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『独房で見つめた“自由“』
2018/07/02(Mon)
 NHKこころの時代~宗教・人生~『独房で見つめた“自由“』 を見ました。ミャンマーの医師で作家のマ・ティーダさんへの取材番組です。
 1988年、医学生だった彼女は、アウンサンスーチーさんとともに、軍事独裁に抵抗する民主化運動に立ち上がり抵抗運動を続け、1993年27歳になろうとしていたころに逮捕され、6年6カ月6日間の独房生活を余儀なくされます。すべてのことが許されない独房生活のなかで、「囚人の私は本当に何もできなくなってしまったのだろうか」と自問自答します。そして「運命は変えられないかもしれない。しかし、それをよくするのも悪くするのも自分自身の選択次第だ」と考え、毎日一日20時間近く瞑想をはじめます。それにより、深く自分自身を見つめることができ、やがて、自分の自由は刑務所でも奪えないということがわかってきます。 自由は自分の中にあるもので、外から与えられるものではないとわかるのです。

 母から慈愛のこころをまなび、父はとてもリベラルで、彼は民族精神よりも市民精神の方が大切だと思っていて、ミャンマーの完璧な市民だったと言います。有名でもリーダーでもないけれど、父こそ市民のお手本であり、自分のお手本だったと言います。二人が旅行好きだったため、いろんな地方の事情を知り、電気もないよい道路もないと言ったところに住む人たちの事がいつも気にかかっていたと言います。
 おもしろかったのは、自分は英雄でもないし、勇敢でもない、自分は動かずに立っているのに、周りが後ろに下がるのです。それで私が勇敢なものになってしまったのです。英雄などにはなりたくありませんと言っているところでした。
 怖かったのは自分たちが不正義を許し受け入れてしまうことだったのだと言います。最初アウンサンスーチーさんのところでアシスタントにならないかと誘いの話がありましたが、誰か一人の為に働く気にはなれず断ろうと思いました。ところが1988年8月26日シュエダゴン・パタゴでの演説を聞いて、心を動かされたので彼女の屋敷に行ったと言います。

 牢獄での生活は本を読むことも禁じられ、本を読まないことが罪のように感じられていましたが、自分の体と心だけあればできるヴィパッサナー瞑想(物事をありのままに観る)で自分を読むことができ、心が解放され本を読まなくてもよくなったといい、あなたの仏教は刑務所にいた間に成熟したと思いますか?という問いに対して、間違いありません。私を変えたと思いますと述べます。自分にとっての自由の意味を著書で、看守と比較してのエピソードとして、副看守長が「マ・ティーダ、君という人は自由だな。しかし我々は公務員なのだ。分かってほしい」と言われて、看守たちは身体や法的には自由ですが思想や日々の活動では自由がなかった。自分は身体や法的には不自由ですが、自分の考えを現わす自由な意思は持ち続けていると気が付きます。それは瞑想があればこそ得られたことで、そうでなければ自分を保ち続けることは困難で、この瞑想を刑務所で実践できて幸運だった、大きな力を得ることができ、解放されたとき刑務所に感謝しいのりをささげたと述べるに至ったのです。

 お前は共産主義・社会主義、何主義かと聞かれたとき、私の主義は仏教(ブディズム)ですと答えたと言います。私にとって仏教とは「主義(イズム)」原則で、生き方のようなものです。ここのところまで聞いていると、私にも、自分自身を救えるのは自分自身である、ブッダは生きることへのインストラクターのようなものだというブッダの解説書の言葉が理論上はよく理解できます。彼女も、長い間、仏教の言う涅槃「完全な自由」(ニルヴァーナ)ということの意味がよくわかったと述べます。自分はもっともっと放漫で短気だったが瞑想がなければ今ほど心の平静は保てなかったと述べます。当時、現世をあきらめて来世に期待して祈る人もたくさんいたが・・・。という質問に対して、独裁者は政治的存在ですが、宗教的存在でもあり、宗教指導者の中には、社会をよくする方法がわからないため、目的をそらす人たちがいる。祈ったり崇拝することで許されるとか、何か得られるとか、徳が積まれ救われるとか、豊かになるとかこれはブッダの信仰のあり方ではない。ブッダの教えとは、自分自身を教化することで、現世こそが私にとって最上の恵みだと感じていて、自分は来世まで待てないと笑って言います。

 刑務所を出てからの医療や、出版活動によってのコメントは、ミャンマーの事ではなく、日本のことを話しているようにも思えます。じつは世界中の国に当てはまるのかもしれません。これは、人間の思考回路や、行動様式を非常によく観察しているからで、心が解放されているから見えてくることではないかと驚かされます。

 最後に。今を生きるそれが私の指標です。と、問題から逸れないのがすごいと感じました。

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