「雪信花匂(ゆきのぶはなにおい)」
2018/01/07(Sun)
 葉室麟著 『乾山晩秋』 のなかの四作目です。
 狩野派の絵師雪信の話です。
 狩野永徳の二男、孝信の子、狩野探幽が、後継者のなかで一番絵の才能を認め子供の頃から可愛がっていた女弟子です。
 雪信は、探幽の姪の娘です。
 1675年、俳諧師の井原西鶴が、平山藤五と名乗っていたころ、俳人仲間などとの、京の遊郭の宴席で見かけた、花魁の身につけている袷の、手書きでの秋野の模様に目をとめました。
 その絵を書いたのが、ちょうど離れた席にいる清原雪信だと花魁に聞かされます。
 天下一の絵師、狩野探幽の姪の娘で、しかも近頃評判の女絵師がどうして、「江戸」ではなくて、「京」に?
その謎が語られるのがこの作品の内容なのです。その話が終わると、
≪「なるほど、秋野にはそんな意味があるんや」…西鶴は大仰に言った。袷に手書きした女絵師の才能に目を開かれる思いだった。≫とあります。
 この7年後、西鶴が浮世草子の筆名をあげた「好色一代男」に、
≪白繻子の袷に狩野の雪信に秋の野を書かせ、これによせて本歌、公家8衆の銘々書き、世間の懸物にも稀なり、これを心もなく着る事、いかに遊女なればとてもつたなし、とは申しながら、京なればこそ、かほるなればこそ思い切ったる風俗と、ずいぶん物におどろかぬ人も見て来ての一つ咄しぞかし。≫と書いた1682年、雪信は39歳でこの世を去ります。

 私は、この「好色一代男」の引用をここに引いていて、この80ページに及ぶ雪信の話が「好色一代男」のこの数行に凝縮されてあらわされていることに、胸が打ち震える思いがしてきました。

 葉室麟の作風に魅かれて、作品群を読ませていただいているのですが、もしかして井原西鶴を読んで育った人たちが、明治28年ころ、女流作家の樋口一葉の作品を目にして、漱石にしても森鴎外などにしても今の私のように胸が打ち震えたのではないかと思わされています。

 狩野派は、探幽の鍛冶橋狩野家、その次弟尚信の木挽町狩野家、末弟安信の惣領家である中橋狩野家、さらには探幽の養子益信の駿河台狩野家の四家に分かれており、皆それぞれ幕府や大名、神社仏閣などに名を売り、仕事を請け合うために争っています。その争いに巻き込まれて、とくに、評判のいい雪信が嫉妬などの為に噂をたてられたり、兄の品行の悪さから京を出ていかざるをえなくなったのでした。しかし、江戸を出ていくときに、探幽のとこに詫びを入れに行くと、探幽は、評判を得るために書いたものは自分の書きたい絵ではなかった。自分が書きたい絵が描けないために、弟たちに厳しくしすぎ反発を買ったことがこんな結果になってすまなかったと自分のせいにするのでした。
 雪信と一緒に探幽の下で絵を勉強するうち、恋仲から一緒になった守清は、探幽から受け取った25両の餞別にそえられた、探幽の手蹟の短冊の歌を
―秋野には今こそ行かめもののふの男女の花匂見に
と読んで聞かせるのでした。

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コメント
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昔に読んだことですが寂聴さんが瀬戸内晴美として作家活動旺盛な頃、贅沢な着物を沢山作ったそうです。中に敬愛していた僧侶であり作家としても名を広めていた、今東光師による筆書きされた着物を纏うエピソードがあり、今回のあかね様の読後感から色々思い出しました。寂聴となる得度式に臨んで下さったのも、確か今東光師でした。50才過ぎての再出発でしたが、其の寂聴さんも92歳とか?感慨深いものがあります。
狩野雪信は39歳で亡くなったとありますが、惜しむべき人生でしたね。どのような作品が残っているのか全く知りませんが、狩野派の優雅にして耽美な幾つかの作品が浮びます。
昨年から半年ばかり美術館へは行けずにいましたが、絵画を観ることも大好きです。私は都会に居る者の有利さはありますが、何処へ出かけるにも出費が嵩み、音楽も演劇も遠のくばかりの昨今です。読書は家で充分楽しめますが、長く坐しておりますと脚や膝が痛み、戸外へ散策に出ることも私の今年の目標です。
 幸い本日も好天です。凍てた空気はありますが、これから坂を下り歩いてきます。
なお今年もあかね様の記す、豊かな読後感を楽しみにしております。
2018/01/07 10:03  | URL | みどり #-[ 編集]
- みどりさんへ -
 井原西鶴が
 ≪・・・雪信を追いかけて声をかけようか、と思った。雪信の話を聞いて書き残したかったからだ。(そやけど、書いてどないするんや。雪信はんの恋は、見事な花を咲かせたやないか。まわりの者は花の美しさを静かに見たらええだけのことや)西鶴はぐいと酒を飲んだ。わしが書くのは、色と欲とに振り回されて生き抜く俗にまみれた男と女の話やろうなー、と思った。≫
とあるところ、これをみどりさんのように踊りに昇華させたり、文学に昇華させたりが、著者、葉室麟の心意気とも感じています。
2018/01/07 10:36  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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