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『潮騒』 
2020/10/28(Wed)
 三島由紀夫著 『潮騒』 を読みました。
 集英社の日本文学全集82巻『三島由紀夫』の最初に収録されている作品です。我が家の全集はときどきかけているのですが、この82巻もかけていたので、夫がネットで購入してくれました。
 読んだことのない作品から読もうと思っていたのに、つい読み始めてしまったのですが、これは楽しい読書になりました。おそらくこの作品を読むのは3回目くらいではないかという気がしながらの読書で、映画の映像もよみがえってくる部分もありました。それでも読むあいだじゅう、いつもの再読のように、その続きがどうなるかは思い出せずに読み進む読書となりました。

 伊勢湾の入り口にある、都会の影響からは完全に遮断された歌島が舞台です。新治は母親と弟の貧しい三人でのくらしです。小さな漁船の太平丸に乗せてもらい、たくましく働き母親を助けています。太平丸の親方と若者の龍二の三人で漁に出ます。学業が苦手で卒業できそうになかった新治の卒業を頼んでくれた灯台の台長の家にも恩義を感じて、収穫した新鮮な魚を届ける律義者です。その道にある綿津見命(わたつみのみこと)を祀った八代神社にも丁寧にお参りします。

宮田の照爺は、跡取り息子が亡くなったために、養女先から初江を呼び戻して婿を取ることにしました。宮田の照爺というのは、金持ちで、大きな二つの船の船主でガミガミ男でした。その初江と想い合うようになった新治でしたが自分の貧しさからはどうにもならないとも思います。太平丸の親方は忍耐をすることを言い聞かせながら龍二とともに二人の恋を人知れず応援します。
 宮田の照爺は餅船の船長に、金持ちの安夫と、初江が思い合っていることを知った新治とを大きな船で航海に連れて出ることを言いつけます。途中台風にあったときの新治の仕事ぶりに感心した船長の報告を受け、新治を婿養子にし、彼の家族の面倒も見る事に決めます。

 このハッピーエンドは最近にはなかった読書で、なんだかひさしぶりにほっとする読書になったのでした。この作品と、直前に読んだ三島由紀夫の他の二つの作品とのギャップにも改めて驚くのでしたが、解説では、キリスト教が生まれる前の汎神論的なギリシャの思想を現わしたギリシャ文学の古典とも言うべきロンゴスの『ダフニスとクロエ』という作品を下敷きに創作されたと作者は語っているということでした。これはまた、ヴァレリーの「幸福な国民には精神がない。彼らは精神を必要としないからだ」という言葉とも共通すると述べられています。
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『愛の渇き』 
2020/10/26(Mon)
 三島由紀夫著 『愛の渇き』 を読みました。
 『美徳のよろめき』と同じころに買ったと思われる新潮文庫ですが、なんと奥付もなく、解説の最後のページのようしの奥のはしが裏表紙に貼りつき、作品の最初のページのはしが表紙に張り付いて始まっているという、骨とう品にもなりそうな文庫本でした。

 『美徳のよろめき』は、抽象的な設定でしたが、この作品は地名も出て土着の文学っぽい感じを受けます。主人公の悦子は舅の弥吉の家で暮らしています。舅は関西商船を社長で引退する5年前に買い翌年別荘を建て、果樹園を作るべく果樹の栽培を園芸課に委嘱していたところでの生活です。男三人の子供は東京で教育を受けさせたのですが、先ずは次男の謙輔がそこにはいり、いまでは、亡くなった長男の良輔の未亡人の悦子、謙輔・千恵子夫婦、軍人として海外に勤務している三男の嫁の浅子とその子ども二人と、下男の三郎と女中の美代と、言った4つのグループが生活しています。果樹園の従業員はすべて兵役に取られ三郎ひとりです。悦子は内縁の妻扱いで弥吉のグループで、いろんな形で他のものとは贅沢な生活をして謙輔・千恵子夫婦などからは嫉妬もされています。

 この広い土地で果樹栽培の仕事をしながらの田舎で押し込められた生活では、仕事はしっかりできるのですが、裕福な良家のしつけを受けて育った悦子には退屈で自分の価値観への満足が得られないといった生活でしょうか。そんななか三郎に好意を抱くようになります。悦子は三郎の子を宿した女中の美代を三郎が天理教の祭りに出かけた間に暇を出させます。帰ってきた三郎を、もう長年放置されたままになっているブドウ畑へ夜中に来るよう約束させ、会って愛についての話をします。三郎は、彼女の意図にやっと気づき彼女に襲い掛かり彼女は悲鳴をあげます。悦子は二人がいないことに気づいてブドウ畑にやってきた舅の弥吉の護身用に持っていた鍬で三郎を殺してしまいます。弥吉は驚くものの自首するという悦子から鍬を受け取り、穴を掘って三郎を生めて跡形のないようにするところで作品は終わります。謙輔夫婦も浅子も、三郎がいなくなったことについては、きっと女中の美代を追って出ていくだろうと言っていたことだったのでこの殺人は知られずに終わると思えます。

 悦子のこの気違いじみた結末は、三島由紀夫の結末を思い起こしもします。

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『美徳のよろめき』 
2020/10/26(Mon)
 三島由紀夫著 『美徳のよろめき』 を読みました。
 昭和37年6刷の新潮文庫で、定価が70円です。

 国勢調査の仕事が終わったので20日に安佐北図書館にいったとき、「三島由紀夫という生き方」という文学講演会30人募集の広告を見てなんとなく申し込んでおきました。
 特別三島由紀夫に興味があったのではなく、講演会に興味があったのでした。
 しかし、近年というより何十年も三島由紀夫を読んだ記憶がありませんでした。『潮騒』・『金閣寺』などを読んだ記憶があるくらいです。ところが我が家の本箱でやっと見つけたのは、この『美徳のよろめき』と、『愛の渇き』でした。

 さっそく『美徳のよろめき』から読み始めました。
 主人公は節子という女性です。氏育ちのよい節子は、毎日夫の帰りが遅く、一人いる男の子は元気で手がかからず、暇を持て余します。そんななかで、浮気が始まります。あらゆる行動に理由づけを考える心と体のゆとりがあります。自分の矜持ということも考えます。最初夫との間にできた子どもを夫に気づかれないように堕胎します。そのあと2度浮気相手の間にできた子どもを堕胎します。2度目の堕胎は初めて彼とホテルに泊まった夜から1年過ぎた頃のことです。堕胎してからだが元気になったころ彼と別れるのですが、作品はここらで終わります。彼女の有閑マダム的な生活のなかでの微妙な心の動きなどこれだけの想いを、なにから思いついて書いたのだろうかと考えてしまいます。読み終わって、解説を読んでみると、ラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』の影響を受けて書かれたレイモン・ラディゲという作家の『ドルジェル伯の舞踏会』の影響を受けたことが書かれています。ほんとに若いころ『クレーヴの奥方』は私も読んでいる可能性があります。『美徳のよろめき』は、戦後12年しかたっていない昭和32年に発表されたにもかかわらずわりと抵抗なく受け入れられたのは、日本人もこれら明治10年代頃からのこれらの翻訳物、あるいはそれ基盤に於いてのおおくの作品に触れていたからではないかと思われます。

 山代巴の本などを読んでいると、日清日露の戦争から男性はおおく戦争に駆り出されて、結婚相手の少なくなった女性は、もらってくれるならと身分に関係なく結婚をしたことも多く語られています。そこでは、そんなこともあって男性の横暴も許されていくという背景があることも感じ取れます。

 解説では文学作品はゆとりのある人が書き、読者もゆとりがある人が読む。ということが書かれてあります。ゆとりのない私が読んだ頃の読書はただの読書体験の一つだったのでしょうかと思われます。

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『荷車の歌』 上下
2020/10/23(Fri)
 山代巴著 『荷車の歌』 上下 を読みました。
 安佐北図書館で、大きな活字の本のコーナーで見つけて借りてきた本です。出版年数を調べるために奥付を見てびっくりしました。
 ≪昭和59年4月10日発行(限定部数500部)/底本筑摩書房刊「荷車の歌」/定価3,100円/著者 山代 巴/発行者 並木 則康/発行所 社会福祉法人 埼玉福祉会/印刷製本 社会福祉法人 埼玉福祉会 新座福祉工場≫
 となっていることでした。原稿用紙200枚足らずの200ページの上下2冊で6,200円なのです。文字が大きく読みやすくて、あっという間に読めたことに感謝しました。

 この作品があることは、子どものころから知っており、もちろん内容は覚えていませんが、母につれられて映画を見に行ったことは覚えています。

 明治27年、べっぴんだという評判のセキさんという女性の結婚前15歳から70過ぎのおばあさんになるまでの話です。郵便配達をやめて隣村に家を建て荷車曳きになった働き者の茂市とは好きあって結婚しました。セキはそのために親に勘当され、金親といわれる人からも絶縁されてしまいます。結婚してからは、赤名(モデルを詮索される時代なので明記されているわけではありません)の新居で夫の茂市とその母親との3人の生活です。茂市は結婚すると「わしにつかえる気があったら、この母親に孝行してくれ、お母に気に入られなんだあ、いっしょにはおれんからのう」と言われてから、茂市には白米を食べさせても、自分にはくまご飯(?)しか食べさせてくれない姑、そして自分の白米を一箸も分けてくれないという茂市、ことほど左様の差別待遇と重労働に苦しむことになります。2台の荷車を夫婦で引くのですが、子どもが生まれてあと、産後まもなく子供を置いて仕事に出ても、姑は赤子のおしめも変えてくれず、重湯も飲ませてくれず、重労働のあとやっと悲しみの中子供の世話ができるのでした。しかも、だんだん子供は増えて行きます。人生山谷在りながら、姑と茂市の情愛を受けないままの人生が描かれていきます。

 この作品は、ひたすら中国山地の農村の状況が描かれています。
セキさんはひたすら姑の老後を慈しみをもって世話をして見送り、そのあと、家の幼児を手伝わせると言って連れてきた夫の妾の老後を世話し手見送り、夫も見送り、こんな事情を村中のものがみんな知っている彼女の老後、それを孫をはじめまわりの人びとが、すべて自分の苦しみや悲しみを知ってくれてわかってもらえているということに幸せを感じて明るく生きていきます。

 この作品について、一緒に図書館で借りてきた、小坂裕子著 『山代巴―中国山地に女の沈黙を破って―』のなかの第2部 座談会「女たちの山代論」で、『荷車の歌』のテーマは一体何だったのかよくわからない。という意見もありました。
 私は、山代巴の作品を読むにあたって、岩崎文人先生が、
 ≪没後の山代巴の資料整理にあたり、「戦前から、戦後の時流を確かな目で見る事が出来た人」と評価した。≫
 という文面につられて読み始めたので、そういった意味で、私の育ったところに近い作家の作品でもあり、じゅうぶんにその期待に応えてくれていることに満足したのでしたが、共産党にも一時期席をおき、そんな活動のために3年も刑務所に入っていた彼女が、戦後半世紀も過ぎて同じ地方の状況を見て、自分たちの活動が意味がなかったと言っていることについて、この視座も意外と確かな目と言えるものではないかと思えたのでした。

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『数の季節』 囚われの女たち 第十部
2020/10/21(Wed)
 山代巴著 『数の季節』 囚われの女たち 第十部 を読みました。
 1986年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。

 もちろん『火の文字を仰いで』 囚われの女たち 第九部 も読みました。終わりになるにつれて、次はどうなるのだろうなどと、先を急いでブログを書かないまま第十部を読みました。
 読み終わると、もう少し山代巴を読めたらと思い図書館に行って、『荷車の歌』上下2巻があったので借りてきて、いま読みはじめています。

 十部の終わりは、あらかじめ報せもなく、いきなり昭和20年8月1日に仮釈放になり、郷里をめざして大阪駅から山陽線の下り列車にひとりで乗車したところで終わります。釈放されたのは、本当に終戦間際でした。それまでの、実家の様子や、二人の弟のことも詳しく描かれていたので、その後どうなるのか気になりながらも終わってしまいます。それでも、10巻は他の巻より分厚くて410ページまでありました。

 10巻全体は、東京女子美術専門学校を3年生 1932年(昭和7年20歳)までで中退してから、1940年に治安維持法で、夫婦ともに逮捕されるまでのことを、それから1945年仮釈放までの囚われの身になっての刑務所生活のなかで思い出しながら、その 刑務所生活の流れのなかで描かれていくという独特の筆の進め方です。

 作品のなかで用いられる方言が、私も幼いころに聞いたことがあると思い出すところもあり、また、三次の刑務所があまりにも私の郷里から近くでもあり、その気候や人心のありようといった部分では身近に感じるところもありました。
 一方、昭和24年に生まれた私にとって、この内容は、生まれるわずか20年くらい前からのことだと改めて認識しています。刑務所のなかで、光子に思想転向をすすめし続けた人たちが、私たちの幼少時代の大人だったことを考えると、敗戦以後その人たちの心のなかの動揺がどのようなものであったのか、といった関心も起こります。

 読むほどに、命を保つことに精一杯といった経験のない私たちには、あまりにも想像外の時代といった感があり、しかし、戦争前の国家の状況を思えば、いつまた同じような状況が起こるかもしれないといった思いもしますが、正直、それまでにはあの世に行ってるとの思いで日々美味しいものを食べることに専念している老後です。

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『不逞のきずな』 囚われの女たち 第八部
2020/10/12(Mon)
 山代巴著 『不逞のきずな』 囚われの女たち 第八部 を読みました。
 1984年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。

 この章はよりいっそう現代の日本社会(ほかの社会は知らないが)についても、知らないことが多くあることに気付かされます。

 逮捕されて留置場にはいっている時の状況について述べられているところです。私は、この留置場について、まだ刑が確定していない、不起訴・または起訴中の人が収監されていると了解していて、刑が確定して刑務所に入っているより、その待遇はいいのだと理解していました。ところが、この留置場について、
 ≪欽定憲法の下の留置場が、「豚小屋に似た非人間的な待遇の場であったことは、人民の無権利の象徴として筋の通ることかもしれないが、主権在民と平和とを掲げる現在の日本の憲法の下の留置場に、欽定憲法化の人民の無権利が残され、永続化されるとしたら、明らかに法の罠だ。≫
 ということを、大杉栄がフランスで体験した留置場での記述、と対比させて、述べているところがあります。このところの記述を書いたのは1984年で山代巴が72歳の時で、今の私の年齢とほぼ同じです。この記述については、刑に服することになった待遇に比べ、リンチなどによる脅迫は戦後も変わらない例などがあげられ、結果無罪ということもあります。

 読んでいる最中、安芸高田市の市会議長が、市長を恫喝したというニュースが流れました。この市長は、前の市長が拘留中の河井議員からの多額の金銭授受によって市長を辞したために、新しく当選した若い市長です。「貴女がこれから掲げる市政法案は一切議会を通さない!!」と恫喝したとのことです。また広島市議会では14人が河井元法務大臣の妻の選挙で多額のお金を受け取っているようですが、そのことを正直に証言すれば刑に問わないと言われて、開き直っているともいいます。ここまでの話をきくと、今でも給料が支払われているという河井議員についてどう考えればいいのか疑問もわいてきます。

 この河井議員については、私が最後に勤務した区の候補者であった人で、ちいさな幼稚園や保育園の運動会から始まって、地域の行事にも顔を出し、遂には安佐北区でも、というふうにそのような地方の施設や寺の行事にまで、行事予定を調べる手間や、秘書などの東京からの交通費など・・・、いったいそんな国会議員を見たことがなかったので、あとで、安倍総理の、政権への票さえ稼げばいいの多数党を目指す方針を聞いて、その優等生ぶりに納得したのでした。
その優等生への留置場での待遇やいかにと思ったのでした。
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『望楼のもとに渦巻く』 囚われの女たち 第七部
2020/10/12(Mon)
 山代巴著 『望楼のもとに渦巻く』 囚われの女たち 第七部 を読みました。
 1984年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。
 6つの章で書かれています。「濁流を超えて」、「招かぬ客」、「田尻町の隣人たち」、「1940年春」、「舞い立つ蝶群」、「疎ましき夜」です。

 非転向のまま出所した坂野、板谷、加藤が光子の夫常夫を訪ねてきます。そのことが、今まで温情の中にさわやかに育っていたグループの内容に、少しずつ学術的に深みを増していくことになります。教員免許以上の学識を持っている加藤にすっかり心酔していくようになった弟の詳造は、働き過ぎて結核になって療養のために同居させて面倒を見ていたのですが、各科目の勉強をするようになり、中学校へ進んだ同級生が中学校を卒業するまでには、加藤の数人の友人にそれぞれの教科を学んで自分もそれをクリアーしようと頑張りはじめ成果をあげてきますが、療養にならず、医者から郷里に帰ることを勧められます。

 事程左様に、加藤を交えたそれぞれの活動は深みを増し、時代の流れとともに、1940年の春はじめ、夫婦ともに特高によって逮捕されます。

 そのよすは、八部に続きます。
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『サソリの眼の下で』 囚われの女たち 第六部
2020/10/07(Wed)
 山代巴著 『サソリの眼の下で』 囚われの女たち 第六部 を読みました。
 1983年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。
 七つの章で書かれています。「豪雨と花と」では、広島刑務所を出るところから瀬野駅まででの行程で思い出、思い出すのは、それから6年前の旭硝子鶴見工場の女工になれた時のことからです。敵機深く忍び込んだ時偵察機が航空写真を撮るときなどに使う最高級の乾板にするものですが、それまで輸入品に頼っていたものをこの工場で作るということで大きな工場が建っておおくの女工を雇うのでした。やっと大手の工場に就職できた喜びはありながらも、身元調査の厳しいことと若い人が多いなかで自分の年齢で、本採用への道が開かれるかどうかの不安を持っています。

 「ノート「星の世界」」では、息をするのもしんどいほどの埃のなかでの作業で苦しみながらも、若い女工に交じって、特に採用試験の時自然を愛するという吉田絃二を尊敬する人としてあげていたトキエに関心を持つようになります。彼女が興味を持った星について夫の常夫に話し、常夫がその星についての説明を丁寧にノートにして書いて持たせてやったところから、若い女工たちが興味を示し、そのノートを写しあうようになっていきます。

 「星と刑余と」は
汽車は豊かな穀倉地帯の西城盆地を走っています。思い出すのは、夫常夫のあこがれの人蓮田の妻であるウタが刑務所から出てきていくところがなくて光子のところに転がり込んでくることになった。彼女には自分もつよい信頼とあこがれを寄せているが、夫に対する嫉妬に悲しい思いをすることです。しかし、常夫は星のノートにもされに熱意を持って取り組み光子をよろこばせもします。また、居候していた左官屋の妻での家事の上手な関口梅代に家事一般についても女工たちが教わることにも力を貸すことにする。

 「命燃えて」は三原方面を進みます。ここでは、三原での新婦人協会がはやくに平塚らいてふを招いたときの話題などもあります。梅代の家政一般の講義も女工たちに受ける。「我ガ軍ハ、本27日午後5時30分、陸海協力、残的ヲ掃蕩シ、武漢三鎮ヲ完全ニ攻略セリ」という時節です。

 「沈黙を破る群」は、三原から福山にむかい、父に見送られて東京に出ていった福山駅につくまで、因島について考えていると、自分を階級的な行動への一歩を導いた笹子智江であったことを想い出します。プロレタリア美術研究所は新井光子という画家で岩松淳と結婚をしたひとです。旭硝子鶴見工場では作業の持ち場に変更があり、ストーブのない部屋での作業者は、ストーブをつけてくれるよう談判することになり、ほかの持ち場の者もほとんどこの交渉を見守るというところまでこぎつけます。

 「火の文字の夜へ」では、光子の押し送りは、福山から笠岡、岡山へと進みます。この間、体調を崩しそうな光子は病院でレントゲンを撮ってもらい肋膜の診断を受け6カ月休養の診断書をもらいます。常夫は転地先を平塚に決め笹谷キョウに面倒を見てもらうことを決めます。転地が決まって、茅野咲子という女性と同じ長屋に住むことになりました。いつも下痢をしていたトキエはの道程です。14年の正月はその長屋に常夫とトキエが来て、夜4人で電灯を消して蝋燭の光でバビロニヤの最後を味わう、メネ、メネ、テケル、パルシン(265p)と書いた火の文字を読んだ。

 「若草の萎ゆる日」ずっと下痢をしていたトキエが時々弁に血が混じっていることを言ったが腸結核になっていて、おなじ長屋で療養することになるが重くなり入院して亡くなります。備前から播磨への平野を走る汽車のなかで彼女を思い出して涙します。

 読んですぐなのでページを追って記録しました。
 この作品の終わりのころから、この本と並行して読んだ加川さんの手記について思い出していました。この作品のなかでは、結核で多くの人が亡くなります。加川さんも親に反対されての結婚をされて、まもなく結核になり夫が勤めの合間に炊事洗濯掃除とやって療養させてくれたことを書かれています。加川さんはこの『囚われの女たち』10巻を読んで手記を書こうと思われたのではないかとさえ思いました。読みながら加川さんを思い出し、そしてやはり若いころ結核を患ったという一緒に仕事をしたことのある佐々木先生も思い出し涙しました。


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『転機の春』 囚われの女たち 第五部
2020/10/06(Tue)
山代巴著 『転機の春』 囚われの女たち 第五部 を読みました。
1982年 株式会社 径(こみち)書房発行の単行本です。
三次刑務所から和歌山刑務所へ押し送りになり、広島駅に着いてそこから女囚36人と看守12人がトラック2台で吉島刑務所へ送られ、三次刑務所とは格段の待遇の悪さに、そこに収監されている夫の常夫ことを不憫に思うところから話が始まります。

 そんななかで思い出す事の記録としては、四部に引き続いて、昭和12年の春から翌年春への吉野常夫との結婚生活の約一年間が語られます。
 二人の新婚生活の住居は川崎市浅田というところです。もともと労働争議にかかわって検挙されたこともある人たちの助け合いによって生活のあらゆる部分が成り立っているようです。 そんななかで、信念を曲げずに生きていくすべを学んでいく生活を目指します。運動のために首切りにあった人や病気になった人などを助け合うことも大事な部分ですから、物語の登場人物は増えていく一方です。

 出会う人出会う人に同じ人はいないということでは、このところの私生活でも感じているところです。国勢調査の調査員を引き受けていたために、決められた区域をたずねてみると、4分の1が高齢女性の一人暮らしです。その方々は話し相手が来てくれたとばかりにいろいろな話をされます。5年前の国勢調査のときにはまだ働いていてゆとりがなかったのか調査対象の方々のお話を聞いたような記憶はないのですが、このたびはコロナウイルスのせいか状況が違うように思えます。時間内に予定どおり廻れるか心配しながらも民生委員になったような気持ちでお話を聞くのですが、それは山代巴の小説を読んでいるようでもありました。みんな重たいものを背負って生きているのだと改めて思わされます。

そんなこんなでブログを書くのが遅くなってしまいましたが、きょう散歩に行く前に六部も読み終わってしまい、七部を二〇ページまで読みました。
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