『山月庵茶会記』
2017/12/30(Sat)
 葉室麟著 『山月庵茶会記』 を読みました。

 暮れも押し詰まり、気忙しく正月の準備や片づけに忙しくし、目鼻がついたねと夫がいい、私は枕カバーなどの縫い物がもう少しで・・・とミシンと格闘していたとき、思いがけず、みどりさんから、たくさんの書籍が送られてきました。
 葉室麟の忠臣蔵を扱った『はなや散るらん』を読んでいる最中に、討ち入りの日が誕生日の従妹が亡くなり、悲しんでいたとき、やはり討ち入りの日が誕生日のみどりさんがコメントをくださいました。そのすぐあと葉室麟氏が亡くなられたとのお知らせもしてくださいました。そして、みどりさんのご主人が葉室凛の著書をたくさん読まれているとありましたが、思いもかけずそれらの本をご主人と合意の上送ってくださったのです。
 感激いたしました。それにしてもこんなにたくさん!!と思いましたが、まず大慌てで家事を片付けさっそく読ませていただき、作品に吸い込まれていきました。ご主人が、次々と読まれたというのがよく理解できます。

 ≪柏木靱負(カシワギユキエ)が九州豊後鶴ケ江の黒島藩へ16年ぶりに帰国したのは宝暦二年(1752年)正月のことだった。
靱負はかって黒島藩の勘定奉行を務め、4百石の見分だったが妻を36歳のおりに亡くした。子がなかったため、親戚の松永清三郎を養子として奥祐筆頭白根又兵衛の娘で家中でも美貌を噂されていた千佳と娶せ、家督を譲ると突然、致仕して京に上った。かって江戸留守居役を務めたおりから茶道に堪能だった靱負は、京で表千家七代如心斎に師事し、茶人としての号を弧雲とした・・・・。≫
から始まるこの時代小説は
 茶人として江戸でも有名になった靱負が16年ぶりに帰国した目的が、噂をとがめたために何も言わずに自害した妻への自責の念から、妻の真実を探るためで、そのために靱負は茶会を開いては、旧知の人から話を聞き始めます。靱負のその目的が広まると、彼がそれを知っていくことが、藩の機密が知れてはと、それを阻止するために様々なことが起こります。
 茶の湯の風景や、会話をしっとり感じながら読んでいたのですが、事件の進展に従ってそれどころではなくなって、結局、妻の藤尾が呼ばれていた茶の席で、夜幕府から藩に送り込まれている〈草〉と呼ばれる密偵が殺され、それを病死としていたことが露見されることによって、他にもいるかもしれない〈草〉に知れることで幕府が動くことが危惧されるとことの次第がわかってきます。だれがその〈草〉かもわからず、最後までどうなるのかと緊張して読みました。
 気持ちの引き締まる美しい小説でした。
 みどりさんとご主人様に改めて感謝をさせていただく読書になりました。

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コメント
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 素晴らしい読書力です。私など一冊二冊を一ヶ月も抱えている有り様、其の上しまいには嫌気がさして最終章は何だったかしら等と、うしろから読み直したりの連続です。来年はがんばろうと思っています。あかね様の類稀なる読書の数々、いつも感謝しながら読ませて頂くのは私の方です。来年も愉しみながら伺います。
 良いお年となりますように!!
2017/12/31 12:29  | URL | みどり #-[ 編集]
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私もこんなに読書が進むのは久しぶりです。
 難聴で、電話や来客も夫に任せ、おまけに得意のおしゃべりもこのたびの風邪の後遺症でできなくなって、読書好きが今の自分をやり過ごさせてくれています。こんな時にみどりさんからの「贈り物」感謝!感謝!です。
 ご主人ともによいお年を!!
2017/12/31 17:46  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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