『100分de名著 野火』
2017/08/08(Tue)
 島田雅彦著 『100分de名著 野火』 を読みました。
 もちろん、『野火』は大岡昇平の作品です。
 若い頃に読んだもので、こういった太平洋戦争の従軍記を読んでいる頃は、どんなにつらい話も過去のこととして読んでいたのですが、昨今の政治家の国有地の私物化状況などみていると、国民である私たちも私物化されるような気配も感じられてこのような話も過去のことだと思えなくなっています。
 しかし、この作品は反戦が目的ではないと解説されています。
 大岡昇平は、当時としては、経済的にも十分裕福で、高等教育を受けるなかで、スタンダリアンとして、スタンダールの『パルムの僧院』『赤と黒』『恋愛論』を訳し、『我がスタンダール』をあらわすほどにインテリでした。1944年7月35歳で召集を受け船でフィリピン戦線ミンドロ島に向かいます。44年12月には米軍が彼の軍務地に上陸、45年1月にはマラリアに罹り米軍の攻撃から撤退していく部隊から病兵として放置され、単独で山中を彷徨しているうちに倒れて気を失い、米兵に発見されて捕虜になりレイテ島タクロバンの俘虜病院に収容され、3月に一般収容所に移送され、8月の終戦、12月に帰国します。そのあと、37歳の時小林秀雄の勧めで小説を書き始めます。
 『野火』は、「私」である田中一等兵のモノローグによって語られる小説ですが、レイテ島で生き残ることのできた人から話を聞いての、フィクションです。田中一等兵は、肺病を患い病院に収容されますが、すぐに部隊に帰るように言われ、帰ると病院に無理やりおいてもらえ、さもなくば手りゅう弾で自害するよう命令を受けます。病院、部隊とも食料がないので引き受けないのです。食べ物を自分で調達しなければ生きていけず、原住民や米兵から身を守り、さらに死体の肉を狙わざるを得ない友兵からも身を守らなければならない状況で、死を目前に与えられた自由の中での思索です。
  第1回は、落伍者の自由
  第2回は、兵士たちの戦場経済
  第3回は、人間を最後に支えるもの
  第4回は、異端者が見た神
で解説されるこの『100分de名著 野火』を読み終わるか終らないかのうちに、本文『野火』も並行して読み始めました。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<第204回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録 | メイン | 『ちいさいモモちゃん』>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/1024-8bba295b

| メイン |