『鷹の井戸』 ㈡
2017/07/11(Tue)
 ウイリアム・バトラ・イエーツ著 松村みね子訳 『鷹の井戸』 の続きです。
 ㈠で、「鷹の井戸」についよくわからないまま記録しましたが、㈡では、本の最初の「カスリイン・ニ・フウリハン」という作品について記録します。
 この「カスリイン・ニ・フウリハン」という物語は、タイトルについては読んでいく途中で登場人物の老婆であることがわかります。
 舞台は1798年のキララに近い農家の内部とあります。
 登場人物は、ピーターというギレイン家の主人と、その妻、長男と次男の息子二人、貧しい老婆、近所の人たちです。
 ギレイン家では、外から何かわからない喝采(はや)しの声が聞こえてきます。
 夫婦は、なんの喝采しだろうといぶかりながら、長男の婚礼の準備をしています。
 そしてもうすぐ、長男のお嫁さんが到着するのを待っています。
 夫婦は、自分たちが結婚したときはお互い貧しかったけれど、長男の嫁の実家から、多額の持参金を調達できたことに、満足して会話をしています。
 そんなところへ老婆が尋ねてきます。
 貧しそうな老婆に、食べ物やお金を恵もうとしますが、このようなものはいらないといいます。そして、長男を自分の身近に寄せ付けて話をします。
 夫婦は、この老婆について、「正氣だらうか? それとも、この世の人ぢやないのかしら?」と、疑問を持ち始めます。
 夫婦は、この老婆に彼女のことについていろいろ訊ねます。
 彼女は美しく広大な土地を取られ、大勢の人が家に入ってきたので、こうして長い年月まごつき歩いているといいます。
 望みは、わたしを助けてくれるいい友達がいて、今来てくれているから、いっしょにそれらを取り返すことだといいます。
 ≪「わたしを助ける人たちはつらい仕事をしなくつちやならないよ。いま赤い頬をしてる人たちも蒼い顔になつてしまふ。丘も沼も澤も自由に歩きまはつてゐた人たちは遠くの國にやられてかたい路を歩かせられるだらう。いろんな好い計畫は破れ、せつかく金を溜めた人も生きてゐてその金を使ふひまがなく、子供が生まれても誕生祝ひの時その子の名をつける父親がゐないかも知れない。赤い頬の人たちはわたしの爲に蒼い頬になる。それでも、その人たちは十分な報いを受けたと思ふだらう。」≫といって去ってゆきます。その様子は、若い娘が女王のように歩いていたというのです。婚約者を待っていた長男も取り付かれたように後を追いかけて出て行きます。
 たどり着いた婚約者は、自分を置いていった彼を嘆きます。
 こんなお話です。
 
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