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『せいめいのはなし』 (2)
2018/09/19(Wed)
 『せいめいのはなし』 ⑴ では、内田樹(たつる)氏との対談で終わってしまいました。

 川上弘美さんとの対談のところでは、福岡伸一は「仏教に詳しい人から聞いたんですが、輪廻思想と言っても、生まれ変わって何かになるという考え方だけでなく、自分の分子が散らばって、ミミズの一部になると同時に岩石や海水の一部にもなるという世界観もあるようです。だから実は、科学というのは昔から人間が知っていたことを言い直しているにすぎないかともいえるのではないかと思います。」と述べています。このことをラフカディオ・ハーンが美しい言葉で語っている作品に出合ったことがあります。私も動的平衡についての説明が理解でき始めると直感的にそう思いました。この動的平衡についての考えは仏教者が一応に納得できると思えたのでした。

 養老孟司さんは鎌倉に「養老昆虫館」を作っているようで、そこを訪ねての対談です。
 パソコンにつないでの1万倍の電子顕微鏡もあるのだそうです。
 この対談では、両者とも無類の虫が好きなので、昆虫などの話で盛り上がります。

 昆虫の擬態についての話は、私が撮影したイシガケチョウの話も出てきます。読んでいて私も大いに盛り上がりました。とくに、ありの巣穴の中で、似ても似つかないゴミムシがアリのふりをしていたという話です。アリの巣を養老さんが壊したときに、初めてアリがそれに気づき、壊した嫌疑をかけて、全部兵隊アリにかみついていたというのです。
 この擬態について、人間が見て似ているように見えることと、他の昆虫や、天敵である鳥などが、どのように見えているかということとは、相当違うのではないかということに気付かされます。音で意思を通じ合わせていて、ゴミムシはアリ語を話していた可能性もあることも示唆しています。

 また、右利きと左利きなど、どうしてあるのかという話題があります。咄嗟の時、どちらの利き足で逃げるか、その時考えていたのでは逃げ遅れるから、咄嗟に右足が出ていくようになっているといいます。女性男性の役割分担のようなものでも、いがいと、そのようなことから決まっていったのではないかと言っています。「ビュリダンのロバ」という哲学では、お腹がすいたロバの両側に同じ干し草の山があると、ロバはどちらを食べたらよいかわからず餓えて死んでしまうといって、要するにロバは馬鹿だという話だというのですが、意外と説得力があります。

 気にかかったのは、最後の方に水俣病について、≪アセトアルデヒドを水銀触媒で作っていた工場が、世界におそらく何千もあったろうけれど、あれだけの大惨事を起こしたのは日本のチッソだけだった。≫という話です。気になって、途中ネットで追跡し、意外な情報に驚きました。今少し勉強してみたいと思っています。

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コメント
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2018/09/19 16:48  | | #[ 編集]
- 向井ゆき子さま -
前のコメントも読ませていただいていました。古い記事へのコメントだったので少し後に気づいたのですが、スキップするほどうれしい気持ちになりました。
ありがとうございました。もちろん九州に出かけることがあれば連絡させていただき、お会いしたいです。一昨年、九州から帰って、いろいろなところへ行くことにしていたのですが、夫が体調を崩して入退院を繰り返したりして、今のところ予定が立ちそうにありません。難聴なので、一人ではどこにも出かけません。 広島ハーンの会は、9月も8日土曜日の予定でしたが。事情があって休会となりました。そのため、5月から入会した月2回開催される公民館での通史会(古文書も読む)に出席することができ、向井さんの話を致しました。加えて九州の文化の高さについて私の思うところを少し話しました。あまりにも学ぶべきものが多いいからです。
 いま、向井さんの本は、私が読む前に、歩いて30メートルくらいのところにひとり暮らしをしておられる安田女子大学の国文学科で、とくに宮沢賢治の研究をしておられた伊藤先生の要望で、お貸しし、首を長くして待っているのですがまだ帰ってきません。伊藤先生の隣の人の話では先生は夜中中勉強しておられるとのことですが・・・。合志市役所が作られた冊子は2冊皆読ませていただきました。この冊子については、今少し忙しいのですが、落ち着いたら区役所の地域おこし課や、親しくしている市会議員さんにもお話ができたらと思っています。
 私については、短大の国文科で2年間勉強しただけです。親は行かせてくれませんでしたが、夫が、通学のために運転免許を取らせて、行かせてくれました。子育て中でしたが、子供の参観日以外は休まず登校できました。その程度です。英語は極端に苦手です。
 今、読んでいる福岡伸一博士の本は、最初は内容が理解できませんでした。2冊目くらいから、少しずつ理解でききたつもりになってきました。かれは、「科学の価値は言葉に落とし込まれたときに初めて認知される」といい、「研究成果を一般化するための言葉」を持つことの大切さと、その言葉を研ぎ続けていればこの先も研究者が科学の本質や社会的意義を見失うことはないはずだ。と述べています。「研究者とは実に孤独な生き物だ。」とも述べていますが、私のように、研究する機会も与えられなかった難聴の老婆も孤独な生き物だと言えば孤独です。それは冗談ですが、この福岡博士は確かに一般化するための言葉を研ぎ、そして紡いでいます。ですから私のように、科学の勉強ができなかった老婆も、自分を生命体として理解し始めるようになりつつあるのです。
 向井さんのお父様には、義塾の先生の言葉をノートに書く。そのひとつひとつのことばをあの年齢で書きとることができられたということに、やはり、測り知れない明晰さと真面目さを感じています。

2018/09/19 22:45  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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2018/09/20 15:21  | | #[ 編集]
- 向井ゆき子さま -
 今日、秋の交通安全運動のセレモニーのとき、地域おこし課の若い職員の人が合志市をよく知っていますと言ってくれたので、落ち着いたら話に行くからよろしくお願いします。と言っておきました。自治労出身の市会議員さんもおられたのですが、気安く挨拶はするものの話題が合いそうにないので、今日はやめておきました。
 この運動は、けっこう運転におぼつかない私が、「お気をつけて運転なさってください」とビラを配るのがなんとも・・・・。の活動です。
2018/09/21 19:51  | URL | 深山あかね #-[ 編集]
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