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『日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族』
2019/03/09(Sat)
 深谷敏雄著 『日本国最後の帰還兵深谷義治とその家族』 を読みました。
 集英社より、2014年(平成26年)12月初版で、2015年(平成27年)1月2刷の446ページで、定価1800円+税です。
 深谷義治氏が書かれたものと、その次男深谷敏雄氏が書かれたものとがあり、それぞれ名前を添えてあります。

 深谷敏雄その人の略歴
1915年(大正 4年) 島根県太田市河合町に生まれる。
1932年(昭和 7年) 旧制太田中学校を中退。大阪伊藤岩商店に勤務。
1937年(昭和12年) 応召。12月歩兵1等兵として、広島宇品港から中国大陸の戦場に向かう。
1944年(昭和19年) 東京中野の日本陸軍兵学校丙種学生隊入校。憲兵学校卒業。憲兵曹長に昇進。
1945年(昭和20年) 敗戦。上官からの「任務続行」の命令を受けて以降国や戦友たちのために中国・上海で潜伏と任務を続ける。
1958年(昭和33年) 中国公安当局によって逮捕。上海市第一看守所に投獄。この時、長男妻31歳・長男12歳・二男10歳・三男6歳・長女0歳。以後あらゆる拷問や虐待を受け、結核などにもかかる。
1974年(昭和49年) 無期懲役の判決を受ける。上海市監獄に移監。家族と16年ぶりに面会。
1978年(昭和53年) 日中平和友好条約の締結を受けて特赦。5人の家族と共に大阪空港に帰還。島根県太田市に暮らす。
1979年(昭和54年) 重婚罪の疑いで告訴される。松江家庭裁判所出雲支部の審判で無罪に。
1984年(昭和59年) テレビ朝日・水曜スペシャル『日本100大出来事』で歴史の真相を公表
2005年(平成17年) 重度身体障害者となり、広島の病院に転院。
2014年(平成26年)  この本が出版された。寝たきりの生活の日々
 巻末の略年譜の抜粋です。

 この事柄については、日中友好条約締結にまつわる朗報として大々的にマスコミで取り上げられて、すでに多くの人の知るところだと思いますが、私は記憶にありませんでした。
 日本人の父と中国人の母の間に上海で生まれ、30歳で日本に帰るまで中国語で過ごした著者は誕生日によっては私と同級生と思えます。そんな人が、私と同じ時代を、家族ともどもこのような苦難の中で生きてこられたことに茫然とするばかりでした。とくに、毛沢東が亡くなって四人組になってからの家族を含めての苦労は並みたいていのものではありません。
 当然と言えば当然ですが、同じ時代をいろいろな状況で暮らしている人がいることを改めて認識させられました。
 
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