第205回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2017/09/11(Mon)
 9月9日(土)、第205回「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加いたしました。
 朝から、裏山登りを中止して、大洗濯をしたり、迷惑がる夫を尻目に家の片づけや掃除をしてお風呂に入ってさっぱりして、術後少しづつ調子を上げている夫と参加いたしました。
 会は、寺下さんの開会のことばの、寺下さんが翻訳された『神と黄金』の著者ウォルター・ラッセル・ミードが来日されるので面談をし、その報告を後日してくださるとのお話に期待を寄せるところから始まりました。
つづいて末国さんが、「イエイツと周辺人物(日本の能に至るまで)」と、「人物相関図」の資料を作ってきてくださり、その解説をしてくださいました。
 以前、古川さんが東京に能「鷹姫」を見に行かれた報告をされたとき、イギリスの脚本を日本の能で?とその結びつきを意外に思ったものでしたが、そこへ至るまでの人と人との交わりを感じる報告でした。
 風呂先生の『ある保守主義者』についての解説は、やってもやっても言いたりないというほどの熱のこもったものでした。
言ってみれば一言、西洋の近代化を取り入れることと引き換えに、日本の伝統ある精神文化を軽んじることの愚に警鐘を鳴らしているというものですが、当時そのことに確信をもって執筆することができたハーンの思考と筆に力を与えたものは何だったのか?
そして、イギリスやアメリカでのその出版が、以後西欧諸国の人々に与えた影響がどのようなものであったのか?

 少し前、何かでマッカーサーについて読んだことがありました。
マッカーサーは子どもの頃日本に来て、日露戦争に功のあった東郷平八郎などにも会っており、彼らの人物像に非常に感銘を受けておりました。長じて、太平洋戦争の時、マッカーサーはフィリピンで日本軍にひどい目に遭い、部下を置き去りにして逃亡せざるをえないという屈辱を味わったことがありました。それで戦後、日本にやってきたとき、日本人の持つ忠誠心や質実剛健的な生活信条など、日本人の良き特質をそこなわせるような日本経営をすることで、日本人を骨抜きにしてしまおうという怨念があったというような内容であったと思います。
 また古い話ですが、井上ひさしの著作によるものだったと思います。戦国時代、スペイン艦隊の一人が、キリシタン大名にスペイン艦隊をくっつけて、日本を統一させればいかが?とマカオの司令部に具申したとき、茶の湯などで日本人の武将などと深くかかわっていた司令部に、「あのように忍耐強い日本人に勝てるものか!」と一喝された場面があったことを思い起こします。司馬遼太郎によれば織田信長戦力は当時世界一だったとありますから、一概に精神力だけで量ったものでもないという思いもしますが、これら日本人をよく知る西欧人への日本人の精神力の脅威を思い起こします。
 それにしても当時、海外留学など渡航をした日本人は多くいます。私がひそかに興味があってほとんど読めていない、軍事力を背景にした帝国主義に価値を認めなかった南方熊楠 や、おくれて漱石、鴎外などあまたいるなかで、雨森の渡欧理由などの影響についてその特徴を見出す研究ができたらとも思っています。

 風呂先生の『ある保守主義者』についての解説は、次回にも引き継ぎますので今からワクワクしているところです。


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