『慶州ナザレ園』
2008/04/27(Sun)
上坂冬子著 『慶州ナザレ園』 を読む。

韓国の慶州に「ナザレ園」という施設がある。
韓国にいる日本人とその家族が暮らしている施設である。

金龍成理事長はじめ入居者の数奇な運命が語られている。

入居者には、
①戦前に自ら選んだ恋の結末として、両親の反対を押し切り逃避行で朝鮮に渡った人
②本人の意思に関わりなく戦前に両親に連れられて海を渡った人
③徴用などによって内地に渡ってきた朝鮮人の男性と結ばれて、戦後に独立した夫の母国に勇躍帰国したケース
がある。

国籍については
①日本国籍の人
②韓国籍の人
③二カ国の国籍を持っている人
④どちらの国籍もない人
がいる。

その物語は、日本が朝鮮半島を統治していた昭和の初めころからこの本の書かれた昭和57年くらいまでの韓国の歴史でもある。

その生活は、経済大国日本へとたどった日本にいる朝鮮人の生活とは随分違っている。
山の斜面の穴の中で生活をしていたり、乞食をしたり。

やっとこの施設に入居できはしたものの此処での生活もさほど良い暮らし向きではない様子。
それでも安心して暮らせると言うことで自分を取り戻している。

日韓の友好関係によって、日本に帰国できるようになるが、こういった人々は事情が色々で対象であることの証明がむつかしい人もおおいい。そしてやっと証明できても日本にもう身寄りがないとか、今更といって引き取り手もない人が殆どである。

しかし、上坂冬子の取材中にこの「ナザレ園」から日本の老人ホームへ55年ぶりに帰国できるようになった人もいる。

終戦後の日本人の苦労については、藤原ていの『流れる星は生きている』の引用によってその状況を説明している箇所もあった。偶然、藤原ていの作品は去年涙ながらに読んだばかり。藤原ていは帰国して数年でその状況を書いているので詳しく書かれているのだが、上坂冬子の取材は何十年も過ぎてのことであるし、韓国に残ってそのまま暮らした人なので映像的に訴えてこないぶんよけいにつらい話だ。

その時の入居者はそれから26年もたっているのでもうなくなられた方も多いだろう。
いずれにしろ日韓の友好関係が、この人たちの生活を左右する。どうかいい関係が続きますようにと祈り続けるという。
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