『妖怪』
2012/07/30(Mon)
 平岩弓枝著 『妖怪』を読む。

 久しぶりの歴史小説。
 ちょっとした大作だけど二日でどうにか読み終えた。
妖怪とは、鳥居甲斐頭忠耀(タダテル)のことで、耀蔵(ヨウゾウ)ともいったその耀(ヨウ)と甲斐(カイ)をとって妖怪といわれ、町奉行として、ときの庶民に嫌われたことを意味している。
 この書は、妖怪と言われて嫌われたその鳥居忠耀(タダテル)の物語である。
 嫌われた人が歴史小説の主人公になるのは珍しいが、じつは江戸時代の末期、飢饉や地震・洪水などの天災が続き、庶民の生活は苦しく、また先の将軍の浪費によって幕府の台所は火の車、それに異国の船は日本近海を右往左往している、幕府の権力は地に落ちつつある。そんな中で、老中水野忠邦に見出され改革の志を聞かされ町奉行など幕府の官僚となり、幕臣旗本として、幕府のために命を捧げて働いた彼の姿を、やはり旗本の子孫を自認する代々木八幡の一人娘の平岩弓枝(大正7年生まれ)がえがいたものである。
 読んでいて、これは今の時代を書いているのではないかと思えるほど、政治課題が似ている。こんな課題があるとき、この国を良くしようと、頑張るが、あらゆることがあちらを立てればこちらが立たずで、そのことを楯に、失脚を狙う政敵にボロボロにされてしまう。その様子も今の時代と変わらない。
 本の構成が序破急といった形になっているので、読みづらかったが、映像に携わることの多かった著者だからかなとの思いがした。
 また、読んでいてこの文章の主語が読み返してもわからないところが2箇所あり、自分も文章を書いていて、この分だと、誰がこのことをしたのかわからないから書き直そうと思ってもどう書くと明確伝わるのかわからないことがよくあり、これだけの作家でもこんなことがあるのかと思った。

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『ブラッドベリ、自作を語る』2
2012/07/26(Thu)
ブラッドベリ サム・ウェラー著 小川高義訳 『ブラッドベリ、自作を語る』を読む。
やっと読み終えた。
このところ、私は体のどこで本を読んでいるのだろう。今までとは違った部分で本を読んでいるような気がする。
本はいろいろな世界に自分を連れて行ってくれる。知らなかったことを教えてくれる興味を掻き立てるものであった。
しかしいま、自分の永遠のテーマへの示唆をいろいろな形で提示してくれているような気がする。
ねっ!これ、って。
このブラッドベリの『ブラッドベリ、自作を語る』も、彼自身、なぜ本が読みたかったのか。どうして書かずにはおれないのかの彼の表現はわかりやすい。わかり易い中に深い蘊蓄がある。
作品が教科書になるのがよくわかる。
久しぶりに辞書を片手に辞書を読むように読み込んだ。
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『ブラッドベリ、自作を語る』
2012/07/16(Mon)
ブラッドベリ サム・ウェラー著 小川高義訳 『ブラッドベリ、自作を語る』を読む。
 図書館の新刊案内のコーナーで借りた、『サンカとともに大地に生きる』がとてもよい本だったので、このたびもこのコーナーから借りてくる。
 じつはブラッドベリがどんな人なのかはじめて目にする人の名であった。
 表紙カバーの折り返しに
 ≪「華氏451度」「火星年代記」「たんぽぽのお酒」などの傑作を生み出し、SFを文学の領域にまで高めた巨匠ブラッドベリ。政治家のゴルバチョフから映画監督のヒッチコック、ミュージシャンのデビッド・ボーイまで、愛読者は幅広く、現代の文化・社会に与えた影響は計り知れない。・・・・・≫というふれこみで、「華氏451度」というのは聞いたことがあるような気もするが、知らないのは私だけかもしれない。
 なにしろ400ページの本だから、へーそんな風に考えているの「すごい!」というところを少々抜粋しておく。
 ≪ウェラー では、死後の世界を信じますか?
  ブラッドベリ 魂っていうのはメタファーとしては言えることだ。生きている人間は、細胞の原形質に生命エ ネルギィーが組み込まれてるから、生きて働くんだろう。でも、子宮内の受精した卵子は、ごく小さな原形質の 塊でしかない。まだ何にもない。ところがどこかで目を一つ作れってことになって、もう一つ作ることにもなっ て、耳ができて、身体になって、生きてる赤ん坊が羊水の中にいて、へその緒から栄養をもらっている。ただの 精子と卵子だったものが、いきなり子供として現れてるんだ、大変な奇跡じゃないか。細胞にそんなことをさせ るエネルギィーが、細胞のどこにあるんだろう。まったくミステリィーだよ。わからないんだ。わからないこと を聞いても仕方ないから、未来のことでも考えよう。
  ウェラー 「奇跡」というと、神の力のようなものを考えるかもしれませんが。
  ブラッドベリィー もちろん、もちろん、ただ、そういう言い方をすると、人間に似たような神様を考えてし まう。そうなると違うな。そういう神は居ない。宇宙が力なんだ。宇宙があって、その中に僕らがいて、全体と してのエネルギィーの構造ができている。なぜ、どうして、なんて言ってはいけない。ただ存在するのみ。≫

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感謝が身にしみた日
2012/07/15(Sun)
 今日は児童館祭りだった。
 昨日の予定だったが、大雨洪水警報のために今日に延期になった。
 職場の一番大きなイベントが終わったことで、しんどかったけれどもほっと一息ついた。
夕方5時過ぎ、帰る途中、安佐動物園のすぐ下の団地の公民館に、2升炊の電気炊飯器を2釜返しに行く。動物園までは、1、7キロくらいだがその間、動物園から帰る車がびっしり数珠つなぎ。幸い反対路線だったのでこちらはすきすき。
 炊飯器を返して後、借りに行ったときとは、別の近道を通って家路に向かった。借りに行ったときは大雨での山崩れが怖くて、ずいぶんな遠回りをしたのだった。山道を抜けたところの団地に、我が家の貸しガレージがある。いま貸しガレージと打ち込んで我ながら苦笑い。そんな立派なものではない。以前10年住んでいた50坪の宅地の家を壊したので近所の人に1台分月3千円で、6台置いてもらっている。ふとそこによってみる気になった。日曜日のせいか3台が駐車してあったが、駐車場の周りに、もちろん入り口や中にも草が生えていた。少し長く育ったものが抜かれて日枯れて茶色くなったのもあった。さっそく腕抜きと手袋を取り出して草引きを始めた。長雨の後だけにかなり簡単に抜けていく。
 茅で手を深く切ったりしたが、こんなに草が生えていても、愚痴ひとついわずお金を振り込んでくださっている方々の優しさに涙が出てきた。固定資産税だけが元手だなどと気軽に考えていた自分が恥ずかしかった。
 一抱えになるとみんなが植木の選定したのや雑草の抜いたのを捨てている山の端に持っていく。何度かそんなことをしていたら、2台分借りてくださっているすぐ上のHさんが声をかけてくださった。ここに住んでいたときHさんとはときどき立ち話をしたり、家に呼ばれたりしたことがあった。癌を患われてから、すっかり様子が変わられた。つらい思いもされたのだ。そして、長年看護婦をしておられたこともあって、人を医学的に観察することには長けておられる。また、神戸の中村順子先生とやらの寺子屋に、年に何度か行っておられる。子供たちの非行やいじめのことで勉強したことを話してくださるのがとても興味深い。話がやっと終わって、草引きに専念していたら、また声をかけてくださって、夫が畑から収穫してきたといって、たくさんのきゅうりと、あしたば、トマトを持ってきてくださった。その気持ちに感激する。粗末にはできない。帰って、明日葉についてインターネットで検索して洗って葉っぱだけにして水にかして、きゅうりは1本残して、浅漬けと酢の物にして、トマトは夕食にひとつ食べてあとは洗って冷やしている。
 そんな、児童館祭りを終えた後が修行のような長い夕暮れの日だった。

    ねむの花 梅雨の晴れ間の 道しるべ

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第7回 ダンスパーティーが終わった
2012/07/11(Wed)
 8日の日曜日、私たちのクラブ主催の年に一度のダンスパーティーが開かれた。
 今年は仕事が休めなくて、パーティーには参加できなかったが、土曜日の前夜祭とそれに続く懇親会、早朝からの準備、終わってからの後片付けには参加した。

 いつもパーティーの悩みは会場探しで、エリヤにホールのあるホテルがないのと、公共施設では貸付の予約が取れるのが1ヶ月前になるので、一応全国に知らせなければならないこともあって早く決定しなければならず、役員のご苦労は大変なものだった。ところが、隣の区との山間、太田川沿いに筒瀬総合福祉センターが昨年5月に開館して、どうぞどうぞと言ってくださり、全館貸切のようなことになった。まだ、ナビゲーターに載ってなくて途中からの道案内の電話もあったようだが107人の参加があった。

 昨夜の例会の反省会で今後のパーティー会場は筒瀬総合福祉センターにしようということになった。そのほか、いろいろな意見があったが私は参加していないのでわからない。定年まで職業訓練所で金属加工の教師をしていたという男性のHさんが、土産にもらったマグネットがどうして固定してこんなにかわいくきれいに包装できたのかなと思ったら裏にゼムピンが貼り付けてあってよく工夫したなと感心したといってくださった。今年初めて、プレゼント作りの手伝いを依頼されて、3・4日夢中でレース編みをして、最後いつもやってくださっていたOさんと、我が家で夜中の2時頃まで包装したのだったが、そんなことが反省会で出るなんて思いがけないことであった。

 裏方も楽しいなと思わせてくれたOさんに感謝。
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『最後の恐竜 ティラン』
2012/07/08(Sun)
 村山由佳作・広瀬弦絵 『最後の恐竜 ティラン』を読む。
 普通の書棚にあった本なのに開いてびっくり、絵本だった。
 草食ザウルスの夫婦に5匹の子どもが生まれる。
 ある日えさをとりに出かけた父親のザウルスが帰ってこない。
 何日も帰ってこないので、母親ザウルスはなにかあったのではと探しにいく。
 肉食のティラノザウルスに食べられ、残った白骨だけを見つける。
 埋葬して帰ってみると、子どもたちも全部食べられてしまっていた。
 独りぼっちになった母親ザウルスは親が死んでしまったティラノザウルスの大きな卵を見つける。
 自分の食べられてしまった子どものことを思い育てることにする。
 生まれてティランと名づけられたティラノザウルスはやさしく、生き物を食べなければ生きていけない自分を悲しむ。
 そのうち地上に異変が起こり、大火災が起こり、そして寒い寒い冬になり植物は全滅して草食動物は絶滅しそうになり、それを食べて生きている肉食動物も絶滅しそうになり、最後に残った母親のザウルスがティランに自分を食べるようにいうが食べずに絶滅してしまうという話。


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『サンカとともに大地に生きる』
2012/07/06(Fri)
 清水精一著 『サンカとともに大地に生きる』を読む。
 図書館の新刊案内のコーナーで目に留まり借りてきた。
 2012年5月初版の書籍。
 著者の清水精一氏は自序の冒頭
 ≪人間にとってやむにやまれぬ欲求の中心は常に生命の座を願求していることだと思われる。≫と述べている。
そして自序の閉めが
 ≪昭和9年9月   摂津 同朋園にて精一≫
となっている。
 1888年生まれの著者、ずいぶん前に亡くなっておられそうな方。
 奥付などを見ると、著者の清水精一氏が『大地に生きる』と題して同朋園出版部が出版したものを、谷川健一責任編集『日本民族文化資料集成・1サンカとマタギ』三一書房、1989年掲載。それを定本にして、現代仮名遣いに改め、編者もなしに、ずばり著者名だけで河出書房がこのたび出版したようだ。
 書名を変更している。そのせいか、書名のサンカという言葉が本文に出てくるのは、やっと119ページ目である。
 題名によって民俗学的な執筆かと思っていたが、私から見ると、自序の冒頭に掲げたことのみに生きようとする、実践的哲学書である。
 著者は、京都帝国大学法科大学へ進んだ後、父親の命令で実業界に入って創業会社の代表になるが、人類の共存共栄を掲げた理想的な会社を目指し他の重役から反対されて去る。臨済宗天竜寺にて3年を過ごし、その後独り山に2年こもる。そして貧民屈に入り、そのあと阿倍野のサンカの群れに身をおく。そしてこれらサンカの救済のための社会事業家となる。何かに老いて刑務所で教誨師をしていたという記録があるが、没年は分からない。
さらに35歳の時、同朋園の代表として、講演をしたことの記録が残っているそうであるが、この書の記述はそこらあたりまでのことである。
 身をおくところどころでの、彼が深く感銘を受ける話は、私にも深く伝わってくる。乞食という、違った角度から社会に接している人たちに、拾ってきた新聞を教科書に、道徳の授業をやる場面などは、師範学校の先生がたまたま見学に来ていて感銘を受けているが、私にとっても、深く考えさせられる。
 彼は、家にいるとき自殺を試みたことが何度かあるようであるが、自分の富裕な生活、学歴、事業、家族をすべて捨てて、自分の道を欲求どおりにいきた。こうした人は、世の中に多々あったであろうが、その内観の記録がここにこうして現代、刊行されたことに敬意を表する。
 
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