』でひくと1537Pに次のように記されている。

対機 ①説法者の相手、すなわち教えを聞く人②禅家で、師が学人の問いに対すること。【待機説法】相手の機類の利・鈍に相応して理解の行くように法を説くこと。」
  
いま、わたしは浄土教・あるいは浄土真宗にとりくんでいる。
 
 そのとりくみかたは、浄土教・浄土真宗の概念とか、歴史とか、他宗教との比較とか、その文化・美術にふれたいとおもってのことではない。
 わたしにとっての、浄土教・或いは浄土真宗ということについてである。
 法然や親鸞の教えが、ひろくながく脈々と日本人の心をとらえてきたことをおもうと、わたしははずいぶんとおそい出発であった。
 
 どうしてこんなにおそい出発になったのだろうか。

 わたくしに原因があったとすれば、これだけ自分をとりまく天然世界が、浄土真宗のいう「本願」・キリスト教のいう「御摂理」それ以外の何物でもないのにきがつかない、鈍な人間であったし、鈍でいられたからであったともおもう。
 そして、「浄土門・或いは浄土真宗に原因があったとすれば」、ということについての思いである。

 わたしと浄土教・浄土真宗とのであい 

 わたしのおそい出発は、このたび渡辺郁夫著『こころの回廊』にであったことにはじまる。
 そこでわたしが出会ったものが、浄土教・浄土真宗のいう「本願」であった。
 渡辺郁夫氏は中学校・高校の国語の教師でもある。
 成長期の6年間にある子どもに、ひとつのことを教えるのにおなじ説明のやり方で伝わるであろうか。そこでは子どもたちの心身の成長に見合った教え方が要求されるはずである。
 渡辺郁夫氏は、表現を変えられる。一つのことを伝えるのにさまざまに表現を変えられる。
 変化の激しい昭和・平成の人々にあうように、また科学万能と思える時代の人にあうように表現を変えられる。
 そして平和な時代が60年をこえてつづいた日本の人々の心にあうように表現を変えられる。
 これが、仏教にいう「対機説法」に合致する。
 どれかの言葉が、どれかの文脈が、あるいはそれによって紡ぎだされた世界がわたしに「本願」を指し示してくれたのだとおもう。
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