第203回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2017/07/03(Mon)
 7月1日(土)、第203回「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加いたしました。
 体力の衰えを感じながらの出席でした。
 おなじく、体力に自信のない夫もしんどいしんどいといいながら、風呂先生と会えるのを楽しみに参加しましたので、少し元気が出ました。
 当日は、古川さんのイギリス旅行(B・ポター、W・ワーズワース、L・ハーン、W・シェイクスピア4人の英語作家を訪ねて)、ケルティック能「鷹姫」公演鑑賞のお話がありました。
 イギリス旅行!! 何をお聞きしても初耳のことばかり! どんな写真を見せていただいても始めてみる写真!といった具合で、興味深く聞かせていただきました。
 ハーンが13歳から17歳までいたイギリス本土東北地方のダラム市近郊アショーにあるカソリック系セント・カスパート神学校の校舎やチャペルや寮そして左目を失明するにいたった校庭の映像。そして左目に当たった器物の写真は衝撃的でした。
 ケルティック能「鷹姫」については、そのあとの風呂先生の補足の解説もありましたので興味を抱くことができました。
 引き続いての風呂先生の「雪女」での説明では、キーワードを英文で紹介してくださったくだりで、やはり、原文での直接の読書によって得る作品への理解について考えさせられました。そのことを念頭において、作品への理解が訳す人によって違ってくるかもしれないと、帰って、家にある、平川祐広・上田和夫・諸兄那香三氏の訳で、そのキーワードの訳を読み比べてみました。
 それにしても、ひとつの作品を中心にその解釈をいろいろと聞いてみることで、自分の読みの浅さや、理解の浅さに気付かされ大変勉強にもなるし、楽しいことだということを改めて感じ、充実した時間をすごさせていただきました。
 ハーンが装飾的な文体から、日本に来てその誤りに気付き、表現の単純さ、平易な文体にたどり着いたことを話されたとき、数日前、日夏耿之介の訳で Edgar Allan Poeの『大鴉(オオガラス)』を理解できないまま繰り返し読んでおりましたので、私なりに感覚的には納得できたのでした。
 私は、4月から、古文書を始め、大方の時間をそれに費やし、ハーンから遠ざかっていました。しかし、この古文書の学習に、もう一人古文書をやる人を誘い入れたことで、意外な発見がありました。加川さんに二人で教えてもらっているなかで、この新参者は自分の古文書への取り組み方に主張があり、それに従って数回やっているのですが、そのことについて加川さんから疑問が出てきました。彼女の取り組み方が、本当に彼女への効果があるのかという疑問です。そのことを考えていて、ふと、英文に堪能な会員で構成されているハーンの会にいる私の学習方法がいかがなものかという疑問がわいてきました。
このたび、風呂先生のお話を聞いて、私なりに考えました。試しに、わたしの古文書への取り組みかたと同じ方法で「雪女」に取り組んでみました。
 これが結構楽しくて、嫌いなものの学習方法と、好きなものの学習方法を知らず知らず差別していた自分に気付き、英文さんごめんなさいといった気分です。
 まだ、三日坊主の三日目ですが、稲垣先生からいただいた愛のジュースを飲んで三日坊主を三日おきにやって、しばらく拙いながらがんばるつもりでいます。


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