『小泉八雲の社会思想』
2017/06/08(Thu)
 穂積文雄著 『小泉八雲の社会思想』 を読みました。
 夫がネットで見つけて取り寄せてくれました。
 昭和24年11月 有斐閣発行のものです。200ページで、大方30パーセントが八雲の原文の英語で、これは訳だけを読みますのでとっくに読み終わっていいようなものですが、穂積文雄氏の文体が読みづらく、階下の座卓で読み進めている、貝原益軒の家道訓のほうがずっと古いものなのに変体文字さえよめればまだ読みやすいと思えます。
 「むすび」で最後の8章までの要約が試みられているので、ざっと引用します。
1、小泉八雲は貧困にさいなまれ、世の辛酸をなめた。
2、そのため世を厭い憤る。特に人の利己心と産業主義を憎み厭世逃避に至る。
3、しかし彼は思いやりの情が厚く弱きもの虐げられた者の味方であった。
4、そこで世からの逃避でなく改良を思いよりよい社会を志向することになった。
5、彼は深くものを考える人で、とくに想像力の豊かな人だった。
6、そのことは、彼がユートピアンへの志向に関心を持つ。
7、しかし、スペンサーの進化論への傾倒によってユートピアンにはならなかった
8、進化論は将来社会を現在社会の必然的産物として把握し社会主義社会到来は必然であると認識した。
9、しかし、社会主義社会は自由が抑圧され、奴隷国を見なければならないと考えて反対であったが、社会主義社会は自由の社   会到来への過渡期的なものととらえていた。
10、彼の言う自由の社会は人類の完全化を前提としたが、彼は、人類の完全化を進化論の立場から、論証し肯定しようとした。   よって彼は論理上に於いては、ユートピアンへ逆転することから免れることができた。
 人類の完全化を具体的に述べたものとして、『怪談』のなかの「蟻」が引用されています。
 蟻は生まれながらにして完全に「無私」であり、「利己」がそのまま「利他」であるような社会を作り上げた。個々の蟻はすべて「自分の属する社会、種族の繁栄」のみを至上の目的としており、我欲をまったく持たない。人間にとっては最も抗しがたい欲望であり、そして人間をいずれ破滅のふちに追いやるであろう「性欲」すら、特定の個体に生殖行為を一任するという形でコントロール済みである。ただ一時の生殖行為のためにのみ雄の個体を生み出し、雄は女王蟻と交わって卵を産ませた後はすぐ用無しになって死ぬ。このような、「完全なる無私にもとづく社会秩序」を理想として提唱し、人間はいつの日か蟻のレベルにまで進化できるのかと問いかけます。このような社会が人類の完全化からだというのです。
 小泉八雲の社会思想が、彼の経験から、発生したものであることを思うとうなずけるのですが、八雲亡き後、いろいろな社会思想の成り行きや、実践を経験した私たちからすれば、私のようにずば抜けた才のないものでもそれぞれの個性が花開くことのできる社会も理想とされるのではないかと思えます。
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