『刺繍する女』
2008/03/20(Thu)
小川洋子の『刺繍する女』を読む。

短編の小品が10作。
最初の「刺繍する女」では、主人公が男性なので少し驚き。
彼女の作品に男性を主人公にしたものがあったっけ。
読んでいると半分くらいのの作品が、男性が主人公。

いろんな話をよく思いついては書くもんだと感心して読んでいると、最後の「第三火曜日の発作」という作品の中で喘息の療養をしているわたしが、
≪たいていは、本を読んで過ごしていた。特に伝記や文学全集の後ろに載っている、年表を見るのが好きだった。年表の中では人は、実にやすやすと落第したり、失恋したり、病気になったり、旅行をしたり、結婚したりした。母親の死も、子どもの死も、そして本人の死も、みんな一行で書いてあった。例えば・・・・・・そこに出てくるさまざまな死に方について、想像をめぐらしてみる。・・・・≫
と述べている部分がある。
あるいは、そのようにして生まれる作品もあるのかしらとも思う。

しかし、人間関係の間に流れる状況の描写などについてうまいなーと感心することしばしばだ。

9作目の「トランジット」にそれを見れば、小川洋子がアンネ・フランクに強い関心を寄せていることは何かのエッセイなどで知っていたが、主人公のわたしが、隠れ家から収容所への経験をしたフランス人の祖父の思い出話を辿って、フランスの隠れ家だった家を訪ねて行く。
そして、祖父をかくまってくれた人のお孫さんに出会ウことが出来る。
訊ねてみるとお孫さんも当時の話をよく聞いているようす。
祖父母からは、隠れさせてもらっていたが最後には密告されたと思っている話を聞いていたが、このお孫さんは祖父母は命を助け感謝されていると聞かされているという。
それぞれ自分の祖父母から聞いていた話の微妙な「ずれ」の設定とその描写がたくみなのに驚く。

「物・事・人」のことを知ろうとするとき、「人」が無くなって、セピア色に染まりながら残っている「物」を通して「事」を知ろうとしても真実の事柄は真反対になっていたりする。
何一つ見えてこないということを感じさせる。
ただお互いが人生を左右するようななんらかの深いかかわりを持ったということだけが真実だということを見事に描いてみせる。
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