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「ある保守主義者」
2017/08/19(Sat)
 小泉八雲著 平川祐弘訳 「ある保守主義者」を読みました。
 何度か読んで、それにまつわるエピソードも多少読んでいるように思いますが、それによっての思いを抜きに、初心にかえって読みました。
 ここに登場する男性は武家に生まれ武家の躾を受けて、≪快楽は蔑視して見向きもせぬ、礼儀正しい、恐れを知らぬ、私心を捨てた人として・・・一言いわれれば躊躇せず即刻自分の命を投げ出す人、恩愛、忠義、名誉のためには自分の命を惜しまぬ侍として≫育ちました。
 成年に達しようとする頃、日本が太刀打ちのできない夷狄が黒船でやって来て日本という国家の一大事となりました。これら夷狄を駆逐できぬと知った政府は、彼らを保護し、あらゆる学校で西洋知識を学ぶよう命令を下しました。
 彼は、≪自己変革を遂行することによってのみ日本国家は自己の独立を全うしうる≫と考え≪自国の敵の真相を冷静に研究するのが愛国者たる者の義務である≫ことをわきまえて勉学に励みます。そして≪もし西洋文明の優越した力が真に西洋倫理思想の優越した性格を示唆するものであるなら、日本の愛国者たる者の明白な義務はこのより高度の進行を奉じ、全国民の改宗のために努力すべきことにあるのではないか≫との考えもあり、侍の子としての立身出世を捨て洗礼を受けキリスト教者になります。
 しかし、教義の内容を≪より幅広く、より深く掘り下げて考えるうちに彼は教義を超える自分自身の道を見出した。そしてキリスト教教会の教義の主張内容は真の事実や理屈に基づいていない、自分は自分の師がキリスト教の敵と呼んだ人々の見解に従うべきだと感じる、という宣言を公けにした後≫キリスト教から離れていきます。
 さらに政府の政策にも懐疑的になり、公然と反対の意を表し、国外退去の憂き目にあいます。そこから、外国放浪の旅が始まります。
 放浪中に西洋の優越性は倫理的なものではなく、それは数えきれないほどの苦難を経て発達した知性の力にあり、その知性の力は強者が弱者から略奪し破壊するために用いられてきた実態を知ります。≪そして禁欲的な武人の眼で物事を眺め、西洋人が人生において価値ありとするものが極東の人が狂気とみなし懦弱とみなすものとほとんど違わないことに驚きを覚え≫その醜悪さに、日本の文明の価値や美点に気づき、≪古来の日本の中で最良のものは極力これを保守保存し、何物でも国民の自衛や自己発展に益なきもの、不必要なものの輸入に対しては断固反対する、という決意で≫さらにそれを裏付ける≪自国の清潔な貧しさの中にかえって力を認め≫確信をもって許されて日本に帰る日を一日千秋の思いで待ち望む人になります。
 彼が日本へ帰国したことは、精神的な意味における日本への帰還をも意味していました。
 簡単にあらすじを追ってみましたが、この作品はハーンの作品の中では私にとって逸品中の逸品と思えます。
 当時の日本と、西洋の文化・文明をよく観察し分析してその本質が丁寧にのべてあります。その中のひとつ、宗教のもつ価値と、仏教とキリスト教どちらにもある非科学的な部分への解釈について≪中国哲学は、近代社会学が法則と認めている、司祭者層のない社会はかって発展したことがない、という考え方をすでに青年に授けていた。またかって仏教を学んだ彼は、仏教では、無学な庶民に対して比喩や形相や象徴などをいわば実際のこととして提示するが、そのような幻想や幻惑にも、人間の善性をのばす方便たり得るという正当な理由と価値がある、ということをすでに青年に納得させていた。≫とあり、このような仏教により深い共感を覚えるのでした。
 確固たる道徳心の上に立つ国家をいかに守るか。という課題を持ちつつ、近代化に向けて、進むべき方向性を提示する作品でした。


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