『すみよし 小泉八雲の遺稿「おばあさんの話」』
2017/05/16(Tue)
 風呂跫先生寄稿の『すみよし 小泉八雲の遺稿「おばあさんの話」』を読みました。
 偶然、森脇宗彦宮司の「働く」という記事、≪日本人は、神話にみられるように働くことは、苦役ではなく、神事の延長と考えている。≫という記事と呼応するかのような「おばあさんの話」を平川祐弘編『明治日本の面影』で読み返しました。
 私もちょうどそのおばあさんと同じ年齢です。ほんとうに、こんな風に生きていけたらどんなに毎日寝覚めがいいでしょう。ところで平成のおばあさんは、定年退職をしたいまでは、黙っていても5時前には目が覚めて、今日の予定を確認し、家事についてしようと思うことをメモ用紙に書き込み、その中から優先順にすることにしています。夫に朝ごはんの希望を聞いて、朝食をとり、ごみを出しにいって、近所の年寄りが重いごみを持っておられれば、自然に受け取って、出しておいてあげる。帰って水筒にお茶を入れて、裏山に上る。10時30分ころ帰ってきて、昼食の準備をする。早めに食べて、本を読む。たいてい眠くなるので、そのときはメモ用紙の書付を見て、何か用事をする。これの繰り返しで、夕ご飯を食べてまた本を読む。これを生活のベースにしておいても、たいてい何かあってこうはいかない。でも、ベースがあるので、何をしようかあちこち出歩くこともない。平穏で幸せな日々です。この平穏で幸せな日々というものを日々確認することは大切です。この状態が崩れたとき、幸せを見失わないために。生まれ変われば、またそこで、このような平穏な幸せを紡ぐすべを見出せるでしょう。
 文中『むじな』について≪八雲は当初「かわうそ」というタイトルを考えていた。それを「むじな」に変更したのは、“顔なしの怪物なら狢(むじな)にきまっちょる!”と断じた稲垣トミの言葉がきっかけであったと謂われている。≫と書かれているところで、最近大笑いをしたことを思い出しました。 近所の加川さんのお宅で、辞書などをいっぱい広げての古文書の勉強を終えたとき、獺祭が美味しくてたまらなかったという話をいたしました。「獺祭って!」とたずねられ、「ええーとダツはなにか動物の名前なのですよ。ダツって読む動物なのですが」というと、「ああ、かわうそね」といわれ、「ええ、何かそんな・・」と漢和辞典で引いてみますとやはりそうでした。この獺という漢字にひとつだけ熟語があります。それが【獺祭】でした。意味を読み上げました。①かわうそが、自分の捕らえた魚を、祭りの供え物のように並べたてること。②詩文を作るとき、多くの参考書を広げ散らすこと。また、故事を多く引くこと。③唐の李商隠の呼び名。
 ちょうど私たちもいろんな辞書を広げ散らかして古文書の解読をしていましたので、「まさしく私たちも獺祭ですね」と大笑いをしました。
 ついでに、風呂先生が、この『すみよし』と一緒に下さった「正岡子規展」のパンフレットには、裏面の、岩波書店の広告に、正岡子規著『獺祭書屋俳話・芭蕉雑談』があります。是非拝して読みたいと思いました。
ちなみに、私の庭には夜中にときどき狢が訪問します。これは、穴の掘り方に特徴があるのでわかるのです。小さい穴を手元に土をかき寄せるように一方向だけにかき寄せているのが特徴です。穴の狭いほうの直径はきまって10センチくらいです。


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