『この世界の片隅に』
2017/07/08(Sat)
 こうの史代原作・片淵須直監督 映画 『この世界の片隅に』 を先日の七月二日(日曜日)に、夫と二人でサロンシネマに観に行ったとき、夫が購入していたものを見せてくれたものです。
 外出の苦手な私は、家でやっていたことの続きが頭の中からなかなか消えず、外出は、夫についていくだけで家で横たわっておぼろげになにか空想している延長線上のように思うことがあって、そのときもそんな感じでしたが、夫は、映画館の食べ物を買って食べ、このようなものを見つけて買ったり、トイレを案内してくれたりします。
 いつも映画に連れて行っても寝てしまうと夫に言われ続けていますが、このたびは映画に引き込まれ、最後まで観て、映画館を出てもそのあとのすずの生活を空想したりしました。
 映画でわからなかった部分を夫に聞いたり、夫の問わず語りの映画の感想を聞いたりしてるうちに、映画への見所の違いに驚きもしました。
 そんなことから、帰ったらはやくこのパンフレットを読もうと思っていたのに、やっと昨夜読み終えることができました。
 主人公のすずは、昭和元年くらいに広島市の江波で生まれて、終戦の前年、19年2月に呉に嫁入りします。まったく知らない土地で、やっと自分の住む呉の町の地理が理解できるようになったかなという翌年の6月に時限爆弾の爆発に遭い、右腕をなくします。一緒にいて、右手をつないで逃げていた夫の姪のはるみは死んでしまいます。夫の姪のはるみを守れなかった苦しみと、右手を失った苦しみから、実家に帰ろうと決意します。身支度や荷造りを手伝っていたはるみの母親のけいこが、はるみの死を責めたことを謝ると、やっぱりここにいさせてくださいと二人が抱き合うシーンは、一緒に戦後の苦しい生活を戦っている同士としてもう何も失いたくないとお互いを求め合う気持ちに、強く胸打たれました。
 ≪本作同様に、太平洋戦争の終戦にいたる時期をメインにした映画は多いが、一般にネガティブで暗い側面が強調される。そうすると観客と隔たりのあるものにも見えかねない。しかし、確実に存在していた「人と世界」を「生命をあたえられた柔らかな絵」に置き換えて、大衆的な生活にフォーカスすることで、より身近なものとして体感できるのではないか、そんな意欲が本作には感じられる。≫と氷川竜介氏のコメントにあるとおりであり、一方
 ≪連載当時の2007年~2009年に比べると今は、世の中が「風化しそうなものを語り継がねば」という気分よりも、むしろ新たな戦争に近づいている気がします。ともすれば戦争もやむなしと考えてしまう時、想像を巡らせるきっかけくらいにはなるかもしれないです≫という原作者こうの史代のコメントに人の心の近いものの両面を見た気がしました。
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