FC2ブログ
『北朝鮮餓死か暴発か』 
2020/11/29(Sun)
 辺 真一 責任編集・訳 『北朝鮮餓死か暴発か』 を読みました。
 (株)ザ・マサダによる、1997年(平成9)の初版第1刷発行の単行本です。これも隣のご主人に頂いた本です。著者の辺 真一はプライムニュースなどでおなじみの評論家です。彼が50歳の時の責任編集・訳です。
文字も大きく読みやすく、かなり早く読みおえることができました。

 作品中ほとんどが、人民が次々と餓死していくようすが描かれています。
 生産した食料はほとんど取り上げられ、配給によって生活しています。配給が亡くなれば、当然の成り行きとして、草や木の皮や根っこを採ってきて食べるか、昆虫をはじめとする生き物をとって食べるか、人のものを盗むか、自分より階級の下の者から奪うか、他人や家族を殺して食べるか、国外へ亡命するかということになり、あらゆる方法の事例とそのあとの死が描かれて悲惨を極めます。これがいまから23年前後の北朝鮮の状況だというのです。

 金日成に引き続いて、金正日が最高指導者の時代です。かれは、経済的には韓国に劣っているが、韓国と戦争をすれば6分でソウルをめちゃくちゃに破壊することができるだけの準備をしています。あとは韓国に送ったスパイなどの扇動によって韓国内に内乱が起きるか、あるいは韓国軍の軍隊と同じ制服を着せて、攻め入ってきたと攻め入るきっかけを作るか、アメリカが介入するといえば、日本の東京を壊滅させる用意があることを主張してそれを阻むといって常に戦闘状態を想定しての態勢を整えているというのです。

 驚いたのは、214ページの朝鮮総連からの送金の実態でした。金正日は朝鮮総連からの送金を最大の金づるとみなしているとあります。80年代には1年間の送金額が6億ドルていどあったといいます。90年代については正確な数字はわからないがが、パチンコ屋不動産などの収入が減少し送金額は少なくなっているようだと述べています。

 金正恩の今の北朝鮮の人民の生活はどうかと気になるところです。

スポンサーサイト



この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『日本の城の謎』 (上) 築城編
2020/11/28(Sat)
 井上宗和著 『日本の城の謎』 (上) 築城編 を読みました。
 昭和61年初版第1刷発行の祥伝社文庫本です。隣のご主人に頂いた本です。

  なぜ秀吉は城攻めの天才と呼ばれるのか
  なぜ名城には人柱伝説があるのか
  本当に信玄は城を造らなかったのか
  なぜ信長は安土城天守閣を築いたのか
  なぜ抜け穴伝説が生まれたのか
  なぜ大阪城の土塁は石垣に変わったのか
  なぜ難攻不落の小田原城は落ちたのか
  なぜ城の絵図は正確無比だったのか

 の謎について考えてあります。

 「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵也」 という信玄の言葉を知らなくても、戦国時代での天下取りというのはこうであったと思えるのですが、中国の兵法で 『孫子』 という本では、 「城を攻めるには、城を守る兵の十倍以上の兵を必要とする」 と言っているのを見ると、やはり城づくりにも精魂を傾けなければならないようです。 じっさいに城をみると、その感性と技術と労力については、いまのように建設機械のないあの時代に一体どのようにしてあれだけのものを造ることができたのかと思わされます。大坂城の石垣づくりでは大きな石が支えきれず一時に120人が下敷きになって死んだということもあったといいます。まずはこの堀づくりや石垣づくりに関心が寄せられます。

 土塁から石垣になったのは、1543年の鉄砲伝来からだといいます。初めて石垣にしたのは安土城・二条城(1569年室町通のときのもの)を築いた信長だといいます。ちなみに安土城築城に当たってはルイス・フロイスから諸外国の城・宮殿・大寺院の建築についての話を聞いたともあります。この石垣づくりには石造りの技能者には大津市坂本穴太町の石工の集団である 「穴太者(あのうもの)」 ・ 近江八幡に近い「馬淵」 が当たったと言われています。これらの石工については司馬遼太郎の作品でもずいぶん興味を持って読んだことを思い出しました。熊本上益城郡の通潤橋では種山石工の技術を堪能しました。こういった石工集団の入るところでの古い石垣には目が留まります。

 天守閣について、古文書によって、その表記が天守であったり、天守であったり、殿主であったりの論議も面白く読めました。

この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『激戦!!太平洋戦争 帝国海軍カク戦ヘリ』
2020/11/25(Wed)
 監修 斎藤充功 写真で見る『激戦!!太平洋戦争 帝国海軍カク戦ヘリ』を読みました。
 笠倉出版社より2008年初版発行で、300枚超の証言写真というだけあって、整理された写真満載です。裏表紙には ≪1346日の激闘!栄光の軌跡がいま甦る!!≫ とあります。全く昭和16年12月6日から、17年、18年、19年、20年の8月15日まで計算すると1346日です。、

 この本は、先日隣の庭に落ちている我が家の葡萄の落ち葉を掃除に行かせていただいたとき、ご主人に本が三括りあるのを、「捨てるんだけれど、よく本を読んでいる人に・・・」と持たされてしまいました。なにしろ落ち葉が迷惑をかけていることもあって、大事に頂いてまいりましたなかにあった一冊です。

 第二次世界大戦を評して、「栄光の軌跡」 という表現で、すっかりにわか右翼になった気分で読み始めます。子どものおいていった 『中学校社会科地図』 を出して、真珠湾攻撃の数カ月前からの第二次世界大戦の流れを読んでいくのですが、よく聞いて知っている戦地の名前を具体的にたどって(実際にはどこの位置かほとんど知らなかったため)そこに戦艦を浮かべて戦うようすをなどって、戦闘を写真で確認するという読み方です。写真がほとんどとはいえ、却って時間がかかることこの上ない読書になりました。

 子供のころからの 『ビルマの竪琴』 などから始まって、何十年と戦地や内地の苦しい状況ばかり読んできましたが、主戦の目的に沿ってこのように読んだのは初めてでした。


この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『宴のあと』
2020/11/22(Sun)
 三島由紀夫著『宴のあと』を読みました。
 新潮文庫で、昭和44年発行で平成4年45刷です。

 かずという高級料亭の女将がヒロインの作品です。高級料亭では政界の大物も出入りしていて、それを取り仕きるかずの手腕が酒宴を盛り上げます。
 かずは元外相でのち保守党から革新党にかわっていった、冷静で感情をほとんど表にあらわさない野口に惹かれていきます。妻を亡くしていた野口と結婚をして、野口への都知事選立候補を勧めに来た野党の党首と参謀で選挙運動の達人の山崎に、野口の立候補をほぼ承諾します。
 そしてかずは、都知事選に立候補した野口の選挙運動を、保守党の議員に反対されながらも、料亭の雪後庵を抵当に入れてまで、山崎と共に奔走し支えていきます。
 結末は敗退に終わるのですが、そのあとかずは野口に離婚を迫られて離婚をし、雪後庵を買い戻します。

 この作品は、じっさいの都知事選挙がモデルと言われて、後に「プライバシー裁判」を起こされたといいます。

 特に、この選挙運動中のかずの選挙の応援演説を含めたやり方がこの作品の山場と言えそうですが、これについて、思い出す事が多少ありました。

 選挙にかかわったことはないのですが、長いあいだ議員をしていた人の奥さん二人に親身にお話を聞く機会が何度かありました。議員さんは偶然どちらも入り婿でした。まさか自分の夫が議員になるなど想像もしなかった人たちです。
 一人の人は、夫の立候補話を聞いて、当時教員をしておられた仲人さんの家に駆けこんで、どうかそんなことはやめさせてくれと必死で頼んだとのこと、「まあ町内会へも頼んでみるから、最初はダメだったとしても・・・・」となだめられたといいます。ところがいい成績で当選し、何期か勤めて後輩にその席を譲られました。奥さんはその後輩に背広を作ってあげたと話されました。有権者に対して、最初のころ自分はペコペコしているのに、母親はいつものとおりの接し方なのでハラハラしたこと。そのうち、母親もなくなって、次女が結婚してその結婚相手の母親が選挙前に来て裏方を仕切って行かれるのに対して、もとから手伝ってくださっていた地元の人々に気を使ってヒヤヒヤしたことなどなど。
 遠くに住んでおられたもう一人の人には、富士山にさそわれて登りました。参加してみると、彼女の同級生2人と私との共通の知り合いとの5人でした。最年少のわたしは富士山登山と聞いただけで大仰に考えて、体を鍛えることから始まって、持参すべき荷物や服装など大いに勉強いたしました。ところが、彼女は普段着で、持ち物は息子が修学旅行の時のバッグだと言って息子の名前をマジックで書いた軽々のバックをリュック風にしただけのものでした。なのに、彼女、宿屋へは広島からの土産ですともみじ饅頭の菓子箱をさりげなく差出し、登山中喉が渇いたなと思うか思わないかのうちにそれぞれに冷たい飲み物を配ってくれ、小腹がすいたと思うか思わないかのうちになにか果物を剥いたものをそれぞれに配るといった具合で、このさりげない行為に議員の妻の風格を見ました。彼女が、考えてもみなかった富士山登山という形で慈しんでくださったことも今思うと不思議な縁と思えます。今では次男が議員として頑張っているようです。

 夫は、東京に行ったとき、石原慎太郎に三島由紀夫を紹介されて会ったことがあると話してくれました。会ったのは43年ころだったといいます。この作品の直前頃なのでしょうか。それにしても私は三島由紀夫の文章があまり好きでないのか、こんなに薄い文庫本になかなか手が伸びずあいだでほかの本を読み進んでいる始末でした。


この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『金閣寺炎上』
2020/11/21(Sat)
 水上勉著 『金閣炎上』 を読みました。
 新潮社から、昭和61年発行、平成4年二刷の文庫本です。
 夫がネットで注文して、夫が読んでから回してくれました。三島由紀夫の『金閣寺』・水上勉の『五番町夕霧楼』と、夫も読み返していたので、食事中は居ながらの読書会もできて、確認できることもありながらの読書になりました。

 三島由紀夫の作品に比べて、水上勉の作品はとにかく落ち着いて読めます。
 水上勉は、金閣寺の放火犯の林承賢(養賢)とおなじ福井の寒村の出身で、やはり京都の禅寺に預けられ、徒弟修業中、何度か脱走を繰り返したひとだといいます。
 その経験から、金閣寺放火犯である林承賢(養賢)の置かれていた状況への理解が微妙な部分へもいきわたっているように思えます。当時の世の中の変遷とともに林承賢(養賢)の心の動きが汲み取れていきます。と同時に林承賢(養賢)の特殊な心境にも触れることができます。

 この、林承賢(養賢)の特殊な心境、特に吃音からくる彼の劣等感・屈辱感・孤独感については、三島由紀夫の『金閣寺』での彼の心中のくどいほどの描写が私の心に残っていて、その心境のなかでのこの事件としか思えないことも否めません。またなぜ金閣寺だったのかについて、三島由紀夫の『金閣寺』では、子供のころから父親に金閣寺の美しさを聞かされて、その美しさに異常な執着を持っていたがゆえに、金閣寺を焼いて、自分も死のうと思ったとしています。この壮絶な感性に普通の放火犯とは大きく違った感性を感じることもできるのですが、水上勉の文脈では、宗教的でない住職への生活態度をはじめ、寺院職員への反発をより強調する部分のほうがリアリティを感じさせられるのでした。

 このブログ記事は、読み終わって1週間くらいたっての記録となりました。



この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
「丹前」
2020/11/14(Sat)
 11月14日土曜日、きょうは公民館での「通史会」に参加します。コロナになって開催が稀になりましたが、きょうの中止の連絡がありませんので、前回の復習と予習をしました。

 会の最初1時間余り、簡単な古文書の文章を読んで、導入とします。前回のそれは、

 ≪昔は松平丹後守屋敷前に、町家風呂有り。美麗を尽くし風呂女とて遊女有之。諸人入込喧嘩度々故御法度になる。其時風呂屋へ通うかぶき者共、異名に、丹前へかかる人という。丹後守前という心也。今になんにてもはでなる風を丹前と云。是よりの事のよし。≫

 という文章でした。

 いま一つの予習は、読み取りにくい『安芸国安芸郡三入庄覚書』なのですが、会員の一人が安芸郡と呼ばれていた時代はいつなのかと、疑問を持たれました。もしかの記入間違いを指摘しておられる。1813年の文章にこの表現を書き残す事への間違いについて。あるいは当時の慣行で使用されているのかもしれません。
 たしかに、彼女の言う通りで、先ずはこの決着や如何に。

 この古文書は先人が既に解読して印字での配布物もあります。今のわたしたちは、これらの解読文章を広く学んだなかから読み返し内容を精査し、間違いがあれば訂正するという作業をしています。先人の解読の努力の跡を見て、学び、理解を深めその文章の歴史的意味を考える作業をさせていただけます。
 
  予習は不完全ながらも、今日はどんな発見があるかなと楽しみです。


この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『命売ります』
2020/11/10(Tue)
 三島由紀夫著 『命売ります』 を読みました。
 筑摩書房から1998年第1刷、2019年第21刷の文庫本です。土曜日に「三島由紀夫という生き方」の講座を聞きに行ったとき、会場にはいる前に三島由紀夫のものを何かお借りしたいと探してやっと1冊見つけたのがこの本でした。

 自殺に失敗して、タイトルどおり、「命を売ります」という広告を出して、繰り広げられるストーリーはサスペンスそのものといった作品でした。彼にとって、自殺しなければならないほど追い詰められた要素は何もないなかでの自殺願望への記述は、三島由紀夫らしいものでした。それにしても、このストーリーを考えつくことに感心せざるを得ません。これは解説によると、

 ≪ウイーンの世紀末詩人フーゴー・フォン・ホ―フマンスタールに『チャンドス卿の手紙』というエッセイがある。そのなかに十代で天才的な詩を書いた少年詩人(チャンドス卿)が、それから数年後に「・・・・・・言葉が、口のなかで、まるで腐敗した茸のように、こなごなになってしまう」体験に遭遇するくだりがある。天馬空を往くような全能感とともに言葉という言葉をブリリアントに統御していた天空から失墜して、「腐敗した茸のように」こなごなに砕けた言葉しか口にできなくなってしまう、かっての少年詩人チャンドス卿、というよりはやはり十代で天才詩人として出発したホーフマンスルー自身の失語体験がそこには痛ましく告白されている。一方、こちらはたかが広告代理店の三文コピーライターにすぎないとはいえ、『命売ります』の羽仁男もまた、程度の差こそあれ全能感の輝かしい高みから不能感の闇に失墜し、没落とデカダンスの泥沼の中を這いずり回るのである。
三島由紀夫が『命売ります』というまぎれもないエンターテイメントを、こともあろうに、ホーフマンスタールの典雅なエッセイをモデルに構想したことはほぼ間違いない。・・・・・・・・≫
 といっており、なるほどと思ったものでした。当時一世を風靡しはじめた東映ヤクザ映画好みの通俗行動主義哲学なり、その手の大向う受けのする趣向をたっぷり盛り込んだものと言ってしまえばそれまでだ。とやっと私もうなずける感想が表現されていると思いました。
 この命に対する考え方は、三島由紀夫流の書き方をされると、説得力もあり、老後を生きる自分だからこそかどうか何とも言えませんが同調もできるのが不思議です。ますます、家を片付けたり預貯金の消費を考えたりしてきます。

この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
「三島由紀夫という生き方」
2020/11/08(Sun)
 11月7日(土)1時30分~開催された、安佐北区図書文学講座2020 「三島由紀夫という生き方」 に参加させていただきました。コロナ対策も充分にされていて、安心して受講できました。
 こういった講座を受けるのは本当に久しぶりでしたので、私なりに精一杯の予習をしておきました。この予習は、難聴をカバーするための予習といった意味で、できるだけ三島由紀夫について共通的に使用される単語を目にしておけば、講座の内容がすこしでも理解できると思ったからです。

 先日からのブログに書いたように、集英社の日本文学全集82巻『三島由紀夫』と、付属の月報4、新潮文庫での『美徳のよろめき』・『愛の渇き』、『金閣寺』は大活字本シリーズで再び、そして参考にと文芸春秋社刊水上勉著『五番町夕霧楼』も読みました。
 解説に出てくる 清水文雄や、蓮田善明などウキペディアで検索していて、蓮田善明と熊本での同級生に丸山学がいて、回覧雑誌「護謨樹」をつくっていたとの記事に接し、やっと最近読んだことのある著者にふれてほっと親しみを感じたのでした。それというのも、三島由紀夫を読んでいると、ときどき気が変になりそうに思えたからでした。

 それだけに、この三島由紀夫をどのように語られるのかの興味はますます増してきます。

 早めに行って、事前に机上に配布されていた資料を一生懸命読みました。いよいよ始まると、若くて非の打ち所がない美人の講師です。私にとっては少し早口ではありましたが、声も聞こえやすい声です。大きな映像を順に示されてそれぞれ説明をしてくださる形式での講義でした。その映像を1ページに2枚ずつ印刷した資料と、その説明を印刷した資料があり、どちらも見やすくて、重要なところは事前に赤字で印刷してあり、コロナ時代の講義にはこんな方法があったのかと大変解りやすく充実した講義でした。2時間ずっとこのように充実した講義で十分満足しました。
 
 最初に、比治山大学と三島由紀夫の関係について話されました。比治山大学2代目の学長清水文雄氏は、最初に三島由紀夫の才能に気づき、三島由紀夫の名付け親で、終生三島由紀夫に敬愛されたことで、三島由紀夫から謹呈された署名入りの書物などを比治山大学に寄贈され、三島由紀夫の未亡人から、三島由紀夫の翻訳本の寄贈を受け、そのほか大学が三島由紀夫に関する書籍をおおく収集して、比治山大学には三島由紀夫記念館もありの様相を感じさせる説明でした。

 講義がおわって最後の講師の言葉は、三島由紀夫は早く生まれすぎた作家だと思います、と言われました。この言葉は私にとって十分に理解できたとは思えないので、もうすこし、詳しく話が聞けたらと思ったことでした。

 帰って資料を読み返して、「おやすみなさい」と眠るような気持ちで死んだときのことを思って、ますます家にある不用品の廃棄を心掛けなくてはと思ったものでした。

この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『月』
2020/11/06(Fri)
 三島由紀夫著 『月』 を読みました。
 集英社の日本文学全集82巻『三島由紀夫』に収録されている短編作品です。

 昨日出かけた時に老眼鏡の度の強いのを買ってきました。日本文学全集をはじめこのところ小さな文字の本ばかり読んで、画数の大きな文字が読めなくていい加減に読んでいたのですが、すっきり見えてよく読めるので快適に読めます。

 ところがこの作品には閉口いたしました。
 世間の人びとはみんな藷(イモ)ばっかりだ、と思う22歳のハイミナーラ、19歳のキー子、18歳のピーターが主人公です。ハイミナーラとは睡眠薬の名前で一度に6錠ビールと一緒に飲むのでこの名前がついているのですが、誰も本当の名前を知りません。いつも睡眠薬を飲んだ作用がでている感じでいます。そんな3人連れが壊されることになっているらしい古い教会で買ったローソクをつけて遊ぶという話です。3人とも自分はずいぶん年寄りだと思っています。

 それだけの作品のように思うのですが・・・・・。


この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『女方』
2020/11/06(Fri)
 三島由紀夫著 『女方』 を読みました。
 集英社の日本文学全集82巻『三島由紀夫』に収録されている短編作品です。

 ≪増山は佐野川万菊の芸に傾倒している。国文科の学生が作者部屋の人になったのも、元はといえば万菊の舞台に魅せられたからである。≫
 から始まるこの作品は、作品の半ばまでいかにその女方の万菊が魅力的かの説明です。三島由紀夫の美的感覚がじゅうぶんあらわれているところです。歌舞伎や能をテレビなどでしか見たことのない私はその舞台や俳優の醸し出す魅力に触れたことがないので、そんな感じを受ける人もいるのかと知るばかりです。さらに、作者部屋など舞台裏での女形俳優の立ち居振る舞いについてもどんなものか知ることもできます。

 作品半ばから、正月興行の演目が取りざたされ、新劇作家の作品が取り上げられることになります。劇作家の出した条件によって、演出家には川崎という人が新しく参加することになります。増山は彼の演出する作品を見たことはなかったのですが、某新聞社の演劇賞も受け評判は聞き知っていました。そして、増山は重役の方針によって楽屋の事務を支配する役を仰せつかり、仕事に充実感を感じてきます。

 川崎は、ありきたりの新劇青年そのままの格好ではじめての打ち合わせ会に遅れてあらわれ、入魂の劇作家ばかりに目を向けています。万菊には敬愛のまなざしを向けます。万菊もこの『とりかえばや物語』の権大納言の子の役を演じることになります。ここで、作品中「立役」という言葉が出てくるのですが、これはどうも、女の姿をしていた人が、実は男だったということで最後男性の姿で演じることをいうようです。劇の中で演じる役と、万菊のじっさいの舞台が二重になるということです。万菊もこの役に大いに興味を持ちます。
 川崎は思うように演じてくれない周囲の人とうまくいきません。そのことを万菊が気の毒に思っていることが増山に打ち明けられます。万菊の川崎への恋心は弟子たちの間でささやかれ始めました。
 そして、連日の『とりかえばや物語』は好評でした。

 万菊が増山に、「今夜ハネたらご一緒に食事がしたい旨を川崎に伝えてほしい」と伝えます。川崎は行きたくない様子なので、増山の「君、いい機会だから歯に衣消せないで君の言いたいことをみんなぶち明ければいいじゃないか。君にはそんな勇気がないのか」と言われ、「お受けします」と伝えてくださいと招待を受けます。二人して出かけていきます。その二人の姿に、増山は嫉妬を感じるところで作品は終わります。


この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
『憂国』
2020/11/04(Wed)
 三島由紀夫著 『憂国』 を読みました。
 集英社の日本文学全集82巻『三島由紀夫』に収録されている作品です。

 昭和11年2月26日の、2・26事件を受けて、3日目の2月28日の夜に割腹自殺をした、新婚間際の近衛輜重(シチョウ)兵大隊勤務竹山信二中尉夫婦についての短編です。

 この事件について、詳しい情報を得ることができることを期待して読んだのですが、それについては期待はずれでした。
竹山信二夫婦は結婚した夜、軍人として、明日にでも腹を切らなければならないことがあれば潔く腹を切る覚悟を、お互いが確認しての美男美女の夫婦です。理想的な結婚生活がはじまり、お互いの信頼と愛情を確認できるようになって間際に2・26事件が発生します。事件を起こした軍人には竹山信二の友人3人が含まれています。自分を誘ってくれなかったのは自分たちが新婚だからだと思っています。そんな彼らを成敗する役になることができないための割腹自殺でした。
軍人は国を守る憂国の士らと思っていましたが、そんなきっかけでの切腹なのかとがっかりします。これは憂国というより単なる武士道かもしれないともも思えました。
 読み終わるころ心配したのは、割腹自殺をして部屋を地に染めた家は、仲人が新婚生活のために世話をしてくれた貸家でした。
 大家さんへの迷惑は考えないのかとそこが気になって一人で大笑いをしました。

 ブログへの記録をしないままの読書について付記しておきます。
 集英社の日本文学全集82巻『三島由紀夫』では、『潮騒』に続き、『中世』・『頭文字』・『美神』・『詩を書く少年』を読み、そのつづきの短編4作をとばして『金閣寺』を読みました。論理の展開が普通でないので読むのに苦労しました。理解できたかどうか疑いを持ちながらの読書です。読んでいるうち、この本をすでにむかし読んだことがあるかどうかも疑わしくなりました。解説を読んだりして、そして、図書館で、大活字本シリーズの『金閣寺』をかりて再度読みました。2度目はかなり落ち着いて読めた気がしました。この大活字本シリーズの『金閣寺』での解説は、まだ三島由紀夫が存命で、『宴のあと』を連載している頃書かれたものでした。
 つぎに同じ金閣寺の焼失を扱った水川勉の『五番町夕霧楼』を読みました。これは夫が取り寄せてくれた本でしたが、この五番町夕霧楼の女主人かつ枝の従業員への考え方については昭和25年ころだというのに非常に民主的であることに驚きました。水上勉の作品は落ち着いて読めました。『金閣炎上』は近々届く予定だそうで楽しみにしています。


この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン |