FC2ブログ
第214回「広島ラフカディオ・ハーンの会」参加記録
2018/06/16(Sat)


 6月9日(土曜日)、第214回「広島ラフカディオ・ハーンの会」に参加しました。
 当日今度は、夫が声が出なくなり、調子も良くないので一人で出席しました。
 参加者は14人でした。
 記録を書き置くのが遅れています。行事が少しばかり立て込んでいたのに加えて、私も体調を崩してしまい病院へかかったりして、書けずにいました。夫はケーキなどを買ってきてくれたりしながらも、古文書の「三業惑乱」に入れ込み過ぎるからだと苦言を言いますが、大好きな野菜の届け物も次々と重なって、その調理にもずいぶん手間を取られていたりもしていることもあるんだけど・・・。
 今になって会について思い出すのは、貝嶋先生の丁寧な翻訳で、「ある保守主義者」のを読み終えたこと、 末国氏の「影像で見るケルト」の発表が私にとってとても心に響いたこと、会が引けて駐車場で参加者の女性4人で、初めてハーンについていろいろ話したことです。
 貝嶋先生の丁寧な翻訳では、この講義を聞くのが20代の自分であったらとしきりに思われます。私のほとんど知らない言語で、ある映像に近づこうとする作業ですが、古文書に出合ったときがまさにこの光景でした。いま、40年近くのブランクを経て、逆に古文書の会に出てみると老いて解読を志す人もすこしおられ、その方々との類似点に思いをはせる昨今です。先生の説明で、他の人の翻訳でえがいた影像を思い浮かべて、私としてはすごい集中力で文字や音をたどります。
 末国氏の「影像で見るケルト」の発表では、その伝え方の巧みさに感動しました。
 アイルランドに留学されて学びながら感じられた、ケルト文化の持つ特性と日本人が古代より変わらず持ち続けている特性の共通点を、最近話題になった『君の名は』の表現の中に見出し、その部分の幾つかを丁寧に朗読してくださり、受講者の心の奥底に眠る日本人としての心に語りかけてくださいました。
数か月前、浮田氏の発表してくださったやはりアイルランドを訪ねての影像での発表によって、すこしその地方に具体的に関心が向き始めたときでもありました。さらに、先月配布してくださっていた、日本人がケルト文化に接して受け止めたことへの考査が学研的につづられている資料、吉津成久氏の 「環境と人間と文学」~ケルトと出雲を繋ぐ八雲文学の一考察~ を読みこんでいたことで、末国氏の研究環境が推し量られていたことが、つたない私にもよりいっそう感興を促したと思えます。
会が引けてのかえり、キャンバスの駐車場で会のメンバーの女性ばかり4人がハーンへの思いの立ち話になりました。
話題は彼の作品批評や思想をこえて、生身の男性批評の様相をなしてきました。なかなか女性研究者の男性批評は鋭い。しかし、その両面を見逃さない目を持ちつつというのも大切かもしれません。この方面での会話を楽しめたのも夫が欠席したからかもしれないと、ちょっと夫の欠席をありがたく思いました。


スポンサーサイト
この記事のURL | 未分類 | コメント(4) | TB(0) | ▲ top
<<「現代日本の開化」 | メイン | 『ペスト』>>
コメント
-  -
 しばらくお休みでしたが、お元気そうで安心致しました。
古文書解読には多くの体力知力が必要のようで、お疲れも溜まっていたことでしょう。家事も色々、梅雨時に限られた保存食作りなどにも時間が取られますね。私事ですが、今年は久々梅干つくりをしたいと考えていたのですが、本日は雨降りが強く、買い物どころではなく、数時間臥せてしまいました。持久力が激減して、少し何かすると座り込んでしまいます。
 あかね様は登山は続いておりますか?梅雨の季節は山も崩れやすいようですから、しばらくお休みならいいのですが、ご無理なさらず愉しんで下さい。
2018/06/18 19:30  | URL | みどり #-[ 編集]
-  -
 コメントいただいていたことに今気づき、とてもうれしく思いました。
 しかも、あまり元気でない様子なのに思いやってくださる気持にはことばもないくらい感謝しています。

 私は、このところ疲れが出たのか、病院通い以外こんこんと寝ておりました。
 時々本は読みましたが、ブログを書く元気もなく読み捨てにしております。
 ブログでの、みどりさんや、志村さんなどの加齢以上の加齢を感じているように思えます。
 それに、日頃親しく教えを乞うている方々が、亡くなったり、長く入院されたりで、悲しみにくれ、とまどいばかりです。
 これまでも私にとって大切な人がなくなったことも多々あったのですが、自分の生活に追われて、深く受け止めてこなかったことも思い起こし、今になって深く反省されてもきます。
 みどりさんはいつも姉妹の方々といろいろ行動されていて、思いを伝え合われておられるだろうとうらやましくもあります。
 私は仕方なく仏教書を読みます。依然読んだことのある五木寛之の『他力』を読み返して、古文書を読みこんだせいか、実は依然読んだ時よりいい本だと思えました。いろんな本と出会う中で、上手に表現できませんが、この世に、神も仏もないと思うほどの暗黒の苦しみを味わうなかで絶望して、生きる力を全く失ったとき、初めて自分が自分の仏となって生き始めるのかもしれないと最近思っています。この状況を待つのが自分にとっての他力かもしれないと自で思いはじめています。そして、気づいていないだけで、こんな状況になることと背中合わせで生かされていることも思い始めています。それが、昏々と眠っていた合い間に考えたことです。

 みどりさんに聞いてもらえて、うらやましさが半減しました。
 
 
2018/06/21 22:20  | URL | あかね #-[ 編集]
-  -
ここに気づいてくださるかわかりませんが、先ほど志村さんの方でお会いしました縁で?こちらを訪ねてみました。
相変らず文学に精力的であられるのに感心します。ご主人さまのところへは頻繁に訪ねますがこのところまた投稿をなさるようになり嬉しく思っています。でもまだお加減がよろしくないようでお気の毒ですね。
今夜は、このように夜更かししています。今朝、夫が九州へ出かけましたので気が緩んだのと(いつも緩んでいますが)、眠気がささないのです。では休んでみます。失礼しました。
2018/06/24 00:35  | URL | 花てぼ #ZjTFAI5c[ 編集]
-  -
おいでいただき感謝です。
というより、志村さんへの内緒話がバレバレになるとは・・・。
それを、「いいの」といってくださる「なんでもあり」のお姉さま。気持ちがすっとし楽になりました。
2018/06/24 08:30  | URL | あかね #-[ 編集]
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://yamanbachindochu.blog106.fc2.com/tb.php/1100-bcb566c9

| メイン |