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『思考の整理学』
2021/01/17(Sun)
 外山滋比古著 『思考の整理学』 を読みました。
 この本は223ページのうすい文庫本なのですが、今の私にとってこの読書は実用的なので時間がかかりました。
 今の私というのは、年末から家のなかを使いやすいように整理しています。
 このことは私にとっては大事業です。
 なぜかというと、私は掃除は得意ですが、整理整頓は苦手なのです。納める場所をきちんと掃除して、きれいにしたものをきちんと収めるというのはどうにかやっていますが、整理にはなっていないというのがこれまでの人生でした。整理整頓が苦手なのです。
 今では老夫婦が一日中家で過ごすという生活がしっかり板についてきました。それで思い切って整理を始めました。まず家具は動かさないままで、収納するものを使いやすい場所の物入れに整理することにして、まずは自分の衣服の整理、家じゅうの自分の衣服について整理整頓する。夏服は袖なしや半袖はすべて破棄し七分袖から残す。次に夫の衣服の整理、当然衣服以外のものも整理されていきます。ここらあたりで整理することがだんだん楽しくなってきました。私にとって今までできなかった頭脳労働がです。
 そして、図書の整理。我が家では一番量の多いものですし、一般図書を著者の名前をあいうえお順に・・・・そんな時見つけたのがこの『思考の整理学』です。

 著者は、大学の先生です。学生が卒論を書くにあたって先生に相談に来ます。そういった学生へのアドバイスから始まって、このような著作、あるいは寄稿文、講演などについて、どのように思考を整理してやっていくかということが語られてあります。資料の集め方、それの醸成のさせ方・・・・。これが家の整理に役立ちます。

 やっている整理が大切と思えたことに、こんなことがありました。12月に100分de名著で高樹のぶこさんの『伊勢物語』の解説を聞いて、彼女に大いに関心がわき彼女の本が読んでみたいとしきりに思っていました。ところが本の整理中、彼女の芥川賞受賞作品『光抱く友よ』がありました。すでに読んでいて2013年の8月にブログ記事を書いています。みどりさんとコメントでその感動を分かち合ってもいます。もし、この度のように本箱に意識して整理しておけば、ここまで忘却の彼方に飛んではいないはずと思えたのでした。ブログを書くよりも読んだ本が何かの塊に見えずに、それぞれが語りかけてくれるような収納の方法があるのではないかと思えるのでした。またブログに書いてしまうと忘れやすいということも『思考の整理学』によって考えさせられます。隣のご主人に頂いた日航機123号の墜落事故についての分厚い本の2冊はブログに書かずにいるせいかいまだに心の中にしこりのように残っています。少し考え方が変わってきそうな我が家の整理事業と読書でした。

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「道楽と職業」
2021/01/04(Mon)
夏目漱石著「道楽と職業」を読みました。
 『漱石全集の第二十一巻』の 二番目の作品です。
 この作品は、―明治四四年月明石に於いて述―とあり、明石での講演記録です。
読み進むうち、12月に松井卓子さんが送ってくださった「漱石と広島」の会の会報10号・11号を読ましていただいたなかの、「研究者・批評家から小説家へ―夏目漱石『夢十夜』(第十夜)の意味するもの―」と題した宇野憲治先生の寄稿を思い起こし、いつもより、違った感覚で読むことができました。

 宇野先生の寄稿では、夢十夜の登場人物の庄太郎がついて行った女性に底の見えないところに飛び込んで御覧なさいと言われ、飛び込まないと豚になめられますよといわれ大嫌いな豚ではあるが、命には代えられないと飛び込まないでいると豚がすり寄ってきたので、庄太郎は杖で豚の鼻頭を打った。豚はぐうと倒れて絶壁から落ちていった。次々と出てくる豚はこうして絶壁に落ちていったがだんだん手が蒟蒻のようになってとうとう豚になめられてしまったという夢について、このことは、女性を眺めていただけだったときから、ついて行ったとき、すなわち、研究・批評していただけから、小説家になったことで、仕事に対して過労死することを重ね合わせている夢ととらえられてのことでした。

 漱石は、「道楽と職業」で職業は他人本位でやらないと金にはならない。自己本位でやれるのは、哲学か、研究者である博士か芸術家であるが、最後に、自己本での文芸家について述べているところが宇野先生の寄稿の内容と重なり合ってくるところが面白く感じたのです。

 朝日新聞主催と思えるこの講演では、さすがに自分には社から、作品数のノルマや、読者の気をひき売り上げに貢献するような作品をとの注文が課せられてはいないと言いますが、実際には、数年のうちにはだんだんその重圧に襲われていくことは確かであったと思われないでもありません。


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『芸州新庄紀行』
2021/01/01(Fri)
桂主馬著 『芸州新庄紀行』 を読みました。
 松井卓子さんが12月に郵送してくださったものです。
 「通史会」をお休みしたので、「次から読むことにした古文書よ。」と、「広島と漱石」の会の会報と一緒にていねいに送ってくださったのです。
 その古文書と、古文書の読み下し文を活字印刷してあるものです。
 古文書は非常に読みにくく、最初は両方を見比べながら読むつもりでしたが、私には大変読みにくくお手上げで、読み下し文を読みました。本文を理解するために読むのですが、できるだけ本人がこういった音で口ずさみながら書いたのではないかということを考慮して読んでみたので、最初のほうは何度も読み返しました。

 ≪この芸州新庄紀行は、この本文其の他の文書の内容から見て、岩国藩吉川氏の筆頭家老桂主馬が、江戸中期、主家の命を受けて、先祖墳墓の地 秋の国新庄に墓参旅行をした報告文である。・・・・・≫

から始まる、この古文書の位置づけが丁寧に検証して記された活字文もつけ添えてあります。

 ゆく道々、馬子や、ところの年寄りなどに、毛利氏と陶氏の1554年前後の古戦場のあった場所などを聞いて、先祖への思いにふけっていると思えるところが何か所かあります。

吉川家のご先祖の地新庄での万徳院跡や海応寺などは、私も近年夫につれられて訪ねたことがあり、山奥なのに道路も整備されていたのに驚きながら吉川家の広島時代を懐かしんだものでした。

 また、この古文書と符合する書物として、吉川家次席家老香川正矩・景継父子による1695年の『陰徳太平記』が紹介されています。香川といえば、我が家にある『松陰逸話』という本の作者が香川政一という人だったことを思い出します。このブログに2010年11月と2019年5月と、2度記入していました。この香川政一著の
『松陰逸話』は山口県にも2冊しか現存していないことをどこかで読んだ気がして大切にしています。


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