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『老いてこそ遊べ』
2018/07/30(Mon)
 遠藤周作著 『老いてこそ遊べ』 を読みました。
 いつのころだったか、彼が狐狸庵と称して、次々本が出ていたころ、北杜夫や曾野綾子・三浦朱門などにサルトルやカミュ、そんな本ばかりを読んでいた時期があったように思います。そのころは何を思って読んでいたのか全く思い出せません。ただ、狐狸庵が私の両親と生まれ年が同じだと思って読んだことはなかったように思います。

 このたび読んでみようと思ったのは、ラフカディオ・ハーンの『ある保守主義者』との対比を試みようと思ったからです。
 それまでの地位や縁を断ち切ってまでキリスト教に回心したハーンの描くある保守主義者。一方、縁あるままにキリスト教の洗礼を受けて、何か借り物の服を着せられているように感じていたという遠藤周作。その信仰を確たるものにしようとフランス留学をした遠藤周作。この二人を通して、日本人の宗教観を探ってみてはと思ったのです。

 遠藤周作は、洗礼に至ったいきさつについて、
≪協会では子供のための公教要理の時間があって兄と私とは一度はそこに出席したのである。
 退屈だった。面白くもなんともなかった。私がそれをさぼらなかったのは母に叱られるのがこわかったのと、神父さんがくれる飴と、話のあとで皆とやるベース・ボールのためだった。
 一年たった復活祭の日、私や兄は他の子供たちと一緒に洗礼を受けた。正直言えば何かを信じたからではない。皆が洗礼を受けるから私も受けたにすぎない。
「神を信じますか」「主イエズス、キリストを信じますか」次々と言われる問に私たちは一人一人、「信じます」と答え、私も「信じます」といった。
 そして私はまがりなりにも信者になったのである。何も信じない信者。基督教のことを何もわからぬ信者。≫
と述べています。
≪あれから40年の歳月が流れた。私に人生にもいろんなことがあった。・・・・あの頃、子供ながら祈っているふりをしている自分の偽善が辛かった。・・・・今度もこの教会の内陣に座り、私の胸中を去来した思いは同じ恥ずかしさであった。・・・・≫
ここでは、彼が、他のところで述べている、作家としての遠藤周作と、一方、生活者としての自分を弧狸庵と称している。ということについて、それが、宗教や哲学を考えるうえである意味大切だということに気付かされます。そういった意味では、母親の手の中にあって、母親がよかれと願う信仰に従うのは、人類皆がよきことと思うはずです。
 この生活者としてのキリスト教者という感覚は今の西欧人の感覚と変わらないのではないかと思えます。

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