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「高山城・新高山城」ハイキング
2017/09/15(Fri)
 9月13日水曜日 晴れ 中国文化センター前期第6回目の「高山城・新高山城」ハイキングに参加しました。
 集合は本郷駅に9時でしたが、夫が車で送ってくれました。
 夫はそのまま本郷の町を散策して、買ったばかりのお気に入りのカメラの試写で、待っていてくれることになりました。
 高山城から登ったのですが、山行計画書の内容に変更があり、下山道に計画されていた南斜面からの登山道の往復になりました。もともと、二つの山を登るのは体力に不安がありましたので、この計画変更は私にとってはラッキーでしたし、終わってみると参加者全員にとってもラッキーだったようでした。
 登山道の様子は、思っていた以上に様子が変わることがあります。引率の方が数日前、計画登山道を歩いて変更してくださったことに感謝するばかりです。
 高山城・新高山城ともに、小早川隆景の居城だったということで、私としては、ハイキングというより、歴史探訪という気持ちもあり、久しぶりに歴史小説『小早川隆景』など読んでの参加でした。
 しかし、兄の吉川元春の痕跡のように親しんだこともありませんでしたし、じっさい本郷という町で足をとどめたこともありませんでしたので、そんなに期待していたわけではありませんでした。
 ところが、新高山城は三原城ともに、2017年4月6日「城の日」に、財団法人日本城郭協会が、設立50周年の記念事業の一環として、日本百名城を発表しましたが、そのなかに含まれていて、その幟が誉れ高く役場にも飾られており、改めて町を挙げて史跡保存に力を入れておられる様子がうかがえます。
 ですから、両方の山頂の高山城跡・新高山城跡では、予想に反して歴史を確認することができました。とくに、新高山城では、頂上へ至る道々でも、鐘の段、土塁が今も残る3段の番所跡、匡真寺跡など、よくわかるように、草も刈りこんで、木もできるだけ生えさせないで整備し、道案内や丁寧な説明版なども設置されています。
 山頂からは、眼下に沼田川が濠のようにあり、天空にあって、周囲敵の動きは手に取るように掌握できそうです。
 隆景は300年以上の歴史のあった高山城から、新しく築城した新高山城に移るのですが、45年で城を取り壊して三原城に隠居しました。
 高山城を下山して、二つの城山の中央を流れる沼田川にかかる橋を渡って、新しく築城した新高山城登山口まで川に並行する道路をさかのぼり、また下山して、沼田川の流れを見ていると、まさに、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。・・・。」と、鴨長明のような気分になってきます。

 このハイキングでは、新高山城の中の丸のすそで初めて「テイカカズラ(定家蔓)」の種子を見つけました。あまりにも葉っぱが紅葉しているので、「テイカカズラ」かどうか不安だったのですが、帰ってネットで調べてみるとそのようです。福王寺でもたくさんの「テイカカズラ」はよく見るものの種子を確認できたのは初めてでした。
また、道々、「ひとつば」が、途中で二枚に分かれたのと、三枚に伸びたのとを見つけることができて楽しむことができました。

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