『星をつけた子どもたち』ナチ支配下のユダヤの子どもたち
2014/02/21(Fri)
 デボラ・ドワーク著・芝健介監修 『星をつけた子どもたち』ナチ支配下のユダヤの子どもたちを 読んでいます。
 みどりさんに頂いた本のなかではずっしりと重い本です。
 ナチ支配下のヨーロッパに暮らしたユダヤの子どもたちの体験を扱ったものです。1939年にヨーロッパに在住していたユダヤの子どもの11%しか、大戦を生き延びえませんでした。そんななか子どもたちの記録を見つけ出すことがどんなに大変なことか。死を免れることができた数少ないこどもの多くは自分がユダヤであることを心の中から抹殺することによって生き延びることができたのです。
この本は内容が重いので、いろんな本を読む合間にぽつりぽつり読んでいこうと決めていました。
 こころのなかにいつも東北震災の被害者、そしてこの子供たちのことを考えている昨今でしたが、今朝、パソコンを開いてショッキングな記事に出会いました。

 ≪世界的ベストセラー「アンネの日記」の著者、アンネ・フランク(1929~45)の関連図書のページが東京都内の公立図書館で次々と破られ、少なくとも練馬、新宿、杉並の3区で計193冊の被害が確認された。さらに増える可能性もあり、図書館側は器物損壊に当たるとして警視庁に被害届を出すなど警戒している。≫

 という記事です。
 読者が読んで図書館職員に訴え出てわかったようです。

 先日我が家にも図書館から電話がかかってきたそうです。
 「指定講座から領収しました」の葉書が本に差し込んであったとの連絡だったそうです。夫は謝ったうえで、うちの奥さんは、読みさしに手当たりしだいそこらの用紙ををはさめる癖があるので、一万円札が挟めてあったら我が家のですからよろしくお願いします。といっておいたと冗談を言っていました。この1年数ヶ月、みどりさんに本を頂き、仕事関連以外では図書館を利用していませんので、挟めた時期はずいぶん経過しています。東京でのこの出来事の犯行がいつのことか分からないだけに犯人を見つけるのは難しいかもしれません。
 冗談を言っている場合ではありません
 ほんとうに世の中どうなっているのでしょう。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(2) | TB(0) | ▲ top
『出会いに学び、老いに成長する』
2014/02/20(Thu)
 日野原重明著 『出会いに学び、老いに成長する』 (1996年発行)を読みました。
 この図書もみどりさんに頂きました。
 最後の記事に書き終わった年齢、84歳と記されています。

 この年齢になって、米国作家ロバート・フルガムという人の『人生で必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』という本の一説を最初にあげられているのに接して、あらためて、自分の仕事の大切さについて考えさせられました。
 次の日、ちょっと仕事に力が入って大きな中学2年生の男子をみっちり2分間くらい説教してしまいました。そのあとその子はめげずに卓球の相手をしてほしいというので、戸外がうす暗くなり小学生を帰してから、20分くらい相手をしました。「どうして児童館の先生は卓球が上手なの?」というので、「うん、誰かに教わったことはないけど、相手が打ち返しやすいように真ん中の線に返そうと努力したことが良かったんじゃない」というと、彼がセンターラインに打ち返しだし、センターラインに返ったときのホームがかっこいいと褒めると、私にぼろ負けしていたのに、いきなり最後11本勝負して!といいだし、ぴしゃりと私を負かしてしまいました。
 日野原氏のお話に出会うと、このようにすぐ日々の生活に影響を受け、その体験を通してなにがしか学ぶことがあります。

 また、記事の多くが、ホスピスでなくなられた患者さんの亡くなる直前の手紙や、看取られた家族からのお手紙などで、一つ一つの記事が重く、死期に出会うことの少ない現代の私たちにとってはとても大切なメッセージに思えました。
延命だけのための治療は受けたくない、死のその瞬間まで意識があり、痛みはなく静かに死を受容でき、世話になったかたがたにせめて感謝の気持ちを伝えて死を迎えたいと願う人々の希望をかなえられる医療のあり方を、求めてやまない日野原氏の情熱が随所から伝わってきます。

 感動を頂きながら読みすすむうちに、日野原氏の父上が萩の出身であり、広島女学院の院長だったことに触れておられたので、そのことを夫に話すと、「萩出身の日野原家といえば毛利の重臣で、祖は広島で・・・」と検索してくれ、日野原城跡が安芸高田市にありました。私の住んでいる可部も毛利家臣となった熊谷氏の居城があった高松山があります。萩に夫婦で遊んだときに、以前教会があったという地にキリスト教禁制の折、信者であることをかくさず、一族全員殺されたという熊谷氏の巨大な碑が建てられてあるのを見て、「可部から来ましたよ」と挨拶をさせていただいたことが思い出されました。毛利の家風の一場面に多くのキリスト教信者を輩出させる部分があったのかな、などと思いながらの読書でした。

この記事のURL | 未分類 | コメント(2) | TB(0) | ▲ top
『緑なす山河』上・下
2014/02/11(Tue)
 吉開那津子著 『緑なす山河』上・下 を読みました。
 この本もみどりさんからいただきました。
 この本は大作で、とても平明な文章で、終戦直後から昭和50年ころまでの千葉県の貧しい農家が舞台になっています。
 この物語の主人公である三男の君兵が終戦後に復員してきたところから物語が始まります。上の兄二人はまだ復員しておらず、生死もわかりません。復員して帰ったとき、父母と弟が家を守っていてくれて、自分の復員を喜んでくれますが、しばらくすると、弟はそれまで跡取りとして大事にしてくれていた父母が、兄の復員によって次第に自分に邪険になっていくことに気づいていきます。それに気づいた君兵も厳しい農作業に耐えながら兄たちの復員を心待ちにしていたにもかかわらず、復員によっていつ自分も同じ目にあうかもしれない不安を感じるようになります。かなり豊かな農家に嫁いでいる姉の家では長男が戦死しているので、姉と次男が夫婦になるのが 当時では一般的でしたが、もともと二男は勉強をして身を立てるよう考えていたので、百姓はやりたくないと、兄嫁のおなかに子どもを宿したまま家出をしてしまいます。このあたりを読んでいくと、日本全国終戦後の農家の問題は同じだったのではないかと昭和24年に、農村に生まれた私は子供時代の周囲を思い起こしていました。
 次に君兵の家は小作人でしたが、農地解放の問題が起こってきます。この農地解放が推し進められていく自作農、小作農、地主それぞれにおこる動揺がリアルに描かれています。GHQの強制力があればこその開放であったことを改めて感じます。それまで農地解放によって、百姓はすべて自作農となり、貧富の差がなくなったこと、あるいは耕作へのモチベーションがあがって戦後の食糧難が改善されたといった表現にしか出会っていなかったので、多くの兵隊が子沢山の農家の出身であり、口減らしに軍隊に志願さえする農村の実態を見て、GHQが農村の軍国主義をなくするために農地解放をすすめたといううわさが広まっていた実態には驚きました。
 以後、やっと食べていけるようになった農家が、教育費への出費、家庭の電化、農作業の機械化への出費に翻弄される姿が描かれていきます。
 私の読書体験の中でこれほどひたすら農家の生活をとうとうと書いた作品があったかと思います。あったとすれば、小屋の中で一人で準備をしてお産をするシーンが印象的で、高校生の夏休みに読んだことしか覚えていない、パール・バックの『大地』くらいしか思い当たらないように思えます。昨日、職場研修で一緒になった友人が、千葉の貧農といえば三里塚の話は出てこなかったのかと問いに、「あっ!」と驚きました。いよいよ物語の最後、三里塚の飛行場建設の話が持ち上がり、君兵の長男が、それに反対する集会へ出かけるようになり共産党に入ったことを知った君兵は、学校での成績もよいことを誇りにも思っていた長男に腹を立て、悩み苦しみあきらめていく姿を描いていることを思い出しました。息子は父親に向かって「・・・・、そうだろう、皆、百姓なんて阿保がやることだ、と思ってる。百姓なんて虫螻(ムシケラ)みたいなもんだと思ってる。そうじゃなきゃ、百姓が承知も何もしてねえのに、その土地とりあげて飛行場造ろうなんて考えねえだろう」「・・・だけっと俺、百姓が食うものつくらなかったら、どんなにこまるかってことを都会の奴等に分からしてやりてえんだ・・・」と訴えかけます。そのすぐあと、君兵は元の地主の家に年始の挨拶に行ってそのまま意識を失って入院。退院しても体の自由を失ってしまい物語りは終わります。この作品の余韻をどう受け止めていくべきか。著者の意図が何なのか。今日一日、実家の兄夫婦が来たり、夫の義理の妹が着たりしてわいわいにぎやかで興奮した頭で考えています。


この記事のURL | 未分類 | コメント(4) | TB(0) | ▲ top
『読んでみませんか 教育基本法』
2014/02/05(Wed)
 みどりさんにいただいた本です。
 大原穣子・小森陽一著 『読んでみませんか 教育基本法』 を読みました。
 この本のテーマは、教育基本法への理解を深め、それが正しく運用されているかを見抜く力を持つことが必要だということです。
 じつは、東京都知事選さなかの読書で、この記録を書くことに躊躇しました。
本の中で、自民党政権、森政権・小泉政権の時代から、文部省あるいは文部科学省の省令による学習指導要領が微妙な文言の言い回しによって教育基本法からぶれていきつつあることをのべているからです。この問題も勿論大きな問題ですが、いまの日本においての緊急課題と私が考える脱原発を主張し、しかも当選後これがやってのけられる候補者は小泉の後押しする細川しかいないと考えるからです。でも書かずにいると、ほかの本が読めないのと忘れてしまいそうなので、書き記すことにしました。いつものことですが、読み終わったあと、その本のことを長く考えているといろんな考えが頭をもたげます。もちろん、その本によっておしえられたことが基本になっています。
 今、思っていることは、この憲法や教育基本法のできた時代のことです。長い戦争によって国土は荒廃し、人心は敗戦によって目的もなく憔悴しきった時代でした。この状況の中で、世界に誇るこの平和憲法とこの理想を具現するための教育基本法ができた時代のことです。
 夏目漱石が、長野の教育委員会に招かれて講演した「文芸と教育」の中で語った、「時代は振り子のようなものです。ロマン主義と自然主義、どちらか片方に大きくふれれば次はもう片方に大きくふれるのです。」といったような内容の言葉だったと思いますが、この振り子の振れがふりもどされたときがこの憲法や教育基本法の制定だったと。異常なほどの皇国へのエモーショナルな教育勅語にたいして、国民一人ひとりの個性を尊重する教育基本法ができていった状況をよく表していると思います。
 漱石は、明治の維新によっての、極端な欧化主義を嘆いていました。また、一国一城の主といわれるほど日本国内でさらに鎖国体制のような感じで各藩は藩経営を押し進めていくなかで、その地方ごとの風土を生かした産業や生活によって花開いていた日本の文化が、富国強兵の名の下にその色合いをうしなっていくことを淋しく思っていたかもしれません。
 時代のおおきな変遷をみるときは、一つの考えの振り子があまりにもおおきく振れすぎたときかもしれない。
 科学万能主義が国策の中心にすえられるようになったとき、科学によって国が崩壊するのは当然の成り行きかもしれない。

 教育に携わっている人で、この教育基本法を読んだことのない人はいないと思います。しかし、ここまで、ことばを耕しながら読んだ人は少ないと思います。「教育は」の主語が「教育行政は」という言葉に置き換えられて、国家による押し付け教育が推し進められています。校長が教育者ではなく行政マンに置き換えられています。教育現場は非正規雇用の採用が大幅に増えています。教育現場にいる人は年々の人事異動を見ればその傾向が顕著であることに気づいています。教師が本当に教えることは、反体制的なことは言わなくても、この教育基本法を正しく教えることではないかと思える一冊でした。
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン |