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『動的平衡』
2018/09/16(Sun)
 福岡伸一著 『動的平衡』を読みました。
 木楽舎より、2009年2月初版、4月第6刷発行で、定価1524円+税です。
 安佐北区民図書館でお借りしました。
 難しく、読み進むのに大変時間を要しました。
 何度か借りる期間を延長して頂きました。
 読後も記録を書けませんでした。
 なにしろ、高価で性能のいい顕微鏡で見ることによって、言語化されたことについての話なのに、顕微鏡ものぞかず、辞書も地図もネットもない部屋で、何一つ難しい言葉も調べようとせず読んだことに原因があるかというと、全くその通りともいえるし、引き続き彼の著作を4冊読んだ今になってみると、そうでもないともいえます。

 著者の福岡伸一氏は90年代の初め、ハーバード大学のジョージ・シーリー博士のもとで研究員をしていたといいます。
 シーリー博士の師匠は、ジョージ・パラーディという科学者で、細胞の内部でタンパク質が規則正しく移動する経路とメカニズムを明らかにし、その成果で1974年、ノーベル医学・生理学賞を受けたというのです。
 シーリー博士の兄弟子にあたるギュンター・ブローベルという人はパラーディの成果をさらに発展させ、タンパク質が細胞から外部へ分泌される機構について研究を進め、分泌されるべきタンパク質は、その先端にシグナル配列という特殊な構造を持っているて、シグナル配列が一種の荷札として識別され、細胞内にとどまるタンパク質と細胞外へ分泌されるタンパク質が仕分けされることになるということを明らかにし、1999年ノーベル賞を受けたというのです。
 最初は、そんな人脈の中にいた研究者の本を読めるなんてと言った気持ちでした。

 今この本を目の前において、本の最後の章の「動的な平衡」とはなにか、というところを読み返してみると、心が落ち着きます。
 ≪生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子と置き換えられている。身体のあらゆる組織や細胞の中身はこうして常に作り変えられ、更新され続けているのである。
 だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数ヵ月前の自分とはまったく別物になっている。分子は環境からやってきて、一時、淀みとしての私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。
 つまり、環境は常に私たちの身体の中を通り抜けている。いや「通り抜ける」という表現も正確ではない。なぜなら、そこには分子が「通り過ぎる」べき入れ物があったわけではなく、ここで容れ物と呼んでいる私たちの身体自身も「通り過ぎつつある」分子が、一時的に形作っているにすぎないからである。
 つまり、そこにあるのは、流れそのものでしかない。その流れの中で、私たちの身体は変わりつつ、かろうじて一定の状態を保っている。その流れ自体が「生きている」ということなのである。シェーン・ハンマーは、この生命の特異的なありように「動的な平衡」と言う素敵な名前を付けた。
 ここで私たちは改めて「生命とは何か?」という問いに答えることができる。「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という回答である。≫

 生きながらにして、輪廻の中に平衡を保てているということに心が落ち着くのでしょうか。

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