「山姥夢の記」
2017/05/12(Fri)
 まったく今日が何日の何曜日かわからなくなるほど疲れています。
 いまの季節ほど勉強に適している季節はありません。
 4月の18日から、近所の加川さんに教えを乞うて、20代の半ばにやっていた古文書の勉強を始めました。
 やってみようと思い立ったのは「広島ラフカディオ・ハーンの会200回記念大会」に参加した夫が、中国などのように、自国の国語を単純にした国などでは、学力が急激に落ちて行っているという現状があると聞いてきたことによるものです。 それなら、自分が以前20歳代のとき一度手がけていた古文書を教えていただこうと思い立ったのです。
 加川さんは、歴史ある可部公民館での古文書解読研究会の中では、一番よく読める人として、紹介を受けたことのある人です。 テキストとするべき古文書の写しが手元にすこしある中で、話し合って、美しい文字で書かれていて一番読みやすい『家道訓巻の一』を読むことにしました。    
 最初は加川さんに確認を取りながら、くずし文字を読みあげて原稿用紙に書き、読めないところを教えていただき、古文書辞典で確認をして、書き進めていきます。見ていただきながら書きすすめていくのが精いっぱいでしたが、家に持ち帰って復習をする中で、書かれている内容がすこしずつその文脈から理解できるようになってきました。いぜん習っていたときは、下野家の印が押されていたので、講師的な役割もされていた下野さんの家に伝わる「下野家の家道訓」なのかと思っていましたが、四民すなわち士農工商のそれぞれへ、武士たるものはからはじまって、商いを営む者はとあり、すべての家業への家道訓ということがわかってきます。その中でも、貧しき者・富める者ともおおよそ人としての守るべき道、家を保つべき術が丁寧に書かれているのです。
 そんななか10日、西条駅から竜王山に登って、帰りに「賀茂泉」で、酒造りについての資料をもとに解説をしていただき酒作りの見学をさせていただいたあとお酒もたっぷりいただき、帰って7時頃から爆睡.。この家道訓は明恵上人の「あるべきようは」に心酔していた北条時宗が作った貞永式目ではないかと思いついたところで目が覚めました。朝かと思ったら、22時でした。あわてて「貞永式目」の内容について検索してみました。別名「御成敗式目」というほどあって、読んでみると裁判長の判決の参考になるような内容でした。これがけっこう現代でも通用する部分が多いのに驚きましたし、「家道訓」も、結局いつの時代でも家庭が崩壊しては国はおろか人類も・・・との勉強でした。
 今日も、南原の駐車場からとおく可部冠登山口まで歩き、さらに可部峠まで延々歩いたのでくたびれは並みでなく、これから爆睡して、頓珍漢なお告げの夢を見そうです。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『文鳥』 | メイン | 『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/1001-89f1fb84

| メイン |