『二十世紀最終汽笛』
2013/12/20(Fri)
 浅井慎平著 2001年発行の『二十世紀最終汽笛』 を読みました。
 みどりさんからいただいた本です。
 読みながら、
  これほどに虫はパセリを食いつくし
  パセリだけ食って生きてる虫もあり
  白皿に残ったパセリのあざやかに
  真夜中に目覚めて読んだ黒い本
の句を作りました。

 著者の浅井慎平。本の最後の著者略歴を読むまでテレビで見た顔しか知りませんでした。
 著書は見開きに、一句の背景に写真という構成の句集です。
 句は難しすぎて私には理解できないものがほとんどでした。
 それで感じとるだけにしました。すると感じ取れない世界が浅井慎平なのだとわかってきたのです。まるで、我が家のパセリをすべて食べつくした夏の虫のように、多くの人が食べ残すパセリだけをたべて成長したあの虫のように。
このように書いてみると、あの夏の虫が私だったと気づきました。すみません。
でも、これならわかるというのもありました。
 画布に青塗りこめて夏過ぎる
 積乱雲故郷などなく粗々し
 侘助と見知らぬ人を名づけたり
 本閉じて花降る午後となりにけり
 再会の友よマルキシズム忘れ花
 始まりも終わりもなけれ冬銀河
 本の最後の句は 新世紀皇帝ペンギン直立す です。
 偶然昨日、職場で「南極ってなあに?」というイベントをやりました。息子さんが海上自衛官だという地域の方がおられて、48回と49回の南極観測船しらせで南極に行ったことを話してくださり、若い頃、アムンゼンや白瀬の本を読んでいたのが甦り意気投合してそのときの記録映像のDVDを子どもにも見せようということになり実施しました。
皇帝ペンギンの映像になると子どもたちは大喜びでした。
 著者は21世紀を迎えるさまを皇帝ペンギンのすがたになぞらえたのでしょうか。
旧世紀末、いろんなところで、「来るべき21世紀には・・・・・・」という偉い人の話を聞きました。それから13年、思っても見なかった東北の震災、原発の破綻、いかに原子核が人間の手に負えないものかということを思い知らされました。くわえて、新自由主義の手ごわさも身にしみてきました。
 皇帝ペンギンは今何を考えているでしょうか。
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『自決 こころの法廷』
2013/12/19(Thu)
みどりさんからいただいた澤地久枝著 2001年発行の『自決 こころの法廷』 を読みました。
 著者の澤地久枝は1930年の9月生まれで、終戦を迎えたときは14歳。満州の吉林市に住み学徒動員で陸軍三等看護婦見習い中でした。その4日後の八月十九日に会寧に駐屯の工兵連隊の准尉である母親の弟一家四人が自決したことを引き上げた後で知りました。
 著書は、同じように終戦後やはり八月十九日であろう日に、一家4人で自決した親泊朝省という軍人のあることを知り、自分の叔父一家への思いと重なり、親泊朝省を中心にこの自決とか玉砕のあった時代背景にこだわってできるかぎりの調査をしました。その記録といえる書物でした。
 親泊朝省は沖縄出身で明治36年生まれ。早くから軍人を志し、熊本陸軍幼年学校からはじまって陸士専門学校まですすんで軍人になった人でした。軍人としての最初の戦闘は中尉で昭和6年の関東軍による満州事変の直後で、語り草になるほどの武勲をたてました。7年には「満州国」の誕生です。9年に大尉になり、11年陸大馬術教官の任命を受け東京に帰り、12年9月から参謀本部副官として勤務、14年3月騎兵少佐になり同年5月には陸大専科入校15年2月に卒業騎兵学校の教官、8月参謀として中国南方の戦場に出向き、真珠湾攻撃があった直後に12月26日に香港で英国を退けます。17年1月スマトラ攻撃作戦の下達を受け4月スマトラ全島が攻略されます。9月のニューギニア作戦への準備中、急遽戦局変更によってガダルカナル島奮回作戦に投入されます。
帰国して軍の情報局に勤務、終戦まで国民に戦時の心得などについていろいろな雑誌などへ記事を書いた人でした。執筆された数々の記録は、「とにかく草木を食んででも皇国日本が勝つまでがんばりましょう」の文脈です。 親泊朝省は食料や武器の補給もままならないガダルカナルなど南方戦地現場では、やせ衰えての餓死、あるいは病死、空爆での戦死者の多くの死体を見ました。それでも現地では、祖国での悲惨なようすの流言に米兵を少しでも倒そうと死を決して戦っていました。ところが帰国したが内地ではのようすはそれほどのこともなく、戦地現場での兵隊たちの苦労への認識があまりにもたりないとの思いありました。空襲さなかの出版物にも、そのことを念頭において、国民への忍従を訴えています。
 昭和20年までの昭和史のなかで、外交交渉によっていくどか日本が武力行使中止のチャンスはあったはずです。しかし、いつもそうはしませんでした。その結果が兵隊や国民へのこの要求です。私はこの本を読みながら、安部政権の特別秘密保護法成立をテレビニュースなどで見ました。おなじくそれらを受けて、志村建世氏のブログで「いまや戦後ではなく戦前です」の記述を読み、戦前の陸軍部が東電ならその他の電力会社は海軍とでもいえるでしょうか、それらに引きずられて、国民や科学者の原発への危惧を無視して、震災による事故の収束計画は順調にいるなどといいながら、増税を強いるのは当たり前のような顔をして国家事業を拡大している姿が重なりました。
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