『にたり地蔵』公事事件書留帳
2018/03/11(Sun)
 澤田ふじ子著 『にたり地蔵』を読みました。
 やはり図書館で借りたものです。
 この作品の前に読んだ、『恵比寿町火事』と同様、6話が収録されています。
 これまで、2冊で12話を読んだわけですが、よく次々といろんな事件について考えられるものだと感心しておりましたら、最後の「あとがき」に
 ≪この『にたり地蔵』は表題作をはじめほとんどが架空の話ではない。近年、起こった事件に基づいて書いた。「神戸 お地蔵さん誘拐 身代金30万要求 罰当たり」、これが表題作に用いた新聞の見出しだった。「おばばに茶碗」は、わたしの身辺の事実を基にした。「旦那の兇状」「さいごの銭」も、新聞やテレビ・ニュースに克明に目を通しておられる読者なら、ご推察できるだろう。≫
とあり、2002年7月10日第一刷発行となっておりますので、その頃の出来事のようです。
 事件は、いま現代の日々の事件を参考に、設定はお馴染みの公事宿「鯉屋」の居候、田村菊太郎を中心に描かれています。

 『学頭智洞 三業惑乱御吟味誌』という古文書は、遅々としてなかなか読み進めませんが、それでも、これも今読んでいるのが、1803年の京都奉行での吟味方(?)と、藝州高宮郡中野村という、この可部の同じ町内のお寺の大瀛という人の問答なので、この作品中、時々丁寧に説明されている当時の状況が、参考になります。
 まず、京都の東西町奉行所は、二条城の南西にあったといいます。この2つの奉行所が1か月ごとの月番制だったことがわかります。この作品では、その近くに公事宿がずらりと26軒あり、訴訟、当時の言葉で公事(出入物)を訴える人が、自分のお気に入りの公事宿へお願いに行き、目安(訴状)を書いてもらっていたのでしょう。訴えられた方も公事宿に自分で選んでお願いに行ったようです。お金にかかわる民事がほとんどだったようです。もちろん刑事もあります。これらの公事宿仲間の総代がこの作品では万屋平右衛門がやっており、彼の公事宿は、京都に屋敷を持たない大名の宿舎にもあてられていたようです。
 公事宿には、下代(げだい)、手代(てだい)、手代見習い、丁稚などがいます。
 手代見習いは暇を見つけては『公事問答算用衆』などを読んで勉強していたようです。公事宿は世襲制ですが、後を受け継ぐ人がいない場合権利を売り、手代見習いから、手代、下代となった人が権利を買って引き継ぐこともあるのです。
 下代(げだい)か、手代(てだい)だったかが、「問答書」を読んでいたという場面では、「ハイ!!わたしも問答書を読んでいます。」と云いたかったのですが、なかなかそうはいかないのが悲しいところでした。

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