『生きかた上手』
2012/11/29(Thu)
 日野原重明著 『行きかたじょうず』 を読む。
 読書をしていて、多分に影響をうけるときがある。
 この本がまさにそうだった。
 図書館で借りてきた何冊かの本を平行して読んでいたが、この本一本になり、読んでいくうち、今の自分にとって本気で法律の勉強することがいいのではないかと投げ出していた勉強に再度取り組み始めたのだった。
図書館へ何冊かの読みさしの本を返そうとしたとき、唯一読み終えたこの本に出会ったことだけは記録しておこうと、再度借りた。
 あれだけ影響を受けた本なのだから、すぐに記録が書けるだろうと思っていたが、実際には何が書かれていたのかさっぱり思い出せない。
 ぱらぱらめくってみるとそうだったそうだったと思う。この本が、日野原重明氏90歳の時のものであることから、90歳に至っての生きかた、考えかたの端々に教えられるものがあったのであろう。最後あとがきに
≪私は若い頃、どうすれば気取らないで文章が書けるかと、書斎で執筆中に思いをはせたことがあった。それが歳とともに、とくに70歳を過ぎてからは、若いときに望んでいた、お蚕が糸をすいすいと口から出すのに似て、あまり気取らなくて文章が書けるようになったように思う。≫
とある。こんな具合だ。
 とりあえず、ボーっとして取りとめもない時には読みたい本だという気がする。
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憲法と仏法
2012/11/28(Wed)
 今朝、何気なくテレビを見ていたら、五木寛之が韓国を訪ねての「仏教への旅」が始まった。
 番組表では「NHKのBSアーカイブス ハイビジョン特集 五木寛之 21世紀・仏教への旅2 祖国分断の緊張が続く一方、競争が激化する・・・・」と紹介されている。
 まず訪ねたお寺は、華厳宗。座主というのか、管主というのか住職というのか、金何某とかいう方に五木寛之氏が、日本では、小学生の子どもが、「先生、どうして人を殺してはいけないのですか?」と訪ねたとき、先生はその応えに窮した。こんな問いに答えるべくマニュアルを作ってほしいというようなことがあって日本は数年を過ごしてしまったが、その問いにどのようにお答えになりますか?と訪ねたところ、他者を殺すことは自分の一部を殺すことである。自分と他者はつながっている。根は一つである。そのことがわかっていれば、他人を殺しはしない。と応えられた。
 さらに旅の途中、五木寛之が奈良東大寺からいただいてきたという経文を川原の木陰で読むくだりがある。その中に、諸仏と、衆生と、心の三者は皆差別がないとのべていて、この経文を番組中、家事をやりながら見ただけでも、4回くらい字幕入りで朗読した。
 また、身と心が一つになれれば自由を手に入れられるというくだりもある。
 韓国の現状と仏教、あるいは韓国の歴史と仏教、そんななかに息づく仏教の教えを長時間見ていると、その教えによって心が解き放たれてゆくのを感じる。自分の中にある仏心以外のものがそぎ落とされていくような気がする。

 憲法14条では法の下の平等を述べ、19条から23条まで思想および良心の自由、信教の自由、集会、結社、表現の自由、居住・移転、職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由、学問の自由などを認めている。

 このように列挙してみると、日本国憲法は私達のもっとも大事にするべく宝物であるが、それは、不断の努力によってこれを保持しなければならないとはいえ、与えられたものであって、与えられたものは取り上げられる可能性がある。しかし、仏法の教えでは平等と自由はみずからの心によって得られるものだという。

 今朝は自分の心によって得られる平等と自由を教えられた幸せなひと時だった。

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『憲法』
2012/11/22(Thu)
 (株)ダイエックス出版2011年11月改訂版 を読む。

 A3版の176ページの本だが、その前の姉妹本『一般常識』を一応読んだことにして、2冊目。
 『一般常識』というと「なんじゃ、そんなもん!」ということになるが、さまざまな法律などを学ぼうとする人にとっての、一般常識ということで、広範囲に及ぶものの中から、まあこのようなことに関心を持って知っておいてください。から、こんな文脈からは、こんなことを読み取っていくのも一般常識ですからね。といったものまである。これも、『憲法』とほぼ同じ厚さの本である。

 『憲法』これは、今年になって、少し読みかけて投げ出していたものを、再度、違う本によって読み返す作業をしている。
 当然、憲法違反を主張して起こされた裁判の事案と、判旨と結論、も記載されていて、憲法と法令との関係を詳しく証左することができる。
 憲法の基本理念や、概念については、中学校でしっかり頭に詰め込まれているので、他の方々同様、常識化している???ものの、きちんと記憶しようとすることにおいて、なんでいま、解散に踏み切ったのかの日程の組み方など、初めて国家の動向の機微が読めてくる部分もほんの少しある。
 また、法令が時代に合わないのに、法改正が間に合わず現代社会に矛盾をかかえている事例にもであうと、国会の正常運営でも間に合わないのに困ったことだといっている評論家のことばの裏づけを知ることもある。
 なかなか進まない憲法の勉強、3日坊主が4日おきぐらいにありながら、何とかここまでこぎつけ、体調も万全ですごしている。

 世の中に絶えてブログのなかりせば秋の心はのどけからまし

 など強がりを言ってつぎにすすみます。
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『源義経』
2012/11/06(Tue)
 今西祐行著 『源義経』 を読む。
 これも、講談社の火の鳥伝記文庫で子どものためにかかれたものである。
 しかし、数時間で読めた。よく見ると、編集のやり方は同じだが、『毛利元就』や『徳川家康』より、活字がずいぶん大きい。
 それまでの絵本を、読み本にしたという感じで、伝説童話風であるが真意のほどがわからないところや、なにしろ日本国民のヒーローであるのでだんだん誇張されていった部分であるという説明もしっかりしてある。
 私には奥州の藤原氏というのが、よくわからなかったが、この本を読むことで、藤原氏が栄えていたという、4代のうち、義経をかくまったりして関係を持った最後の2代、秀衡、泰衡をすこし知ことができた。
 もともと、徳川家康がもっとも尊敬したという源頼朝を見ておきたいという気持ちから、手っ取り早い職場で本を探し、間違えて義経の本を借りて帰ってしまったのだが、この物語なりに頼朝がなぜ、義経が京で勝手に官位をもらったという事情もさることながら、頼朝の片腕になりたいと願いつつも、藤原秀衡の京都進出に利用されていることに気づかない義経を殺し、藤原氏を滅ぼさなければならなかったがわかる。
 以前、頼朝を読んだときには、律令制が、封建制に変わっていく時流にしらずしらず視点をおいていたので、このことにあまり注視していなかったことにもきづく。
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『徳川家康』
2012/11/05(Mon)
 松本清張著 『徳川家康』 を読む。
 この、講談社の火の鳥伝記文庫は子どものためにかかれたものである。
 325ページの新書本で、山岡荘八の『徳川家康』の約26分の1である。
 読み終わる頃、疲れて本を閉じ目を閉じて、思いにふけっていると、これら元就や家康を読み返して楽しんでいることに昔物語を何度も聞かせてくれとせがむ子どものような自分を発見する。
 歴史への興味がわいたのが、小学生のとき、織田信長と豊臣秀吉と徳川家康の伝記を立て続けに読んだ頃ではないかと記憶する。そこへ立ち戻った。
 しかし、いま語り手の松本清張にも大変興味がある。松本清張が、子ども向け?という気持ちもあったが、読んでみると、やはり松本清張独自の主張が感じられておもしろい。
 家康の生活の中で重んじたことに、「足るを知る」をあげ、家臣にも忍耐と質素を勧めている。趣味としては、鷹狩と学問をあげ、鷹狩では、体を鍛えることと、野に出て庶民の生活をよく知り、治世に役立て、学問では、尊敬している中国の統治者や、源頼朝、武田信玄の伝記、仏教に関する書物を多く刊行している。
 幕府をつくるにあたっては、行政にしっかりした組織力がなければ、一代限りで世が乱れるということを中心にすえている。
 晩年、溜め込んだたくさんのお金を秀忠に譲るとき、この金は天下のものと考えて、決して私事に使ってはならない。太平の時にはつまらぬ出費を控えて、蓄えること。そしていざ戦のときと、火事の時、飢饉や洪水のときの入用に使うことなどを説明したという。
 夏目漱石が、京都に講演に行くときであったかに、稲を見て、はじめてそれがご飯の元であることを知ったということを読んで驚いたことがあったが、北条氏政にも似たような話があるという。北条氏政が城を出て田舎道をいくと麦の刈り入れ最中だった。おなかがすいていた氏政は、あの麦で麦飯のおにぎりを作ってまいれといったのを、武田信玄が脱穀しなければ麦は炊けないと説明したという。
 家康は、信玄など立派な領主がそうしたように、鷹狩をして庶民の生活をいつもよく知っていたということである。(実は北条早雲は戦国大名のはしりで、庶民に小学校の先生が児童を手に取るように教えるように生活習慣を教え導いたと司馬遼太郎で読んだことがある)
 また、家康の出版した本には、唐の太宗貞観の「貞観政要」(1600年)、中国の兵書「六韜三略」(1599年)、源頼朝の「東鏡」・中国の儒学の経典「周易」(1605年)、 中国の兵書「七書」(1606年)、「東鏡綱要」(1612年)、中国文に翻訳された仏教の書籍を系統的に集めたもの「大蔵一覧」(銅活字9万を使って刷った)などがある。

 
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