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『千の花びら』 (2)
2018/10/11(Thu)
  井野口慧子著 『千の花びら』 の「燕石」について。
 歯科医院へ通院しています。
 かかりつけだった安佐南区の共立病院では、長い間お世話になっていたのですが、通院のリスクを考えて、知り合いの通院している近くの歯科医院へ変わりました。
 歩いて30分のところで、初めての日は車で行ったのですが、次から国道だけでなく、いろんな道を歩いての通院で楽しめています。
 昨日は、宮 榮二著 『良寛』 をたずさえて行き、待合室で読みました。
 この中の、良寛の享年について語る中に、伝遍澄筆の74歳と記した、一幅の懸け軸風の絵に良寛像があります。
 この絵の良寛の僧衣を見たとき、井野口慧子さんの詩集。 『千の花びら』 の「燕石」にある、
≪「重苦しい世情に浸らなくとも いつでも その真ん中に私たちはいます その重圧に負けない あっけらかんとした みだしなみも必要だと 痛感しております」 宇和島の詩人Sさんからの寒中見舞い 見ないふり 聞こえないふりをしないで すべてを淡々と受け入れることなど できそうもない あらゆる重圧に喘いでいる世の中で あっけらかんとしたみだしなみ一どうしたら私も そういうものを身につけられるのか≫
へと思いが通じていきました。

 服装などでいう身だしなみについてはまったく無頓着なわたくしですが、改めて考えてみると、娘が高校生の夏、広島県教育委員会主催の「少年の船」に参加することになりました。何を着ていこうかと娘に問われました。たとえ千円の服しか買えないとしても襟のある服を着ていく方がいい。襟を正す場面に出くわしても正す襟がなくてはどうにもね。と思いを伝えました。偶然とは・・・。娘が帰ってきて、講演があって、講師の方が同じことを言われたよ。と言ったのを聞いて、通じる人もあるものと思ったものでした。
 たったこれだけが私の身だしなみの基準と言えば言えるものかもしれませんが、案外それだけで日本国内ではあっけらかんと生きていけると信じているのです。

 タイトルの「燕石」については、広辞苑では、(燕山からでる石の意)玉に似て玉でない石。まがいもの。転じて、価値のない物を宝として誇ること。また、才のない者が慢心すること。とあります。 
 文中の「腕足貝」は「腕足類」があって、触手動物の一綱。二枚の殻をもち、二枚貝に似るが、二枚貝が体の左右に殻があるのと異なり、殻が体の前後に位置する。シャミセンガイ・ホオズキガイなど、とあります。
 ネットで調べると、詩の様子どおりの写真があり、腕足動物は「生きている化石」としても有名で、約5億年前の地層から現代の種類とほとんど形が変わらない化石が見つかっています、とあります。これは不思議な生物で、この世にこのような生物もいるのかと。しかも5億年昔の地層からも同じ化石が見つかっているとは。世の移り変わりも激しく多様な価値観の現代にあって、このようなものを手にしての思いは・・・と、井野口慧子さんの安らぎが伝わってくるようで、目には見えない遠くを見つめます。
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