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『トラジの歌』 囚われの女たち 第四部
2020/09/29(Tue)
 山代巴著 『トラジの歌』 囚われの女たち 第四部 を読みました。
 1982年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。
 この四部は、家にあった本のなかの一冊です。

 加川さんが亡くなられて息子さんから遺品を頂いたなかの本です。まだ整理できずにいたのですが、十巻のうち、たまたま一冊見つけて、次々見つけ出してあと十巻だけが見つかっていない状態に迄になりました。

 余談になりますが、先日加川さんの隣にお住まいの松本さんが、松井卓子さんが書かれた本2冊と加川さんが書かれた本3冊を届けてくださいました。本の整理をしていてあなたなら読むと思って持って来たよと言われます。ありがたく頂いて5冊を読んだ直後、松井さんに読ませていただいたと電話をさせていただきました。その時、山代巴の本を読んでいると述べると、松井さんも土屋先生の読書会で取り上げられて読んだということでした。
 思想的な会話をしたことのないお二方なのに、こんな本を読んでおられたんだと改めて丁寧に読んでいます。

 四部はいよいよ三次刑務所から和歌山の刑務所へ押し送りされることになり、押し送りの朝から始まります。三次刑務所から見える三次の比熊山・高谷山、巴橋を渡って三次駅へ、芸備線に乗って三次駅から広島駅へ送られる間のことが書かれています。汽車のなかで思い出すのは、三部からの続きで吉野常夫との新婚生活のなかで、なかでも当時植民地であったつらい立場にある中国や朝鮮の人びととの交流に寄せる思いが綴られていきます。
 
 白木山を見て、新羅の人が住んでいたので新羅山と呼ばれていたことについて語る場面では、夫婦でそんなことを想像していたのでやはりそうだったのかの感でした。

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『出船の笛』 囚われの女たち 第三部
2020/09/23(Wed)
 山代巴著 『出船の笛』 囚われの女たち 第三部 を読みました。
 1981年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。
 この三部は、家にあった本のなかの一冊です。

 主人公の光子が、私の実家から車で20分足らずの三次刑務所入所中の話です。
 二部からの続きで、三次刑務所から、和歌山の刑務所へ移動するお別れの会で余興が始まってから終わるまでスケッチをし続けていた光子が身体が思うように動かなくなり、気を失って朦朧とした頭も少しづつ恢復してゆくなかで思い出す話です。

 一緒に住んでいた弟の生活費や学費を全部背負って自分の得意とする美術の腕を生かした仕事で生活していました。昭和12年、労働争議活動のメンバーらの助けにより、弟はどうにか自活して学業を続けられる話が決まり、さらに自分を頼って上京しようとするその下の弟の働き口や居住場所も世話してもらえることもきまり、11歳年上の吉野常夫と略式結婚式をすませ、いよいよ二人で新しい生活を始めるところからはじまります。

 まずは、結婚の許可を得ようと広島の自分の実家に帰り、父親と話すところから始まります。父親は決意についての助言をいいきかせます。母親には結婚したことは話せず、自分の眼鏡にかなわない人とは絶対に結婚を許さないという下の弟である詳造と東京に帰ってきます。弟は職場で尊敬できる人に出会いその人が尊敬している吉野常夫との結婚に賛成します。

 つぎに吉野常夫の生みの母親山名タミのもと磐城へ旅立ちます。タミは、常夫と光子の婚約には反対です。吉田寛から、「磐城を捨てない心があるなら俺たちをかばってくれたおっ母さんに、是非とも挨拶に行ってくれ。・・・・たとえ反対されようと、礼儀は正しくやっておいてほしい。これからの長い戦いのためにも」といわれひとりで訪ねます。タミのやり手ぶりに到底ついてゆけず多くの涙を流しますが、最後は気持ちよく認められ常夫のもとに帰ってきます。

 新婚家庭を訪ねてくる吉野常夫の同志の会話から、苦しい生活のなかから運動にかかわるようになる人と、学生生活をする中で運動にかかわる人との違いについて知ることになった光子は、運動の本質を理解しようと、健康保険もない、そこでしか働くことのできない人たちの職場日本鋳造川崎工場に自ら身を投じ、苦しみながら頑張るものの絶望的な思いをします。

 そんな時、新婚家庭を稲垣夫婦が訪ねてきました。常夫が褒める茶目っ気な稲垣夫人の八重子と意気投合し、文通を始めます。そのことが光子を励まし勇気づけることになりました。

 そんな思いでの彼女の闘志は、同時に三次刑務所で目覚め健康を取り戻した彼女の転向への思いを遠ざけ、和歌山の刑務所行きとなり、待遇を悪くすることになっていきます。

 長く合法舞台での活動をしていた吉野常夫が党へ入ったらすぐに検挙されたことについて語るところでは、日本共産党の特徴である、極度な官僚主義、権威主義、教条主義について書かれている部分では、頷かざるをえない部分がありました。
 じっさい、私も副組合長兼執行部役員をやらされたとき、そのことをうんざりするほど感じました。順廻りで、組合長の役が安佐北に回ってきたとき、本庁にも遠いこともあって誰も受けるものがいなくて会議が停滞していた時、ある人が、「私が受けます。その代わりその他の役を私が指名した人が必ず受けてくれることを条件にします。」というのでみんながその人に依頼し、私が副組合長に指名されて役を受けた時のことです。
 現在はどうかわかりませんが、その当時は児童館や留守過程子供会へ勤務する職員は全員組合員でした。

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『金せん花と秋の蝶』 囚われの女たち 第二部
2020/09/20(Sun)
 山代巴著 『金せん花と秋の蝶』 囚われの女たち 第二部 を読みました。1981年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。
 この二部は、家で見つかりそうもなかったので、安佐北図書館でほかの図書館から取り寄せていただきました。よく読まれていて、随分傷んでいます。そのため、親近感を抱きつつ読めました。

 三次刑務所とのお別れの会で余興が始まってから終わるまでスケッチをし続けていた光子は身体が思うように動かなくなりました。
 朦朧としてくる頭に、銀座で図案の仕事をしている頃の状況が見えてきます。二部はその図案の仕事をしている頃友達に、そろそろ結婚相手を見つけて結婚しないと、妹がお嫁にいけないことを話したことから、その友達のあいだで、みんなが尊敬している吉野常夫との結婚を勝手にお膳立てされていき結婚に至るまでの内容です。そのころ、彼女には姉からも歯医者さんから是非にと申し込みがあったことを告げられて、早く田舎に帰ってくるように催促のたよりもきます。東京で自分が学資や生活費の面倒を見ている弟の面倒も見てくれるとも言ってくれているし、好きな絵も続けたらいいとも言ってくれていて、何より両親が喜ぶのでとその方にほぼ心は傾いているのですが、じっさい吉野常夫の労働争議に関する著作をおおく読まされ、会ってみると、その方に惹かれて、ついに結婚することにします。弟も大いに賛成してくれて思想犯として刑務所にも引っ張られていたこともある吉野常夫との結婚をするところで、三次刑務所で目覚めて終わります。
 15世紀の後半、白水川上流で地上に現れている黒光りの石が燃えることに気づいてこれをかがり火に炊いて獣を防ぐのに用いるものがいたことから始まって、いよいよ実用のものとして採掘されるようになるのはペリー来航以後で・・・・、といった炭鉱の歴史をつづる吉野常夫の著作『磐炭争議以前における運動小史』や、『磐城炭鉱争議の顛末』の内容から、以後の炭鉱労働者の争議に関する内容が延々と書かれています。
 ひところ、品川弥次郎について詳しく調べていたことがありましたが、この内容の中にも工部卿としての品川弥次郎が登場するところでは、下関や京都の尊攘堂や、西周を校長とする独逸学協会学校を作ったその財力の源を伺うこともできます。

 最後の章「木枯らしと蝶」にきて感動的な部分がありました。
≪「芭蕉の句に『秋の蝶地にしばらくはとまりけり』というのがあるが、君はどこかで読んだことはありませんか」≫
と吉野常夫が問いかけてきます。
≪「俺も以前は、夕日の野辺に死にかけた蝶が止まっているのを見かけても、哀感以外には感じなかったが、保護観察所の監督を受ける身になって、戦争の足音が近づくのに耳を澄してみると、秋の蝶はただ死んでいくんだとは思えなくなったよ。自然は種を保護する手だてを教えているんだ。秋の蝶がしばらく止まったのち死んでいくのは、渾身の力をしぼって卵を産んでいるから死んでいくんだと思うようになったよ」・・・・「いかに法に触れない努力をしても、ファシズムはどういうことで我々をさらうかわかりはしない。いまというときに思想する者は、秋の蝶と同じだ。許されている娑婆での時間は、蝶が産卵を果たして死ぬように、氷河の底に生き残る、自由の魂の卵を生んでおかねばならんように思う。お互いが生活を共にするということは、そういう産卵のためではないだろうか。」・・・・「私も秋の蝶になります。あなたと一緒に京浜に住んで」 彼は無言で光子に握手を求め、二人は肩に手をかけ合って駅についた≫

 この夏、娘から孫の夏休み研究のために、蝶の幼虫を見つけたら知らせてくれるよう頼まれていました。あるひ、ベランダの葉ワサビの鉢に幼虫を見つけて鉢ごと持って行ってやりました。30匹いたといいました。そして、さなぎから孵化させる段階で失敗してしまったことは聞いていましたが、それから、その失敗談を、『蝶の幼虫と過ごした夏休み』?と題して提出したのが、県の優秀賞に選ばれたと娘から報せがありました。失敗してもそれを記録に残そうとした孫に、蝶はひと夏に何代か卵を生んでは孵化し、最後の卵が冬を越すことを教えてもらっていた矢先のこの読書でした。
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『岩波新書「新型インフルエンザ」を読む』
2020/09/02(Wed)
『岩波新書「新型インフルエンザ」を読む』 を読みました。
これは、いつも読んで勉強させていただいている志村建世氏のブログ記事です。
あまりにも勉強になりましたので、私のブログへの転写のお願いをして記録します。
この記事のアドレスはhttp://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/です。このアドレスを尋ねると岩波新書の表紙が出てきて、よりリアルなので、よろしければ訪ねてみてください。


 数日前に書店で見かけて買った「新型インフルエンザ~世界がふるえる日」だが、本当に「時代を先読みした」本であるのが、手にしてみてわかった。まず、この本は2006年9月が初版の発行日だから、作今の「新型コロナ」とは無関係な時期に書かれている。また、著者は政治家として有名な「山本太郎」と同姓同名であるが、全く無関係な現役の医学者である。
 インフルエンザは俗に「かぜ」とも呼ばれる、ありふれた病気なのだが、ときに新種が流行して世界的な大混乱を引き起こすこともある。小松左京が書いた「復活の日」でも、世界人類を滅亡に導く疾病も、アルプスの山中で始まった「新種のかぜ」から始まったのだった。
 この本によると、人間とウイルスとは、ともに相手を必要とする共存関係にあるのだそうだ。ウイルスは宿主である人間を絶滅させたら、他の生物へ寄生する変身を成功させないかぎり、生存の基礎を失ってしまう。人間も、死に至らない程度のウイルスが体内にいないと、新来のウイルスに対抗する免疫力を備えていることができないのだそうだ。完全に無菌になった人間は、無菌室の外では生きていられない生物標本になってしまうというわけだ。
 さらに面白いのは、この本の最後には、新型のウイルスが発生して世界が大混乱に陥るという、今まさにこの世に出現している現象を先取りしたシミュレーションが書かれているところだ。新型の「かぜ」が、人口の1割以上の死者を出した例は、過去に実例が複数ある。ただし近代以前では交通手段が未発達だから、大きくてもヨーロッパぐらいの規模にとどまっていた。しかし現代では、そうは行かないだろう。国の単位で封鎖してみたところで、一切の物流まで止められるだろうか。
 今の日本も、すでにかなり「ふるえて」はいるけれど、人々の顔は、さほど追い詰められているようには見えない。新型インフルエンザは、正しく怖がりなさいと著者も言っている。初期では隔離で拡大をできる限り遅らせなさい。時間を稼いで対応ワクチンの増産を急ぐこと。対応の手順は、すでにわかっている通りなのだ。
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