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『影法師』
2018/08/07(Tue)
 遠藤周作著 『影法師』 を読みました。
 昭和五十三年九月発行の、新潮社現代文学41に収録されている作品の一つです。
 収録されている作品は、
  『沈黙』
  『あまりに青い空』
  『私のもの』
  『四十歳の男』
  『影法師』
  『薔薇の館』
  『イエスの生涯』
  解説・年表
 です。
 いま、 先に年表を読んで、『薔薇の館』 を少し読み始めたところです。
 私が先に年表を読んだのは、『あまりに青い空』・『私のもの』・『四十歳の男』・『影法師』それぞれが彼の生い立ちと思える部分があちこちに組み込まれているのではと、思ったからでした。
 遠藤周作は、両親の離婚により昭和8年、大連から日本に帰り、伯母の家に同居する生活が始まります。そして昭和9年には叔母や母に勧められあまり関心のないままで、他の子どもたちと洗礼を受けました。
 彼にとっては、どういういきさつで、どういう心境で洗礼を受けたのかということを、それぞれの作品で何度もえがいているように思います。
 この『影法師』という作品は、かって幼い時に、母や伯母に連れていかれた教会で、お世話になった神父を、後年小説家になった彼が渋谷の小さなレストランで見かけたことから始まります。
 彼は強くたくましく、神父として布教活動や神学研究を情熱的に怠りなくやり、全く非難の余地のない人でした。
 しかし自分は怠惰で、体も弱く彼の指導についていけず、いつも彼に叱られてばかりで、あっる時は飼っている犬を棄てられたり、寄宿舎を追い出されたり、つらく悲しい思い出しかありませんでした。
 そんな強い意志の彼が、聖職者でありながら日本人の一人の女と限界を超えた交際をしているという噂を聞くようになりました。その噂はまちがいだろうと思っていたのですが、自分が結婚式を挙げるために、彼女に其のお願いに行かせたとき、彼女が噂どおりのことを目撃してしまうのでした。
 彼は、その後英語の会話学校で教鞭をとったり、スペイン語の個人教授をして生活して、日本人との間に子供ができたことなどもだれかに聞きました。
 彼について長い間、考え続けます。彼はもはや、自信と信念に充ち人生を高みから見おろし裁断する強い宣教師ではなく、捨てられた犬と同じように悲しい目と同じ目をする人間になったことを考えます。
 そして、考えた末、≪・・・彼のかって信じていたものは、そのためにあったのだとさえ思う。・・・・貴方はボーイが一皿の食事を運んできた時、他の客に気づかれぬよう素早く十字を切ったのだから。≫
で終わる処は、私には、煩悩について真面目に自己と向き合った親鸞を思い浮かべる処でした。


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