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第211回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2018/03/12(Mon)
 1週間前、第211回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録を掲載したのですが、手違いで消えてしまってがっくりきていたのですが、やはり休むことなく参加した記念に書き記しておくことが、自分にとってとても大切なことだと思えますし、生前風呂先生も必ず読んで、時々それに応えてくださっていたことでもありますので、風呂先生にも喜んでいただけるよう拙文ながらしたためたいと思います。
 第211回の「広島ラフカディオ・ハーンの会」は3月3日のひな祭りの日でした。夫が早くから、私が喜んでいただいているからと、その甘酒を用意し、雛あられも準備し、たまたま気づいて買っておいた紙コップと共に持参しました。
 最初に風呂先生が亡くなられたことの報告がありました。私たち夫婦が見舞った2月16日からちょうど10日あとの26日だったと知りました。先生の手を取ると、見舞っている間中、固く握ってくださっていたのが最後でした。
 奥様は気丈に応対してくださいました。私は先生が「会誌」をつくると言われていた「ある保守主義者」のレポートを仕上げていました。仕上げる途中にいろいろ調べるうち、違った考えがわいてきました。それで、そのやり方でも書き上げて2通り書き上げていました。それを読んで大笑いしていただこうと思っていたのに先生の容態は、読んでいただくどころではありませんでした。いままた、別のことを考えています。そのためもあって、古文書の解読を机にしがみついて日々励んでいます。読み終わって、ことの次第がよく理解できなければどのようになるかわかりませんが、可部で育った先生にはこの可部町由来の古文書を通じてのレポートは深く感じてもらえると思えるのです。
  このたび会では、このレポートはゆっくり1年かけて書いてくださいとおっしゃってくださいました。落ち着いて納得できるまで勉強できそうです。

 会では参加者は14人と多く、最初に風呂先生が亡くなったことの報告があり、全員で黙祷をいたしました。
 哈爾濱大学の遺族会の報告や、松江の4月から12月にかけての不昧公イベントの紹介パンフレットの配布、富山のヘルン文庫を訪ねられての発表があり、ちょうど富山文庫ができるきっかけを作った田部隆次の『小泉八雲』を読んで、来日までのラフカディオ・ハーンの人生の側面にも出合って、深く考えさせられていましたので、今思い出すと、ヘルン文庫にスーッと引き込まれそうな心持にもなります。発表者の、とことんハーンに付合ってみようとの心持が伝わってきました。
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