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『沈黙』 (1)
2018/08/04(Sat)
 遠藤周作著 『沈黙』 を読みました。

 彼の 『生きる勇気が湧いてくる本』 を半分くらい読んだとき、やっとネットで注文していたこの『沈黙』が届きました。
 『生きる勇気が湧いてくる本』は、遠藤周作が死の床にあったとき、それとは知らずに、このタイトルにふさわしいエッセイを集める作業を任せられてワープロに打ち続けていた加藤宗哉が「前書き」で、彼の死の間際について書いています。 最近風呂先生の最後を思っている私も、これを読むとまたまた悲しみで、文字がにじんでいたことでした。
 そして、この『沈黙』も延宝9年(1681年)7月25日、パーデレのセバスチャン・ロドリゴ(岡田三右衛門)の死によって終わります。
 日本に布教に行った教父フェレイラが、日本でひどい拷問にあい、棄教したという知らせのをうけ、その存在と運命とを確かめるために教え子のセバスチャン・ロドリゴとフランシス・ガルぺとホアンテ・サンタ・マルタが、インド艦隊でタヨ河口から出発したのは1638年3月25日でした。ここからこの物語は始まります。
、途中のマカオの布教学院のヴァリニャーノ氏は、船で日本に近づく事さえ危険だというのですが、病気になったホアンテ・サンタ・マルタをおいて、マカオにいた日本人キチジローを案内人に出かけます。
 キチジローにはずるい人間だという印象を受けるのですが、頼るしかありません。闇夜に陸に就くや、船は危険なので離陸してすぐ引き返します。
 ここが日本かどうかも分からないとき、信用できにくいキチジローが一人離れて、集落全体がかくれ切支丹であるところのトモギという漁村の、1633年10月以来パードがいなくなった後パードレの代わりをしてくれていたじいさまを連れてきて合わせます。
 村人たちは二人を山の奥に潜ませ、よろこぶ村人の告悔をきき祈りや教えを言い聞かせます。
 他の島の信者も彼らのことを知りそこへもこっそり出かけていくようにもなったころ、それらのことが嗅ぎつけられ、皆が口を割らないためじいさまが連れて行かれます。翌日はさらに人質としてキチジローを含む3人を連れて行きます。キチジローは直ぐに転んでしまいましたが、あと二人は、海の中に杭に縛り付けられてほおっておかれるという拷問を受けながら殉教しました。
 こうなると、今までのところにおれなくなり、二人は分かれて潜伏することになり、ロドリゴは森をさまよう途中でキチジローに合いキチジローに銀3百枚で売られてしまい引っ立てられていきます。
 ロドリゴは棄教するよう説得されるのですが、それを交わすことで、またほかの村人が拷問にあい海に捨てられます。そしてガルベはそのものを追って海の藻屑となりました。
  棄教を勧めるために、なんとその消息を知りたかったフェレーラにも会わされます。
 そしてフェレーラも本気で棄教を勧めます。
 とうとう村人の犠牲に耐えきれず、ロドルゴも棄教し、岡田三右衛門となのらされて、江戸の牢屋で、三十四年を過ごして六十四歳で病死しました。



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