『この君なくば』
2018/01/02(Tue)
 葉室麟著 『この君なくば』 を読みました。
 2015年10月初版発行の文庫本です。
 やはりみどりさんが送ってくださった本『山月庵茶会記』・『さわらびの譜』に続きます。
 先の2冊は、茶道、弓道という道・術という極める境地に心を据えて学ぶことのある作品でした。しかし、この本は、幕末の動乱期を描いた作品です。
 この時期の、多くの作品は、その動乱を起こした人、それを阻止しようとした人など、立場を持った人を中心としていて、維新の道筋が見えていく作品だったのですが、この作品はそのような人たちに情報も予知すらなく揺り動かされていった人たちの不安を描いていると言えます。
 読み終わった後、ほんとうに「動乱期」だったのだなーと感じさせる作品でした。昨日お互い同志だと思っていた人が、今日はその同志を切る。筋を通して生きていると思ってもいつ咎人にされるかわからない。訳の分からな理由がそうさせる。これから先の見通しがきかないどころか今がわからないといった不安の中に脱藩したり、藩の立ち位置もけっせられぬまま戦場に駆り出されたりします。

 そのような時期、桧垣鉄斎の此君堂(しくんどう)で国学と和歌を学んだ楠瀬譲(くすせゆずる)と、鉄斎の娘栞(しおり)の長くかかる結婚までとそれからの苦難の物語です。
 二人の関係を
 ≪此君堂の名は、『晋書』王徽之伝(おうきしでん)にある、竹を愛でた言葉の、
―何ぞ一日も此の君無かるべけんや
からとったもので、〈此君〉とは竹の異称だ。≫
 とあり、「この君なくば」という言葉で象徴させます。お互いがこれくらいの思いがあってこの時代を冷静に生き抜く姿を描いています。
 この読書記録を書きかけて、あれこれ用事ができ中断していました。こんなとき、家事をしながらふと作品について気づくことがあります。
 じつは、薩長土肥は江戸時代、密貿易で苦しい財政をやりくりしていたのです。その藩の富豪の商家は大名貸をするほどの者もいました。そんななか、幕府の開国によって、藩の公易による既得権を奪われることへの内向きの危惧があっての攘夷を主張していた人もいたのではないかと思ったことです。
 その、藩の違いによらず交易にかかわりのあった人となかった人との間にも情勢を見る目に大きな違いがあったことを思わされました。
スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(0) | TB(0) | ▲ top
<<『乾山晩秋』 | メイン | 『さわらびの譜』>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/1057-df1fd0fb

| メイン |