第203回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2017/08/14(Mon)
 8月12日(土)、第204回「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加いたしました。
 連日の暑さで、幽霊も溶けてしまうのではないかと思える早朝、目覚めるとNHKプレミアムで、小泉八雲原作・小林正樹監督の『怪談』の放映中でした。最後の「茶碗のなか」の終わりの部分を観てまた朝まで眠りました。
 夫は10日に安佐市民病院から退院したばかりで、今少し静養が必要なので今回はお休みしました。ですが、同じ団地の伊藤さんが出席してくださいました。伊藤さんとは私が集金した区費を届けに行って初めてであい、この会のことを話してお誘いしたのでした。そのとき伊藤さんは松江に月に1回、中村元の顕彰会に出席されていると話してくださいました。私も中村元には大いに関心があり、帰って、1995年に収録された『こころの時代』の再放送を2014年3月に収録した「空飛ぶ鳥に迹なし」と「自らを灯りとせよ」を再度観ました。亡くなる4年くらい前の映像です。書籍では筑摩書房の世界古典文学全集の6・7巻の中村元編の『仏典』があるばかりですが、いずれまた読めるといいなと思っているところです。
 このたびのハーンの会は、風呂先生が『雪女』の原文の朗読カセットを聞きながら、解説をしてくださいました。
 説明を聞きながら、私は、原文を読んで参加していったつもりでしたが、字面を訳すということが精一杯で、全く読みこめていないことに茫然自失の心境でした。
 先生は、お雪が巳之吉に「おまえが何を見たのかについて話したら、・・・そのときには、おまえを殺すつもりだ・・・。」と言ったのに、巳之吉にあえて話すように促していることを指摘されました。言われてみれば、なるほど、直訳「おまえが明かりに顔を照らされて、そこで縫物をしているのを見ると、おれが十八歳の若者だった時に起きた不思議なことを、想いださずにはいられない。そのときおれは今のおまえと同じくらい美しくて肌の白い者を見たんだよ。本当に、そいつはお前によく似ていた・・・・」までしか巳之吉は話してはいないのです。つづいて、直訳「縫い物から目を上げずに、お雪は答えた。」となっていて、そのとき、もし目をあげて顔をあわせていれば、巳之吉はそれがお雪であることに気づいてそれから先は話さなかったかもしれないものを、さらに直訳「その人について話してよ・・・・。どこで彼女に会ったの」と、お雪は話すよう誘いかけるのです。そのために直訳、「それから、巳之吉は、渡し守り小屋における恐ろしい夜のこと、彼の上に屈み込み、微笑んでささやいた白い女のこと、そして、年老いた茂作がものもいわずに死んだことについて、彼女に話をした。・・・・それがおれの見た夢だったのか、雪女だったのか、おれには今でもよくわからないんだ。」と書いています。そのつぎ「お雪は縫い物を下に投げつけて立ち上り、そこに座っている巳之吉の上に身をかがめ、彼の顔に金切り声を浴びせた。
 風呂先生は、その時にはお雪は巳之吉をすでに必要としていなくなっていて、巳之吉に言わせて自分が去っていくつもりだったと示唆されたのです。
 「雪女」と言えばテーマは「約束を破る」と思ってしまいがちですが、ハーンの思いは・・・・。あとで、それぞれ参加者の感想発表があり(聞き取れなくて残念でしたが)、いつになく盛り上がって終わりました。

※小林正樹監督の『怪談』では、巳之吉は、縫物をしているお雪を見て、あの夜のことを一人で問わず語りに長い時間話すのです。話初めの頃、お雪はじっと巳之吉の顔を見ています。最後まで聞いて、「夢ではない」と静かにいい、ゆっくりとそれは自分であることを話し、「私とあんたの命に代えた永遠の誓い、それに背いたら私は殺すといったでしょ」とさらに思い出させるのです。そして雪女が異界の霊であるように映像は変化します。その別れは、約束を守れなかった巳之吉のせいで愛する子供たちと別れなければならなくなったお雪の深い悲しみを思わせます。お雪のさったあとの巳之吉は、後悔のあまり泣き悲しむところで終わります。


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『100分de名著 野火』
2017/08/08(Tue)
 島田雅彦著 『100分de名著 野火』 を読みました。
 もちろん、『野火』は大岡昇平の作品です。
 若い頃に読んだもので、こういった太平洋戦争の従軍記を読んでいる頃は、どんなにつらい話も過去のこととして読んでいたのですが、昨今の政治家の国有地の私物化状況などみていると、国民である私たちも私物化されるような気配も感じられてこのような話も過去のことだと思えなくなっています。
 しかし、この作品は反戦が目的ではないと解説されています。
 大岡昇平は、当時としては、経済的にも十分裕福で、高等教育を受けるなかで、スタンダリアンとして、スタンダールの『パルムの僧院』『赤と黒』『恋愛論』を訳し、『我がスタンダール』をあらわすほどにインテリでした。1944年7月35歳で召集を受け船でフィリピン戦線ミンドロ島に向かいます。44年12月には米軍が彼の軍務地に上陸、45年1月にはマラリアに罹り米軍の攻撃から撤退していく部隊から病兵として放置され、単独で山中を彷徨しているうちに倒れて気を失い、米兵に発見されて捕虜になりレイテ島タクロバンの俘虜病院に収容され、3月に一般収容所に移送され、8月の終戦、12月に帰国します。そのあと、37歳の時小林秀雄の勧めで小説を書き始めます。
 『野火』は、「私」である田中一等兵のモノローグによって語られる小説ですが、レイテ島で生き残ることのできた人から話を聞いての、フィクションです。田中一等兵は、肺病を患い病院に収容されますが、すぐに部隊に帰るように言われ、帰ると病院に無理やりおいてもらえ、さもなくば手りゅう弾で自害するよう命令を受けます。病院、部隊とも食料がないので引き受けないのです。食べ物を自分で調達しなければ生きていけず、原住民や米兵から身を守り、さらに死体の肉を狙わざるを得ない友兵からも身を守らなければならない状況で、死を目前に与えられた自由の中での思索です。
  第1回は、落伍者の自由
  第2回は、兵士たちの戦場経済
  第3回は、人間を最後に支えるもの
  第4回は、異端者が見た神
で解説されるこの『100分de名著 野火』を読み終わるか終らないかのうちに、本文『野火』も並行して読み始めました。
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『ちいさいモモちゃん』
2017/08/04(Fri)
 松谷みよ子著 『ちいさいモモちゃん』 を読みました。
 本当に小さな子供向けの本であろうということは想像できていたのですが、『おときときつねと栗の花』と『ふたりのイーダ』を読んで、彼女の創作による作品をもっと読んでみたいと思っていました。
 ぐうぜん今日、夫が安佐市民病院に入院したのですが、外来で説明を聞いてくださいといわれて待っているとき、この本を見つけました。読みかけていた本をそっちのけで、161ページ最後まで読みました。お話に引き込まれて、読んだのですが、このような幼児の本に夢中になれるなんて不思議でした。
 菊池貞雄という人のかわいい絵が各ページにあり、それも楽しめます。
 この本には、テレビで人形劇のように放送された時の写真ではないかと思えるようなページが4枚差し込まれています。そうして、人形制作 小室一郎、喜多京子、仲沢照江・小道具 片岡道太郎、平岡真魚・構成デザイン瀬川拓男、と巻頭に紹介されています。瀬川拓男は、著者の夫です。風呂先生にいただいた『民話』のなかで取り上げられ考察が試みられている人です。
 そしてこれも、名作でした。1974年に初版が発行されてこの本は1992年56刷のものです。他の装丁で出版されている本の方がもっと人気のようです。
 最後に、モモちゃんとあかねちゃんの本(全6巻完結)
 1、ちいさいモモちゃん
 2、モモちゃんとプー
 3、モモちゃんとアカネちゃん
 4、ちいさいアカネちゃん
 5、アカネちゃんとお客さんのパパ
 6、アカネちゃんのなみだの海
との紹介があります。
 これらは、著者の家族の歴史が伏線になっているので、夫婦の離婚を、ちいさな子どもたちがどのように感じて成長していったのか。そして、父親の死をどのように乗り越えようとしたのか、それがどのように描かれていったのかを知ることにはとても興味があります。
 生活の中の出来事をファンタジックにとらえ表現することは、ある意味生活をシンプルにとらえ、核心に迫っているとも思えます。
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『ふたりのイーダ』
2017/08/01(Tue)
 松谷みよ子著『ふたりのイーダ』を読みました。
 これは、1976年講談社発行ですが、7年前に他で発表されたもののようです。
 名作中の名作に出合ったという感じです。
 昨日、一挙に読みました。
 物語の最後、広島の原爆に遭って孤児になり自分が誰かもわからない3歳の女の子が、やはり3歳の女の子を原爆で亡くした夫婦に育てられ、そのような自分の過去のことを知ったその子が、1945年8月6日、原爆の落ちた日の日めくりカレンダーをそのままに廃墟になっている家の子どもであったことを知る場面では、先日の七月二日(日曜日)に、夫と二人でサロンシネマで観た、こうの史代原作・片淵須直監督 映画 『この世界の片隅に』の最後に、女の子を空襲で失た家族が、被爆地で出合った被爆孤児を連れて帰って家族で育てる場面からの続きに出合ったような気持がしました。
 物語は、小学4年生の直樹君が、母親が九州での取材の間、妹で3歳のゆう子と一緒に、東京から瀬戸内海にある広島に近い花浦の祖父母の家に数日預けられるところから始まります。
 直樹は、祖父母の家から近いお堀に出かけ、「イナイ、イナイ、ドコニモ・・・・イナイ・・・・」と呟きながら足をひこずるようにして歩いている背もたれの付いた小さな椅子に出合います。その椅子は城山のくぼみの林の奥にある一軒の洋館建ての廃墟に行きました。翌日祖父母の留守中ゆう子の面倒を頼まれた直樹は昼寝から目をさますとゆう子の姿が見えずあわてて探すうち、洋館建てまで行ってみると、ゆう子が一人おままごとをしています。直樹にであったゆう子は「だあれですかあ。」と尋ねます。翌日祖父母が宮島へゆう子と出かけた留守に祖母から留守中の直樹の様子を見てくれるように頼まれたりつ子が来てくれますが、大丈夫と早々に返して不思議な椅子のある廃墟に行ってみます。家に上がると椅子は「マッテイマシタ」と迎えてくれます。椅子とも話せるようになった直樹は、この家のことを椅子から聞き出します。椅子は「イーダガカエッテキタ」といいます。このうちには以前アンデルセン童話の「イーダちゃんの花」という作品が大好きな女の子がいたこと。しかし、直樹の妹のゆう子にもイーダというあだ名があって、椅子は彼女と勘違いしているのでした。しかしそのうち、だんだんにゆう子がこのうちのことに通じていることから、以前このうちにいた人の再生ではないかと思えるようになります。いろんな秘密を背負って思いつめているとき再びりつ子に出合い、とうとうこのような秘密を打ち明け、自分ではわからない情報を彼女に託します。そのことを調べたりしているうちに、実は、こ家には、椅子など家具づくりの名人のおじいさんといつ子という女の子がいて、原爆の落ちる当日二人は広島に出かけておじいさんは被爆死、いつ子がりつ子だったことがわかってていくのでした。その間の話が長いのですがそこへ行きつくまでの話がとても感動的なのでした。

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