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「天離(あまざか)る ひなの長道(ながじ)ゆ・・・」
2018/02/08(Thu)
 古橋信孝著 21世紀に読む日本の古典全10集の2『万葉集』を読みました。
 さきの「あかねさす 紫野行き・・・」の続きを読み終えたのです。

 あらてめて、長歌、短歌、旋頭歌や、雑歌(ぞうか)、相聞(そうもん)、挽歌、東歌、防人歌や、枕詞、序詞などについて勉強できました。
 そして、漢詩を作り、おなじ情景を日本古来の発想を取り込んで、和歌で読んだものの例として、

 天紙風筆雲鶴(てんしふうひつうんかく)を描き、
 山機霜杼葉錦(さんきそうじょようきん)を織る
 〔天を紙にして風の筆が雲や鶴を描き、山を機にして霜の杼が葉や錦を織る〕

 経(たて)まなく 緯(きぬ)も定めず 少女らが 
              織れる黄葉(もみじ)に 霜な降りそね
 〔経糸も横糸も決めず、おとめたちが織った黄葉に、霜はおりるよ。〕

 をあげ、これらが双方とも、大津皇子の作で、中国の古典詩が、和歌に取り入れられて、新しい表現をきりひらいており、とくに四季の歌は、漢詩に発想を得たものが多いいと思われると説明されていました。

 タイトルにあげた、

 天離(あまざか)る ひなの長道(ながじ)ゆ 恋ひ来れば 
            明石の門(と)より 大和島見ゆ   柿本人麻呂

 は、ラフカディオ・ハーンの「ある保守主義者」の本文の冒頭に掲げられている、雨森信成の手になる文章と言われている、

 あまざかる 日の入る国に 来てはあれど 大和錦の 色は変わらじ

 という和歌の、本歌とも思える歌なので、強い関心をいだきました。
 旅には重要な場所があったといいます。陸の場合は峠、海では海峡、明石大門とあるように、これらは境界、国境だといいます。
 この歌の前には、彼が、旅に出る時からの歌が引かれていて、行きは、別れてきたときの生々しさ、我が家をはなれるさみしさを歌っていますが、帰りは、まず大和国を見るよろこびを歌っていて、その違いをうまく表現しているといいます。
 この歌の前後八首は、人麻呂が宮廷歌人のはじめとして、後の歌人たちの歌のモデルを作ったと説明されていました。

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