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『せいめいのはなし』 ⑴
2018/09/18(Tue)
 福岡伸一著 『せいめいのはなし』 を読みました。
 新潮社より、2012年4月第一冊発行で、定価1400円+税です。
 副題は、「生命のささやきに耳を澄ます」 です。

 内田樹(たつる)、川上弘美、朝吹真理子、養老孟司、四氏との対談です。

 内田樹との対談では、意外な展開がありました。
 「生きている」ということは、体の中で合成と分解が絶え間なくグルグル回っているということで、その流れこそが「生きている」ということ。その流れを止めないために私たちは食べ物を食べ続けなければいけない。シェーンハイマーはこの現象を「dynamic(=動的な)state(=状態)」と英語で述べ、「生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」と新しい生命観を誕生させたと、福岡伸一氏が説明。さらに、ノックアウトマウスのように、もし最初からその遺伝子がなければ、他の遺伝子や他の細胞が、互いにその欠落を補うようになる。というと、内田氏は「それって、まるでレヴィ=ストロース言うところのブリコラージュですねと応答します。
 私は福岡氏の本を読むのがつづけて3冊目だというのに、このことには全く気づきませんでした。
さらに、経済活動も本質的に「動的平衡」ではないのか、モデル的にずいぶん近い気がすると言い出します。
 どうしてこのところ、経済活動がダメなのかその理由を考えていて、経済活動というのは、商品や貨幣に価値があると「グルグル回すシステム」のために仮象しているだけで、交換の目的は、交換される物自体にあるのではなくて、「交換することができるような人間的能力」を涵養することにある。といって、「クラ交易」というものの解説になりました。
 私には、「クラ交易」なるものについて全く知識がないので、「動的平衡」の本質を深めます。
 ≪「動的平衡」はそれを構成する要素が絶え間なく消長、交換、変化しているにもかかわらず、全体として一定のバランス、つまり恒常性が保たれているシステムです。生きているということも、自然ということも、環境ということも、地球全体も動的平衡にあって、その中でグルグル原子が回っているにすぎない。生命活動は回っていき、次へとバトンタッチしている。≫
 たしかに、国際社会全体の経済活動が、動的平衡でないと、必ず国際問題化することが、二重写しに見えてこないでもありません。

 それを証明するかのように、この対談の終わりの方で、動的平衡の破綻という一項目があります。自分がみつけたGP2の遺伝子の欠落したマウスを作ったら、全く正常そのものでピンピンしていると思っていたら、それは、マウスの環境をクリーンな部屋で無菌状態にして無菌のえさを与えていたためで、娑婆に出したら、ばい菌だらけで、まもなくそのマウスはGP2がないことの問題点を露呈したというのでした。
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