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「仁吉の仕置」
2018/03/07(Wed)
 澤田ふじ子著 『恵比寿町火事』のなかの「仁吉の仕置」 を読みました。
 今朝、夫と病院の帰りに図書館で借りたものです。

 このところ、古文書の解読をまた少しずつはじめました。
 『学頭智洞 三業惑乱御吟味誌』という古文書です。
 これは、≪享和3年癸亥(1803年)の7月、京都二条御公儀西御奉行所において御尋奉参上筆記≫という文章で始まります。
「問」「答」と、奉行所で聞かれることが、一問一答書かれているものです。
 私たちの住んでいる可部のお寺と本山とが、教義が違うことが発端で起こった騒動で、最後には築地の寺社奉行で裁断がおり、藝州高宮郡下中野村の勝圓寺隠居大瀛が勝訴したという筆記録です。
 この古文書をああでもないこうでもないと一文字ずつ読んでいるうちに、明治時代に速記法が伝わってきたと何かで読んだことがあるのに、どうしてこの一問一答の会話が残されたのだろうと疑問に思われてきました。
 若いとき、勤め先で議事録を和文タイプで打つことがたびたびありましたが、原稿は速記者が清書したものでした。そのことを夫に質問してみると、夫が、江戸時代には公事宿というのがあって、いまでいえば、そこは宿屋でもあるし、弁護士事務所でもあるし、速記録屋でもあったのだといいます。そのことを小説に書いたのが作家の澤田ふじ子だと教えてくれました。
 それで、とりあえず、古文書はそっちのけでこの『恵比寿町火事』読み始めました。これには六話あり、どの作品も、京都東町奉行所同心組頭の田村銕蔵と、公事宿(現在でいう弁護士事務所兼宿泊施設)「鯉屋」の居候で田村銕蔵の腹違いの兄の田村菊太郎、「鯉屋」の主で田村菊太郎を信頼し共に事件を解決する菊太郎の良き相談相手の鯉屋源十郎らにかかわってくるいろいろな事件の話です。
 「仁吉の仕置」は、仁吉という飴細工売りが、もと働いていた油問屋の跡取り息子を出刃包丁で刺すという事件についてです。仁吉は、父親がそこで働いていたのですが亡くなり、母親もなくなりして、この店で育てられ働いていたのでした。油問屋の跡取り息子は小さい頃から仁吉を陰湿にいじめていました。仁吉は、じっと我慢していましたが、そのうち悪いことも言いつけられるようになり、理由をつけて辞めていきます。息子が博打などに手を出して店が潰れ、主人は亡くなり、長男は江戸に出奔してしまいます。奥さんの生活だけは仁吉が見ていたのでした。奥さんのところへ様子を見に行っていたとき、江戸に行方をくらましていた息子が帰ってきます。母親が仁吉をいじめていたことも知っていて、母親が息子を刺します。仁吉はそれを止めに入り、さらに自分が罪を負おうとしたのでした。
 、そんなことをする仁吉ではないことが誰にでもわかっているところで終わるというものでした。

 当然、以後の奉行所の尋問などについてはないのが少し残念でした。しかし菊太郎たちの生活が情緒豊かに語られる部分が大変楽しく読めました。
 
 
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2018/03/10 11:40  | | #[ 編集]
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2018/03/10 11:42  | | #[ 編集]
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