「あかねさす 紫野行き・・・」
2018/02/07(Wed)
 古橋信孝著 21世紀に読む日本の古典全10集の2『万葉集』を読み始め、最初のⅠ首です。

 「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」 額田王
                              (巻一・二十)
 というお馴染みの短歌の、解説を読んでいて、この1首だけでもまず記録しておこうと思いました。

 「茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流」

 これがもともとの表記だそうです。
 仮名がなかった時代、文字も文も中国のものしかなかった時代の工夫だといいます。
 音をさす文字、意味もさす文字を工夫して取り混ぜているといいます。
 ついさきまで読んでいた、江戸時代の古文書でも、平易な文章に「野守者不見哉」などの表記はこう書いていても普通に見えそうです。
 自分たちの意思疎通のできる言葉の音を、情景を思い起こせるような音と漢字に気持ちとを込めたのでしょうか。いつの時代も、若い人たちのあいだで、あるいは職場で、新しい表現や言葉が作られていきます。その先鞭がここにあるような気がします。
 万葉集は、雑歌(ぞうか)、相聞(そうもん)、挽歌という分類を基本にして歌を載せているので、その分類に従って、歌の意味を考えるべきだというのです。
 この「あかねさす紫野行き・・・」は、雑歌に分類されているのだそうです。雑歌は、天皇の歌、猟の歌、旅の歌、季節の歌、宴会の歌などで、この歌は宴会かなにかのふざけた歌だと分かるのだというのです。この歌と、つぎの一首

 「紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも」 大海人皇子
                             (巻一・二十一)
 とは秘められた恋の歌のように語られる説があるけれども間違いだと述べてあります。
 もしそうであるなら、天智天皇の妻のこの歌をだれが大海人皇子に伝えたのか。そうしてどうして書き残されたのか、これでは秘密でもなんでもないとも述べられています。

 別の本で、大岡信は、「あかねさす紫野行き・・・」の額田王の歌について、
 ≪天智七(668)年五月五日、近江の都から一日の行程の蒲生野に、天皇や廷臣総出の薬狩りが行われ、これは当夜のにぎやかな宴席で歌われた歌と思われます。「君」とは額田王のかっての夫であり、天智天皇の弟である大海人皇子です。そして、額田王自身は現在天智天皇の妃の一人になっています。三角関係の歌、と胸躍らせた読者も古来たくさんありました。語調もよく、色彩感覚豊かな歌です。≫
 と解説しており、「紫草の にほへる妹を」については、
 ≪額田王の歌に唱和した歌です。大胆率直な秘密の恋の告白です。目の前には、かってのわが妻をいまは妃としている兄の天智天皇もいるのです。事ずらだけ読むなら、なんという情熱、とうれしくなってしまう読者もたくさんいるはずです。しかしこれは、三人の関係を皆がよく知っている宴席での唱和だったことを考えにいれて読むべきでしょう。きわどい恋歌だから、いっそう宴の場を陽気に盛り立てたに違いない、魅力ある唱和でした。≫
 とあり、今までの想像とはずいぶん違って心に入ってきたのでした。

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