『おときときつねと栗の花』
2017/07/31(Mon)
 松谷みよ子著『おときときつねと栗の花』を読みました。
 直前の大島廣志著『民話』を読むなかで、いままで読んだり、聞いたりしたことのある柳田國男・小泉一雄・平川祐弘・牧野陽子・藤原万巳など学者の中に『現代民話考・学校』の著者として取り上げられていた作家、松谷みよ子の『おときときつねと栗の花』です。
 大島廣志著『民話』の中で考察されていた「語り口」の文体が、とても心地よく、自然に民話のなかにしたりながらあっという間に読み終えました。毎日の猛暑に疲れ果て集中力もなく、読書も勉強もできない時の読み物としては渡りに船といったありがたい読書です。
  ≪よくきつねに化かされたっていうでしょ。あたしもじつは化かされたことがあるんですよ。いえ、ちょっとちがうのかもしれないけど、なんていったらいいんでしょう。あれは神かくしていうのかしら、あのときのことは、いまだにわかんないんです。でもね、そんな話、人(しと)にいたってわらわれるだけでしょ。だれも信じちゃくれませんよ。ですからいままでだまってたのよ。しょうがないから話してみますけど、わらいっこなしですよ。 
  あたしは東京神田の練塀町ってとこで生まれたんです。…≫と話のヒーローのおときが話すのです。本人から、初めて話すという話を聞くのですから、これはもう二人の世界です。
 「おときときつねと栗の花」とそのほかテーマのちがう八つのお話があるのですが、どのお話も、おときという子守りが語ってくれます。
 子守りは。子どもを背中にくくりつけられて、その赤ん坊の上の子のお守りもしたり、さらに台所しごと、百姓仕事をも手伝ったり、お使いもしたりと、ずいぶん忙しい思いをするときもあります。
 他の仕事がなく、子守りだけのときは、子どもが家の中でむずかるとうるさがられるので、近くの山や鎮守の森など子どもを背負って歩きまわります。異郷の地でのそんなときの出来事や、村人との出会い、おなじ子守りのお友達との語り合いなどから、すこしづつ地域になじんでいきます。そんな中での摩訶不思議な出来事がそれぞれつづられてます。
 あるひ、幼い子守りのみいちゃんが、赤ん坊を負ぶって、三歳の女の子を連れ、遠く自分の生れた村がほんの少し見える川っぷちの崖の上に行っていて、三歳の子どもが催したため、お尻を拭いてやる柔らかい葉っぱを探している間に女の子がいなくなり、神隠しに遭ったのか、川に落ちたのか村人が探し回るという事故がありました。数日後伊勢湾に打ち上げられて見つかり、家に返されたみいちゃんが、見つかった数日後に自殺をします。あとの、この飛騨川に、身投げをする人がかかるという瀬に一番よくかかるのが、子守りではなく若いお嫁さんだという説明にもショックをうけました。
 こんな時代のこんな民話が妙にしっくりくるおすすめのお話でした。

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『民話―伝承の現実』
2017/07/27(Thu)
 大島廣志著 『民話―伝承の現実』 を読みました。
 本書は、月初めの第203回「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加したとき、すでに持っているのに、また買ってしまったのでと、風呂先生からいただいたものです。
 ハーンの作品には、日本の「民話」からの再話もおおく、なるほど民話についての本も参考資料としては欠くことのできないもののように思えます。
 さいわい冒頭が、ハーンが再話にしている「雪おんな」伝承論 となっていて、内容については、1 書承文芸の口承化、2 ハーンの「雪おんな」、3 比較文学からの探求、4 「息を吹きかけて殺す」モチーフ、5 各地の「雪女」論、6 「雪女」譚の原像、となって、民話研究の視点からの、ハーンの雪女に言及があります。
 「雪女」はハーンの再話のなかでも、調布村の農夫から聞いたという話で、原本のない再話です。そのため、ハーンの作品の翻訳家や研究家は、ハーンの生い立ちや、彼の愛読書や、時ときの心境が伝わる書簡などからの考察がほとんどです。著者の大島廣志氏はそれをふまえつつ、日本全国に様々な形で伝えられていた「雪女」を比較検討し、考察をするなかで、このハーンの雪女の特徴を述べられています。この部分では、ずいぶんと説得力を感じました。
 このたび、みじかい作品ということもあって、英語の苦手な私ですが、ほとんどの単語を辞書で引きながら、英語圏での単語の持つ広がりや雰囲気が掴めないもどかしさを感じながらはじめて英文で読んだことも、以前よりはすこし作品の持つ息遣いから来る迫力を感じ取ることができたように思います。そのあとでこの論考と出会ったことで、著者の評論をより身近に感じ取ることができたように思います。
 ほかの研究も読み進みますが、じつは民話、昔話、説話、伝説といったものがいったいどのように仕分けられているのかわかりませんし、考えたこともなかったことに気がつきます。
 著者の大島廣志氏は1948年生まれとありますから、私と同級生かもしれないと思われます。また、國學院大学卒とあります。國學院大學というのは、神主を養成する大学でもあることを恥ずかしながら、つい最近知ったので、そこでの研究ということで興味深く読ませていただきました。
 そのような環境の大学に入学されて、1年生の時に講義を受けられていた野村純一先生に誘われて青森県下北半島「民族文学研究会の採訪」に参加されてからの民話へのかかわりということです。
 最後の「あとがき」の前に、深い影響を受けられた國學院大學名誉教授の野村淳一氏から―「民話」の旗手―という文章が寄せられてあります。
 ここでは、「民話」という言葉には、市民社会で言うところの「民話」と、学術用語で言うところの「民間説話」の略語としての「民話」があるということが述べられています。
 本書のタイトルに掲げられている「民話」は市民社会で言うところの「民話」のようです。
 ≪本書の著者大島君が時代に先駆けてこの「民話」世界に身を投じたのは大学を卒えると直ぐのときである。「民話と文学の会」を結束し、そのまま雑誌『季刊 民話』を刊行し始めるようになる。「民話」の擁しているエネルギーを庶民の根源的生命力の一つだと見とって、これを広く開放しようと試みた。・・・≫と述べられています。
 「雪女」について、ハーンの作品を何度か読み、考えて、やっとここでの論考が理解できたのですが、そのほかの物については、民話を読んでいないので理解が及びませんでした。それでも確かに、映画やテレビなどのない時代と現代とは、市民生活の中で、文化的に民話といったものの位置づけが違っていくことは確かだということを思わされました。


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ミドリリンガ
2017/07/23(Sun)
  ミドリインガという蛾を見つけました。
 7月15日土曜日、南原のキャンプ場で、夫と孫娘が川遊びをしているあいだに、娘とバーベキュウなど食事の片づけなどをしていると、ふと娘が足元を指さして、
 「これは葉っぱじゃないから気を付けて!」と言います。葉っぱしか見えないけどと思ってみていると葉っぱがうごきます。
 「まあきれいな蝶!カメラ、カメラ」と写真を撮りますがなかなかうまくいきません。網を取り出して、二人して虫かごに入れ、夫と孫娘が帰ってきたので、虫かごを見せ、放したところを、夫が自分のカメラで撮影してくれました。
 キタムラカメラで写真にしてもらってみますときれいに撮れています。
 娘も夫も蛾だと教えてくれますので、ネットで蛾の図鑑を調べるのですが見つかりません。図鑑なら何でももっている水野さんに写真を託すとすぐ翌日には見つかったと図鑑を持ってきてくださいました。
 それで、ミドリリンガという名前がわかりました。
 そこには、特徴としてわざわざ美しいと書かれています。
 そうなのです。美しいのです。
 名前がわかった以上、その名前でネットで調べていますと、このように美しい蛾は初めてという人もいました。
 もちろん蝶の中には美しい蝶はいっぱいいます。なのに、この緑一色で、その羽の間にのぞく赤茶色の羽で、そして裏側は、その赤茶色だけなのですが、なぜか美しいのです。
 そんな蛾なのです。
 このたびの野外遊びは、夫が早くから今風の野外遊び用具を買い求めたりしての準備をしてくれていたのですが、それに花を添える美しい蛾の発見となりました。


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高松山ハイキング
2017/07/22(Sat)
7月12日水曜日 雨のち晴れ 中国文化センター前期第4回目のハイキングに参加しました。
  この事業には、4月12日水曜日の日浦山(ヒノウラヤマ)・5月14日水曜日の西条町の龍王山に続いて3度目の参加です。6月14日の瀬野川の蓮花寺山は、当日の前夜準備万端整えていたのですが、朝体調に自信がなく不参加でした。 
  このたびの高松山は地元で、何度も登ったことがあり、集合場所の可部駅まで10分たらずで夫に送ってもらえるというのが、なんといっても楽なので、体調にはすこし自信を持っての参加になりました。
 ところが、朝、8時ころまでひどく雨が降っていました。3年前の広島土砂災害で大きな被害のあった山ですから、心中穏やかではありませんでしたが、出かける少し前から天候は落ち着きました。
  送っても らった可部駅から、歩いて以前可部高校のグランドがあったところの登山口まで辿りつきました。ふもとの傾斜にあった墓地が、土砂災害に巻き込まれて無残になっていたところ、このたびも、復旧工事中でしたが、準備体操をしている間に工作機械を止める準備などをしてくださり、通してくださいました。墓地が、少し小さくはなっていましたが整理されて、石造りの鳥居も立てなおしてありました。
  災害のとき、山の中腹から、崩れたあとも生々しい谷の右側をずっと登っていきましたが怖さは並大抵ではありませんでした。やっと、左に谷を渡って大文字のほうを登り神社に出て、広い境内でみんなゆっくりの休息を取りました。神社の左側を見たことがなかったので覗いて見ますとかなりな急傾斜地でびっくりしました。神社の右側の横を通り抜けて頂上はすぐです。2時か3時ころからまた雨が降るとの予報のため、なにかしら一生懸命登りましたが、頂上まで来るもう大丈夫と、体調、天候ともなんとなく安心して、楽しく食事をすることができました。いつも登っている緑深い福王寺もよく見えます。
  頂上では、1221年の承久の乱で、熊谷氏の直国が討ち死にしたため、その子直時にその勲章として三入庄を与えられてこの地にきて、ここに山城を築いたことを記した、看板もあり、以後、毛利が萩に領地変えになるまで居城であったことをしのびます。
頂上での講座は偶然にも、「雨の日の登山と対策」でした。
  東から降りる道では、以前夫と登ったとき、これは土濠だと教えられたときの土濠2本を越えて、市水道局給水所方面へ向かい、広い道路に出ました。そこの道路では、城主上り口という立派な立て札がありました。降りる南向きの道々が土砂災害で甚大な被害を受けたところです。家などきれいに取り除かれた更地には小さな青い花がたくさん咲いていました。
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『鷹の井戸』 ㈢
2017/07/18(Tue)
 ウイリアム・バトラ・イエーツ著 松村みね子訳 『鷹の井戸』 の中に収録されている作品「心のゆくところ」についてです。
 この作品も、壁に十字架がかかっている部屋での一幕だけでできています。
 登場人物は、マアチン・ブルイン父、ブリジット・ブルイン母、シヨオン・ブルインその息子、メリイ・ブルイン息子の嫁、神父ハヤト、フェヤリイの子供の6人です。
 時は遠い昔で、アイルランド、スリゴの地、キルマックオエンの領内であったこととなっています。

 息子の嫁メリイは、森の見える戸口に立って本を読んでいます。
 そのことについて、義母が、嫁が夕食の準備も手伝わないで屋根裏から出してきた古い本を読み続けていると神父に向かって愚痴をこぼしています。
 息子は、そういう母親に向かって、お母さんはやかましすぎるといい、父親は神父に、家族それぞれを弁護する発言をしています。
 息子のシヨオンがお酒を取りに行っている間、ところで、嫁メリイの読んでいる本はどのような本かと神父がメリイに聞きますと、アイルランドの王の娘の皇女イデーンが今日と同じ五月祭りの日に誰かの歌っている歌の声を聞いて、覚めているような、眠っているような気持ちで、その声を追ってフェアリイの国に行き、皇女は今でもその国でいつも踊っているという話だと述べます。
 それを聞いて、みんなはその本を捨てるようにいいます。そして、ところで家の中に幸福がくるようにとお祭りに戸口に飾る祝いの 山櫨子(サンザシ)の枝を飾るように嫁にいいますと、嫁は山櫨子を釘にかけます。ところが、かけると子供が風の中からかけてきて枝を取っていじっているといいます。
 子供が外で美しい声で歌っています。家族全員でその子をうちに入れ、暖かにしてやり温かい飲み物を与えます。緑の服を着たその子供は、父や母や神父に優しい言葉をかけ、みなに自分を気に入らせるようにします。そのうち十字架を見つけ、あれはいやだからのけてくれといいます。神父は十字架を取って奥の部屋にもって行きます。そうなると、子供の力が強まり、その子供の誘いに乗って嫁のメリイが家を出て行こうとします。
 とめようとするものがどうしても彼女に近づけなくなり、彼女は、子供についていくといい、息子のシヨオンがとめようとしてメリイが死んでいることに気がつきます。
 その子供は、メリイの読んでいる本の中に出てくるフェヤリイの子供で、むかしから、あらわれた家に甘い言葉をかけて、不幸をもたらすという悪霊だったのです。
 母親のように働き者でないと生きていけない、厳しい自然に取り囲まれたアイルランドの民話といった感じがいたします。

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『鷹の井戸』 ㈡
2017/07/11(Tue)
 ウイリアム・バトラ・イエーツ著 松村みね子訳 『鷹の井戸』 の続きです。
 ㈠で、「鷹の井戸」についよくわからないまま記録しましたが、㈡では、本の最初の「カスリイン・ニ・フウリハン」という作品について記録します。
 この「カスリイン・ニ・フウリハン」という物語は、タイトルについては読んでいく途中で登場人物の老婆であることがわかります。
 舞台は1798年のキララに近い農家の内部とあります。
 登場人物は、ピーターというギレイン家の主人と、その妻、長男と次男の息子二人、貧しい老婆、近所の人たちです。
 ギレイン家では、外から何かわからない喝采(はや)しの声が聞こえてきます。
 夫婦は、なんの喝采しだろうといぶかりながら、長男の婚礼の準備をしています。
 そしてもうすぐ、長男のお嫁さんが到着するのを待っています。
 夫婦は、自分たちが結婚したときはお互い貧しかったけれど、長男の嫁の実家から、多額の持参金を調達できたことに、満足して会話をしています。
 そんなところへ老婆が尋ねてきます。
 貧しそうな老婆に、食べ物やお金を恵もうとしますが、このようなものはいらないといいます。そして、長男を自分の身近に寄せ付けて話をします。
 夫婦は、この老婆について、「正氣だらうか? それとも、この世の人ぢやないのかしら?」と、疑問を持ち始めます。
 夫婦は、この老婆に彼女のことについていろいろ訊ねます。
 彼女は美しく広大な土地を取られ、大勢の人が家に入ってきたので、こうして長い年月まごつき歩いているといいます。
 望みは、わたしを助けてくれるいい友達がいて、今来てくれているから、いっしょにそれらを取り返すことだといいます。
 ≪「わたしを助ける人たちはつらい仕事をしなくつちやならないよ。いま赤い頬をしてる人たちも蒼い顔になつてしまふ。丘も沼も澤も自由に歩きまはつてゐた人たちは遠くの國にやられてかたい路を歩かせられるだらう。いろんな好い計畫は破れ、せつかく金を溜めた人も生きてゐてその金を使ふひまがなく、子供が生まれても誕生祝ひの時その子の名をつける父親がゐないかも知れない。赤い頬の人たちはわたしの爲に蒼い頬になる。それでも、その人たちは十分な報いを受けたと思ふだらう。」≫といって去ってゆきます。その様子は、若い娘が女王のように歩いていたというのです。婚約者を待っていた長男も取り付かれたように後を追いかけて出て行きます。
 たどり着いた婚約者は、自分を置いていった彼を嘆きます。
 こんなお話です。
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『鷹の井戸』 ㈠
2017/07/10(Mon)
 ウイリアム・バトラ・イエーツ著 松村みね子訳 『鷹の井戸』 を読みました。
 昭和28年12月に初版・平成元年11月再版発行の角川文庫です。
 95ページの薄い文庫本のなかに三つの物語最が収録さています。
 この前、第203回広島ラフカディオ・ハーンの会のとき、古川さんが、能『鷹姫』を東京で観られて紹介してくださり、そのあとも風呂先生が解説を加え、紹介してくださった本で、ネットで夫が買ったのです。
 カバーの折り返しに、
 ≪本書は、わが国の能舞台にヒントをえた作品として広く知られる。古色ゆたかなアイルランドに生をえた薄命の詩人イエーツがケルト神話をもとに描いた幻想と神秘の物語。≫
とあるように、三つの物語はその台本です。それぞれ、舞台の絵とタイトル、登場人物、登場人物のせりふ・登場人物のしぐさや、音響についての説明になっています。
 登場人物のしぐさや、音響についての説明は、カッコつきでさらに小さな活字ですので画数の多い漢字は虫眼鏡で読み取るのがやっとで、大変でした。
 ㈠では、最後の物語のひとつ、「鷹の井戸」の記録をします。
 舞台は井戸の仕切りがあるだけでシンプルです。井戸の守りと老人と青年が登場人物で、ほかに楽人が3人います。舞台には井戸があって、井戸の守り神とおぼしきうずくまった少女と老人がいます。
 そこに青年がやってきて、飲む人は永久に生きるという軌跡の水を飲むため、井戸探してきたことを告げます。
 老人は青年に、自分は若いとき青年と同じように幸運の風に吹かれたつもりでここにきて、50年間ずっとこの井戸に水が湧き出るのを待っているが、水が湧き出るのは、山に踊る聖い影ばかりが知っている神秘の一瞬だけだといい、その踊りの精のおかげでこれまで三度、いつも眠っている間に水が沸き出ていて飲むことができなかった。それでもずっと待っているといいます。そのとき、少女が鷹の声で鳴きます。老人は少女が鷹の精に取り付かれ、誰かを殺すかだますことに気づきます。それに立ち向かうために槍を手にして戦いに行きます。
 井戸のそばにある葉のないはしばみの木は教えます。永遠の命を得んがための戦いよりは、のどかなたのしい生命を選び、妻を娶り、古い炉のそばで子供らと犬のみを宝と頼む生活をほめるといって終わります。
 これを読み取るのに何度も読み返し、その間にうたた寝をしたときには、これに関するわけのわからない夢も見ました。
 ほんとに短い台本ですが・・・。
 なぜか、イギリスから、荒涼としたアイルランドの実態を知らず、何か富を得ようとして略奪に来た者たちへの、呪いに思えるケルト神話のようにも思えてきます。
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『この世界の片隅に』
2017/07/08(Sat)
 こうの史代原作・片淵須直監督 映画 『この世界の片隅に』 を先日の七月二日(日曜日)に、夫と二人でサロンシネマに観に行ったとき、夫が購入していたものを見せてくれたものです。
 外出の苦手な私は、家でやっていたことの続きが頭の中からなかなか消えず、外出は、夫についていくだけで家で横たわっておぼろげになにか空想している延長線上のように思うことがあって、そのときもそんな感じでしたが、夫は、映画館の食べ物を買って食べ、このようなものを見つけて買ったり、トイレを案内してくれたりします。
 いつも映画に連れて行っても寝てしまうと夫に言われ続けていますが、このたびは映画に引き込まれ、最後まで観て、映画館を出てもそのあとのすずの生活を空想したりしました。
 映画でわからなかった部分を夫に聞いたり、夫の問わず語りの映画の感想を聞いたりしてるうちに、映画への見所の違いに驚きもしました。
 そんなことから、帰ったらはやくこのパンフレットを読もうと思っていたのに、やっと昨夜読み終えることができました。
 主人公のすずは、昭和元年くらいに広島市の江波で生まれて、終戦の前年、19年2月に呉に嫁入りします。まったく知らない土地で、やっと自分の住む呉の町の地理が理解できるようになったかなという翌年の6月に時限爆弾の爆発に遭い、右腕をなくします。一緒にいて、右手をつないで逃げていた夫の姪のはるみは死んでしまいます。夫の姪のはるみを守れなかった苦しみと、右手を失った苦しみから、実家に帰ろうと決意します。身支度や荷造りを手伝っていたはるみの母親のけいこが、はるみの死を責めたことを謝ると、やっぱりここにいさせてくださいと二人が抱き合うシーンは、一緒に戦後の苦しい生活を戦っている同士としてもう何も失いたくないとお互いを求め合う気持ちに、強く胸打たれました。
 ≪本作同様に、太平洋戦争の終戦にいたる時期をメインにした映画は多いが、一般にネガティブで暗い側面が強調される。そうすると観客と隔たりのあるものにも見えかねない。しかし、確実に存在していた「人と世界」を「生命をあたえられた柔らかな絵」に置き換えて、大衆的な生活にフォーカスすることで、より身近なものとして体感できるのではないか、そんな意欲が本作には感じられる。≫と氷川竜介氏のコメントにあるとおりであり、一方
 ≪連載当時の2007年~2009年に比べると今は、世の中が「風化しそうなものを語り継がねば」という気分よりも、むしろ新たな戦争に近づいている気がします。ともすれば戦争もやむなしと考えてしまう時、想像を巡らせるきっかけくらいにはなるかもしれないです≫という原作者こうの史代のコメントに人の心の近いものの両面を見た気がしました。
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第203回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2017/07/03(Mon)
 7月1日(土)、第203回「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加いたしました。
 体力の衰えを感じながらの出席でした。
 おなじく、体力に自信のない夫もしんどいしんどいといいながら、風呂先生と会えるのを楽しみに参加しましたので、少し元気が出ました。
 当日は、古川さんのイギリス旅行(B・ポター、W・ワーズワース、L・ハーン、W・シェイクスピア4人の英語作家を訪ねて)、ケルティック能「鷹姫」公演鑑賞のお話がありました。
 イギリス旅行!! 何をお聞きしても初耳のことばかり! どんな写真を見せていただいても始めてみる写真!といった具合で、興味深く聞かせていただきました。
 ハーンが13歳から17歳までいたイギリス本土東北地方のダラム市近郊アショーにあるカソリック系セント・カスパート神学校の校舎やチャペルや寮そして左目を失明するにいたった校庭の映像。そして左目に当たった器物の写真は衝撃的でした。
 ケルティック能「鷹姫」については、そのあとの風呂先生の補足の解説もありましたので興味を抱くことができました。
 引き続いての風呂先生の「雪女」での説明では、キーワードを英文で紹介してくださったくだりで、やはり、原文での直接の読書によって得る作品への理解について考えさせられました。そのことを念頭において、作品への理解が訳す人によって違ってくるかもしれないと、帰って、家にある、平川祐広・上田和夫・諸兄那香三氏の訳で、そのキーワードの訳を読み比べてみました。
 それにしても、ひとつの作品を中心にその解釈をいろいろと聞いてみることで、自分の読みの浅さや、理解の浅さに気付かされ大変勉強にもなるし、楽しいことだということを改めて感じ、充実した時間をすごさせていただきました。
 ハーンが装飾的な文体から、日本に来てその誤りに気付き、表現の単純さ、平易な文体にたどり着いたことを話されたとき、数日前、日夏耿之介の訳で Edgar Allan Poeの『大鴉(オオガラス)』を理解できないまま繰り返し読んでおりましたので、私なりに感覚的には納得できたのでした。
 私は、4月から、古文書を始め、大方の時間をそれに費やし、ハーンから遠ざかっていました。しかし、この古文書の学習に、もう一人古文書をやる人を誘い入れたことで、意外な発見がありました。加川さんに二人で教えてもらっているなかで、この新参者は自分の古文書への取り組み方に主張があり、それに従って数回やっているのですが、そのことについて加川さんから疑問が出てきました。彼女の取り組み方が、本当に彼女への効果があるのかという疑問です。そのことを考えていて、ふと、英文に堪能な会員で構成されているハーンの会にいる私の学習方法がいかがなものかという疑問がわいてきました。
このたび、風呂先生のお話を聞いて、私なりに考えました。試しに、わたしの古文書への取り組みかたと同じ方法で「雪女」に取り組んでみました。
 これが結構楽しくて、嫌いなものの学習方法と、好きなものの学習方法を知らず知らず差別していた自分に気付き、英文さんごめんなさいといった気分です。
 まだ、三日坊主の三日目ですが、稲垣先生からいただいた愛のジュースを飲んで三日坊主を三日おきにやって、しばらく拙いながらがんばるつもりでいます。


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『100分de名著 高慢と偏見』
2017/07/01(Sat)
 廣野由美子著 『100分de名著 高慢と偏見』 を読みました。
 『高邁と偏見』は、英国作家ジェイン・オースティンの作品で恋愛小説のようです。
 このように『100分de名著』をつづけてブログ記事に書くほど本を読まなかった生活。春の収穫を食卓にと、うつつを抜かして食べることに精力を費やして過ごしていたことを今思っています。
 体力だけが自信につながっていた私が、5月20日の登山で最初の岩国の白滝山頂上で倒れ、少しの休息で立ち直ったものの、つづく大師山への縦走をあきらめたメンバーに迷惑をかけてしまってから、その原因となったと夫の分析する古文書の解読作業への思い入れがなくならないままの体力回復のためです。
 このような生活の中で、この『100分de名著 高慢と偏見』に出会ったことに、なぜか運命のようなものを感じます。
 ≪オースティンの恋愛小説では、概して、人物の行動範囲がかなり制限されています。しばしば描かれるダンスや散歩の情景も、会話を交わすための場面として設定されているにすぎません。そうした、オースティンの「狭い」小説世界では、行動よりもむしろ心理のほうが、大きな動きを示します≫
 と紹介され、現実的な態度で恋愛を題材にした恋愛小説という特色を補って、日本においては『源氏物語』が、そしてフランスにおいてはラファイエット夫人の『クレーブの奥方』を同種の感があるとも紹介しています。
 このような作品に運命的なものを感じたというのは、一昨日の夜広島市は大雨になり、大雨警報が出て避難指示まで出ました。 落ち着かない夜をすごしました。よく考えてみると、このような雨では、別に驚きもしないまま長年過ごしてきとことを思うからです。しかし、このように驚くほどでもないことがかさなって、少しずつ山を壊し、川底を浅くしと大きな災害につながっていくことを最近の身近な災害で感じることや、ラフカディオ・ハーンの会に1ヶ月に1回参加しているだけなのに、私の知ることのなかったそれまでの長い期間の活動が実って200回という感動的な記念事業に参加できたことなどに思いをはせていた矢先だったからです。
 この作品を評価しているのは、びっくりしましたが夏目漱石です。
 漱石は『文学論』で「Jane Austenは写実の泰斗なり」とその写実の力を評価しているというのです。写実力をそれまでのロマン主義的な文芸にたいして評価した漱石を思えば当然といえば当然ですが、なぜか私は漱石の日常の写実的な作品を退屈なものと避け疎んじたように思います。 『吾輩は猫である』・『坊ちゃん』・『夢十夜』の三夜と数々の俳句以外ほとんど興味を持って読んだことがなかったのです。
 これは歴史小説は読むが、時代小説はほとんど興味がないという私の読書体験への警鐘と思えてきます。

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