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『三業惑乱』解読作業日記 2
2018/05/03(Thu)
 読み直し作業をつづけています。
 意外なことですが、このたびの作業が一味違ってきました。
 これまでの作業では、三業惑乱という江戸時代の大きな事件のいきさつばかりが私の興味の対象だったことに気付きます。
 しかし、これは、浄土真宗の宗意にかかわる事件で、二つの宗意がその是非を問うての事件です。
 新義方に対して、最後に勝訴した古義方の記録なので、そちらの宗意が丁寧に説明されています。
 そのくだりを読みこんでいると、浄土真宗の、殊に、蓮如上人の教えがよくわかります。
 蓮如上人は1415年に生まれた人です。1499年84歳で亡くなるのですが、その蓮如上人の手になる改悔文(領解文)が、私が育った実家で、農閑期など毎朝仏壇の前で手を合わせて称えた御文章です。大方今でも暗唱できそうです。

 ≪もろもろ(諸ヽ)の雑行雑修自力の心をふり捨てて、
 一心に阿弥陀如来、われらが今度の一大事の後生、
 御助けそうらえと頼み申して候。頼む一念の時、
 往生一定御たすけ治定と存じ、この上の称名は、
 御恩報謝と存じ、喜び申し候・・・・≫

 これを、この三業惑乱の古文書では、宗意として京都町奉行所で述べるところがあります。
 とくに、ここでいう「頼む」という言葉は和語、「信じる」という言葉は漢語、両方とも「信じる」という意味であるということを強調します。
 こちらから頼むでもなく、仏のほうから、後生は必ず助けてやるとおっしゃることをしっかり信じています。ですから、それへの感謝の気持ちで称名させていただきます。とでもいうのでしょうか。私流に平たく言うと、私がこの世で生かされているということを(実際生きているのですから)感謝します。なんといって感謝していいかわからないけど、南無阿弥陀仏と教えてくださったので、いつもその言葉で感謝の気持ちを表します。そして、皆が助けられている存在なので、お互いを大切に思って助け合って、後生を感謝の気持ちで過ごします。
 言い添えるなら、これによってほかの宗教について知る必要もなく、惑わされることもないことも幸いなことです。とわかってくるのです。
 これをよくよく考えていくと、この領解文は、自分自身の出離生死の意味を知るための取扱説明書だと気づかされます。

 5月3日、今日は憲法記念日です。日本の憲法の記念の日です。私たちが日本に住んでいる日本国民である以上、知っておくべき日本国の取り扱い説明書が日本国憲法だと考えることができます。しかし、この年になると憲法どころか多少の法律も了解して暮らしています。この取扱説明書による、取扱い間違いはあまりなかったように思います。変わると罪人になる可能性もあるかもしれません。どうか変更がありませんようにと祈るばかりの一日でもありました。

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2018/05/04 22:59  | | #[ 編集]
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