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『生命の科学 静かなる改革』 (2)
2018/09/25(Tue)
 ポール・ナース氏は、エルヴィン・シュレーディンガーの『生命とは何か』の著書にもとづいて講演をしたことがあるといいます。エルヴィン・シュレーディンガーは、生物学において情報の重要性を説いた最初の科学者のひとりで、その後、彼は情報をいかにしてコード化するかについて考え初め、「生命を理解するのに何が重要なのか」ということについて彼はかなり近いところまで来ていたと思いますと述べます。生命は一つの目的をもって機能しているように見える複雑なシステムです。そのシステムは、有機体の維持と複製(繁殖)のための情報管理に深くかかわっています。つまり、情報を獲得し、処理し、利用するわけです。生命について考える方法はたくさんあると思います。たとえば、生命の科学、遺伝子情報をコード化するDNA,細胞という生命の基本になる単位、自然淘汰とともに生命がどのように進化していくか、などなどいろんな角度から考えることができます。しかし、これらのすべてを結び合わせることは、情報に対してひとつの焦点を持つことであり、生命における様々なシステム内の情報を管理するということだと思いますと述べています。
 この記事を書きながら、あらためて、情報のコード化という言葉についての概念が、エルヴィン・シュレーディンガーの言っている情報のコード化というのと、遺伝子情報をコード化するDNAが同じ意味でつかわれているのかどうかと、ふと疑問に思えました。調べてみると、エルヴィン・シュレーディンガーが、『生命とは何か』を出版したのは、1944年でした。DNAが発見されたのが1953年です。少し違った意味にとらえる方が、いいのではないかと思えました。調べていて、びっくりしたのは、エルヴィン・シュレーディンガーは、物理学者で、さらにヒンズー教徒で、他の著書では、
≪「宗教は科学に対抗するものなのではなく、むしろ宗教は、これとかかわりのない科学的な研究のもたらしたものによって支持されもするものなのであります。神は時空間のどこにも見出せない。これは誠実な自然主義者の言っていることであります。」「西洋科学へは東洋思想の輸血を必要としている。」≫と述べているということでした。

 横道にそれました。元に戻ります。
ブルース・マキューアン氏は、≪生命とは何かと言えば、それは外界を認識する神経組織や身体機能以外の何かというよりも、それらを遥かに凌駕する、何かとても大きなもののことでしょう。そしてそれは、宗教的な体験に近いものだと私は思います。どんなものかはわかりませんが、それは私たちが〈神〉と呼んでいるものを具体的な何かとして認識するということではなく、少なくとも、今この瞬間に、それに気づき、幸運にもそれを感じ、生き、それをありがたいと思える感覚そのものだと思います。≫と述べたそうです。
 唯一の日本人、船引宏則氏は、1967年生まれです。「定義は難しいですが、見たらわかっちゃうというのが面白いですよね。じゃあ、生命をみて直感的に感じるのは何か?きれいに組織された、やわらかくてみずみずしいものが脈動している、という感じでしょうか。≫分からないです(笑)。でも、僕は生命の仕組みを探ることによって、その本質に触れたいと思っているのでしょうね。」でした。
 福岡氏は、この対談を通して、普通は目に触れることが少ない科学者の人生とその研究の日々に新たな角度から光を当て、血を通わせることができたように思うと述べていました。
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