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『蜩ノ記』
2018/02/14(Wed)
 葉室麟著 『蜩ノ記』 を読みました。
 夫に内容を話すと、その話はテレビで見たことがあるといいます。
 最近は、なぜかテレビは途中で寝てしまいます。
 もし私もテレビで見ていたら、途中で寝てしまい、結末はわからずじまいだったのではないかと思うと、本でよかった!!と思うほど長く丁寧に書かれた小説でした。

 羽根藩の奥祐筆という役職であった壇野庄三郎は、城内で隣席のやはり祐筆の水上信吾に、墨を散らしてしまい怒った信吾に切り付けられて咄嗟に居合で彼の足に深手をおわせてしまいました。先輩の祐筆の機転で、切腹は免れるものの、家督を弟に譲り、城下からはなれた向山村で、幽閉されている戸田秋谷という人の監視と、彼が言いつかっている藩主三浦家の歴史を書きつける家譜の編纂の手伝いの為にそこへ行くことを命じられます。
 とはいえ、戸田秋谷がどのように家譜に書き記すのか報告をするようにとの密命も受けます。
 幽閉されている戸田秋谷は、7年前に、藩主の側室のお由の方が襲撃されたとき、彼女との不義密通を疑われて10年後に、切腹するよう命じられます。そして、その10年の間に、家譜の編纂をするよう向山村に幽閉されたのでした。
 幽閉暮らしは、夫は人に恥じるようなことはしていないと信じている病気の妻の織江と、16歳の娘の薫、10歳の息子の郁太郎との4人暮らしです。
 壇野庄三郎は、切腹までの3年間を監視をしながら、家譜編纂を手伝うことになるのです。

 壇野庄三郎は、この人たちの生活がわかってくると、この家では、下働きの人もいないので、まき割や、お風呂の水汲みを日課として手伝うようになります。戸主が切腹を言い渡されているにしては、皆落ち着いて仲良く暮らしています。また、秋谷が25歳から5年の間この地方の郡奉行だったことがあり、領内を丁寧にまわり、家族を諭すように農民に接していたために、周囲の人たちから慕われていろいろな相談も持ち込んできたり、食べ物も届けてくれたりするのでした。しかし農民の生活は厳しく、不作ともなると不穏な相談もあったりしてそのようなことにあたっての秋谷の清廉な態度に壇野庄三郎は、だんだん信頼を置くようになります。
 10年目の8月8日が切腹の日と決められているのですが、秋谷が、それまでの一日一日の暮らしを書いていたのが蜩ノ記でした。

 家譜を作っていく作業などに関するところを読むときは、、この前読み下した「理勢志」のことが頭をよぎります。岩国と竹原の国堺での長年の紛争や、庄原の一揆のこと、地場産業の藺草作りのことなどです。
 本当にいろんなことをよく調べて書かれた小説だと感心するばかりでした。
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